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短編小説:齢の枷と無垢な想い

横浜の丘の上に建つマンション。その一室で、蒼はぼんやりとリビングのソファに腰掛け、静寂に包まれていた。

隣の部屋に住む美羽のことが頭を離れない。
美羽が今、何をしているのか、ふと気になってしまう。
壁の向こう側に彼女がいると思うと、その存在を感じ取ってしまうかのように心がざわついた。

「こんなに近くにいるのに…。」

蒼はため息をつきながら、無意識に視線を窓の外に移した。
彼女のことを考えまいとしても、どこか心が引き戻されるような感覚に抗いながら。

美羽は、蒼が大学生になった今でも、彼の心の中に特別な存在として留まっている。
美羽が、小学5年生の頃から家庭教師として教えはじめ、もう1年になる。
その明るさと無邪気さに、蒼は常に心が揺れた。
親同士も会社が一緒で、美羽が産まれた頃から知っている。
幼い頃は兄妹のような関係だったが、時が経つにつれ、蒼の中で美羽に対する感情が変化していった。
彼女の無邪気な笑顔が、今や彼にとってかけがえのないものとなっていた。

「蒼くん、今日も勉強教えてください。」

いつものように訪ねてきた美羽の無邪気な笑顔が、彼の胸を締め付けた。
蒼はこの笑顔を愛していたが、同時にその愛が許されないものだと理解していた。
何度も抑えようとしたが、彼女に会うたびにその感情は膨らんでいく。
彼女が彼に近づけば近づくほど、蒼は自分の心の深淵に引き込まれていくような感覚に襲われていた。

バレンタインデーの日。
美羽は、蒼に手作りチョコを持ってきた。
蒼は、彼女の気持ちを知っていた。
美羽はまだ幼く、恋愛というものの本質を理解していないのだと、そう自分に言い聞かせる。
しかし、美羽の純粋な告白は、蒼の心を激しく揺さぶった。

「美羽ね、蒼くんのことが好きなの。」

その言葉が、蒼の胸に深く突き刺さる。
美羽はまだ幼く、無邪気な感情の中で彼に告白したのだと思いたかったが、彼の中に潜んでいる欲望がその純粋な思いを汚そうとしていた。
自分の感情が、愛と呼ぶにはあまりに不純だということを、蒼は痛感していた。

彼女の気持ちを受け入れることで、取り返しのつかないことになるかもしれない。
だが、その一方で、蒼は自分の心が彼女を求めていることも否定できなかった。

その夜、蒼はベッドに横たわりながら、美羽の告白を何度も思い出した。
彼女の真っ直ぐな瞳、彼に向けられた笑顔、そしてチョコの甘い香り。
美羽の顔を思い浮かべながら、体は震え、心は痛みと快楽の狭間に揺れ動く。
それらが彼の理性をゆっくりと壊していく。

「彼女は僕を信頼している…そんな彼女に、僕は何を考えているんだ。」

欲望が彼の中で渦巻き、美羽を抱きしめたいという衝動が次第に強くなる。
だが、その衝動を抑え込もうとする。
彼女を傷つけたくない、彼女の未来を奪いたくないという思いが、同時に彼の心を締めつける。

蒼は部屋の電気を消し、ベッドに横たわった。
携帯で撮った美羽の写真に視線をやる。
その無邪気な笑顔が、彼の心を掻き立てる。
指先で美羽の唇をなぞりながら、彼は深呼吸をする。
体中の血が沸騰しそうな感覚に襲われる。
美羽の無邪気な笑顔、その身体を頭の中で描き、自身の股間を弄る。
愛し合う相手と決して結ばれない恋。
彼は何度も何度も美羽で自慰行為をしては絶頂に達する。

疲れ果てた時、理性が戻り彼はベッドから飛び出し、浴室へと向かった。
シャワーの水を浴びながら、彼は美羽の名前を何度も呟いた。
鏡に映る自分の顔は、もはや自分のものではないようだった。

