公演「騒がしい二階」を終えて
千代田区の景観重要建造物に指定されてている看板建築「海老原商店」。歴史的な趣を残したままひっそりと佇むその場所は、元は既製服や反物などを扱っていたそう。今は貸しスペースとして存在している。
そのような場所で2023年5月、公演と銘打って演劇をやった。初めての劇作・演出。長尺の脚本の感覚も分からず、しかも劇場ではない場所での挑戦である。最低限の出演者とスタッフではあったが、なかなかの気合いが必要なプロジェクトであった。
客席も防音設備もない。電圧も頼りなく、とてもじゃないがお芝居をするような空間ではないのだから当然である。そもそもこの場所で、ここまでガッツリ燈台と音響を組んでマチネソワレと日を跨ぎ、いわゆる公演という形で取り組む内容はほとんどないようで、やること自体が無謀なのだ。
それでも、古民家特有の歴史的気配と、モダンレトロな看板建築の意匠、一階と二階を繋ぐ目新しい吹き抜けが、「何か」をやってみたいという気にさせる。
そこでやる「何か」は、最初は演劇ですらなかった。普通の劇場ではないの当然である。けん玉大会でも開催しようか、いらないものかき集めてバザーでもやろうか、ワクチンの接種会場にしようか、ほとんどそういうレベルだった。今思えばそうやって誤魔化していたのかもしれないが、演劇をやろうと覚悟を決めるまでにはなかなかの時間を要した。
さて、どのように劇場として機能させるか?一階でやるのか、二階でやるのか、もしくは両方使うのか。そもそもどれくらい客席数が確保できるのか?イスがない!アンペアもギリギリらしい!問題が山積みで劇場が恋しくなったが、きっと劇場では味わえない内容になることを信じて、みんなでぶつかり合いながら一つずつ固めていった。
最終的に、一階を舞台にし、二階で物音を建て「あの世の気配」を演出するような使い方をした。スピーカーの置き方を工夫し、二階の物音や話し声がまるで天から響くような仕掛けを施した。
この建物から閃いた、この建物自体が登場人物として機能する、この建物でなければならない物語とはなんなのだろうか。ここでやるからにはそれなりの「意味」が必要であった。建物から発想されるキーワードを並べてみたり、歴史を読み解いてみたり、それらしいことをしながら、少しずつそこから得られる情報や感覚を潜在意識の器に流し込んでいった。その器の中で私の記憶と海老原商店にまつわる記憶が発酵しあうのを待つのに、それなりに時間が必要だった。こうして、縦に伸びた細長い建物をいかすために、横に広がった<道行物>にたどり着いた。亡き母の言葉を求めて、青森のイタコに会いに行く、狂女の物語である。
その時は、あまり意識しなかったが、子を亡くした母親(狂女)が東下りをする「隅田川」という能に似ているかもしれない。
私の母が亡くなった時のことを元にしているわけだが、結局は自分の話になってしまった。こうでもしないとペンか進まないというのもあるが、個人の記憶がまるで<この建物の記憶>であったかのような立体化を目指せば、極めて個人的な物語も、作品として成立し、観客にも響くのではないか。そう企んだわけである。
以下、当日パンフレットに寄稿した文章である。
このように、身内の不幸話というケッタイな題材を、無神経なまま扱えるわけはなく、内心は穏やかではなかったが、関わって下さった全ての方々と、海老原商店が、この身勝手な物語にかろうじてスペクタルと社会性を与えたくれた。少しずつ私からこの物語が離れて行くのを感じ、今はもう手元にはない。なるほど、これが演劇における集団性というやつである。母はきっとあの世から「何してくれてんだ!」と呆れていることだろう。
観客の中には、とても刺さった!と喜んてくれた方もいたし、逆に刺し殺してやろうか?と憤怒してた方もいた。伊丹十三監督のように切りつけられることはなかったので、まだまだだなぁと思いつつ、あの期間、あのメンバーでやれたことの限界値だったという感覚があり、何を言われようが清々しい。駆け出しの頃(割と最近)尊敬するイラストレーターさんが「自分が好きだと思える作品なら、何を言われても意外に平気だよ」と言っていたのをよく思い出す。きっと自分がこの作品を好きになれたことが一番の要因であろう。
公演自体はもう終わったが、これからは配信が残されている。
建物の雰囲気を残す資料として、そして、ただの記録ではなく映画として残すために、多数のカメラで撮影にのぞんだ。
今回、座席も少なく、早々にチケットも売り切れてしまったので、見たくても見られない人もかなり多かった。観劇できなかった方々は是非配信で視聴していただきたいと思う。実際は目にする事ができなかった<二階の風景>なども垣間見る事ができるので、足を運んでくださった方にも楽しめる内容になっていると思う。
販売できる体制になったら、また情報を更新します。
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