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短編小説:性自認と現実の狭間

秋も深まり、紅葉が色づく季節の午後、会社の会議室は冷たい空気に包まれていた。
香織は長い黒髪を一つにまとめ、白いブラウスにグレーのスカートを着ていた。
彼女の心には重苦しいものが乗っかっていた。
周囲の同僚たちも緊張の面持ちで、視線を落としたり、手元の資料を無意識にいじったりしていた。

一番前に座っているのは達也。
彼はスーツをきちんと着こなし、メイクも整えていたが、その外見の背後に潜むものを香織は感じ取っていた。
彼の存在は会議室の雰囲気を一変させる。
緊張感が一層高まる中、達也は声を張り上げた。

「私の性自認は女性です。だからこそ、女子更衣室と女子トイレを使用する権利があります。」その声は落ち着いたトーンながらも力強く響いた。

香織は心の中で反発を覚えた。
達也の自信に満ちた態度が、周りの女性たちにどれほどの圧力を与えているのかを考えた。

隣に座っていた同僚の明美が立ち上がり、やや戸惑いながらも発言した。「でも、他の女性たちが安心して着替えられる空間が必要だと思います。達也さんが女子更衣室に入ると、私たちが不安になってしまいます。」

「そうですよね。」と別の同僚が続けた。「女子トイレだって、私たちのプライバシーを守る場所です。達也さんがその空間にいることが、果たして本当に安全なのか…?」

香織の胸は高鳴り、冷や汗が背中を流れた。
この議論は、ただのルール変更ではない。女性たちの権利や安全がかかっているのだ。

社長の佐藤が口を開いた。
「我々は全社員の意見を尊重しなければならない。多様性を認めることは重要だが、その一方で女性たちの安全も考慮しなければならない。」

周囲が静まり返る中、佐藤は少し眉をひそめた。
「しかし、昨今の社会情勢を考えると、我々が多様性に配慮している姿勢を示すことも求められています。これが世間にどのように映るのか、慎重に考えなければなりません。」

その言葉に香織は驚愕した。
社会的な視線や評価が、会社の方針に影響を与えることを実感した。

最終的に社内でアンケートを取ることが決まった。
社長が言った。
「私たちは、達也さんの権利を尊重しつつ、女性たちの意見も大切にします。その結果をもとに、今後の方針を考えましょう。」

香織はその結果に愕然としながらも、他の女性たちの表情を見つめた。
彼女たちも同じように失望しているようだった。
数日後、アンケートの結果が発表され、達也は女子更衣室と女子トイレの使用権を得ることになった。

その後の日々、達也は女子更衣室を利用する際、香織や他の女性たちがいるときにやってくることが多かった。
香織が更衣室の鏡で髪を整えていると、達也の視線を感じた。
その目は、まるで自分たちの裸体を吟味しているかのようにじっと注がれていた。
彼の下半身は大きく反応している。
そしてその下半身を見せつけるかの如く、視界に入る場所に来る。
彼はいつもグレーの下着で股間を大きく反応させ、愛液のシミを見せつける。

香織はその瞬間、体が硬直した。
達也がその場にいると、まるで自分のプライバシーが侵害されているように思えたからだ。
彼女は、自分の裸が達也の視線の下でさらされているという感覚に苛まれ、達也の興奮した様子に恐怖をもたらした。

彼女は達也が女子更衣室で自分たちを見ていることで、実際に性的に興奮しているのではないかという疑念に悩まされることになる。
達也が女性を対象とするレズビアンであると主張している以上、その目は単なる好奇心を超えたものに感じられた。

他の女性社員たちも同じような不安を抱えていた。
ある日、明美が「私、もう耐えられない。辞めようかな」と口にした。
香織は思わずその言葉に同意した。

自分たちが求めているのは、ただのルールではない。
この状況は、単なる職場の慣習の問題ではなく、女性としての尊厳を脅かされることに他ならないのだ。
達也の存在が、私たちの安全やプライバシーを侵害することで、彼の権利が私たちの権利を覆い隠してしまう。
この職場で感じる恐怖は、目に見えない圧力となり、私たちの心を徐々に蝕んでいく。
「私たちは何のために働いているのか、何を守るべきなのか…」香織は自問自答する。
彼女の心の中には、声を上げることへの恐れと、何かを失うかもしれないという不安が渦巻いていた。

その後、次々と女性社員が退職していく姿を見て、香織は一層の不安を抱いた。
彼女たちの中には、社会的な圧力に対抗できる強さを持っていたはずなのに、その場の空気に飲み込まれてしまったのだ。

香織は決意した。
もうこの場所にいることはできない。
退職を決めた瞬間、心の中に解放感が広がった。
自分を守るために、そして自分の心の平穏を取り戻すために。

「私、辞めます。」彼女は社長に告げた。
その瞬間、何かが彼女の中で弾けた。
これまで抱えていた不安が、解放されていくようだった。

他の女性社員たちも彼女に続いた。
少しずつ、しかし確実に、香織たちは自分たちの道を選び始めた。

会社には次第に男性社員がカミングアウトするケースが増えていった。
性自認が女性でレズビアンだと主張する男性たちが増え、女性社員たちの心にはさらなる恐怖が芽生えた。

最終的に会社には、見た目は男性だが、性自認が女性でレズビアンという人だけが残っ異様なものだった。
もはや以前の職場とは違う、異質な空間になってしまった。

マジョリティが排除され、マイノリティがマジョリティになった会社。

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