理性では理解できても、それは決して満足のいくものではなかった。
心の奥底で、彼は彼女を欲していた。

ある日、蒼は美羽に自分の気持ちを打ち明ける決心をした。
だが、それは彼女の告白に応えるためではなく、彼女を守るためだった。

「美羽ちゃんの気持ちはよくわかっている。だけど…僕は美羽ちゃんを傷つけたくないんだ。」

蒼はその言葉を口にする時、自分の心が軋むのを感じた。
彼女への愛が、彼のすべてを飲み込もうとしていた。
しかし、彼はその愛を罪としか感じられなかった。

「本当に蒼くんが好きなのに…。」

美羽は涙をこらえながら彼に訴えた。
その瞳が蒼を壊そうとしていた。彼の心は美羽を求めていたが、
理性がそれを許さなかった。
蒼は震える手で彼女の肩に触れ、そしてそっと抱きしめた。

「僕も美羽ちゃんが好きだ。でも、年が離れすぎていて付き合うことはできないんだ。」

蒼のその言葉は、彼の心を粉々にした。
美羽の嗚咽が耳に響き渡る。

美羽と蒼は、今でも隣同士の家に住んでいる。
季節が変わっても、二人の関係はどこか不思議なまま。
美羽は無邪気な笑顔を浮かべ、蒼を戸惑わせ続けていた。

蒼は、いつも苦しい思いを抱えていた。
美羽の無邪気な笑顔を見るたびに、抱きしめたいという衝動に駆られるが、同時にその感情を恐れている。
彼女を守りたいという強い思いに従う日々。
美羽はまだあどけない少女のままで、蒼は彼女との距離を慎重に保っていた。

そんなある日、美羽が不意に言った。

「蒼くん、なんでいつも黙ってるの? 美羽が、なんか変なことした?」

彼女の大きな瞳が無邪気に瞬く。
蒼は胸が痛む。
彼女にはまだ、自分の抱える感情が理解できていない。
そんな純粋さが、蒼をさらに苦しめていた。

「いや、何もしてないよ。ただ、元気でいてくれれば、それでいいんだ。」

蒼はできるだけ優しく微笑みながら答えた。
しかし、内心では彼女に対する複雑な感情を必死で押し殺していた。

美羽は少し顔をしかめた。

「ふーん、なんかつまんないね。蒼くん、もっと遊んでくれてもいいのに!」

その言葉に、蒼は思わず笑ってしまった。
無邪気なその言葉が、彼にとっては少しだけ救いだった。
彼女にとっては、自分がただの「遊んでくれる人」であり続ける。
それが今の彼にとって、最も望ましいことだと思えた。

「ごめんごめん、今度はちゃんと遊ぶよ。だから…今日は許して。」

蒼はやんわりと返事をした。
美羽は納得したのか、笑顔を浮かべた。

「約束だよ!今度、一緒にゲームしてね!美羽は負けないんだから!」

その無邪気な挑戦に、蒼は微笑みながら頷いた。

美羽との関係は、どこか止まったまま進んでいないような気がしていた。
それでも蒼は、彼女のそばにいることが彼の役割だと信じていた。
彼女を守るために。
だが、心の奥底で燻る感情を完全に消し去ることはできなかった。

美羽はそんな蒼に無邪気に笑顔を送りながら、ふと彼の袖を掴んだ。

「ねえ、蒼くん、これからもずっと一緒にいてくれる?」

その言葉は、子どもらしい素直な思いだった。
蒼は彼女の澄んだ瞳を見つめながら、答えを探すことなくただ一言、言葉を紡いだ。

「…もちろんだよ。」

それだけが彼の口から出た言葉だった。
美羽はその答えに満足したのか、笑顔を見せて蒼の手を離した。

「ねえ、蒼くん、結婚するってどんな感じなかな?」

美羽は、いつものように無邪気な笑顔を見せながら、不意にそんな質問をしてきた。
蒼は、その問いかけに一瞬戸惑った。

「え、なんで急にそんなことを?」

蒼がそう尋ねると、美羽はうつむき加減に言った。

「だって、蒼くんとずっと一緒にいたいから。結婚したら、ずっと一緒にいられるんだよね?」

美羽の瞳には、切実さが宿っていた。
蒼は、彼女のその言葉に心が揺さぶられる。

「美羽ちゃん…まだそんなこと考えなくても…」

蒼は、彼女の幼い心を傷つけないように、そう優しく言い聞かせた。
しかし、彼の心の中では、複雑な感情が渦巻いていた。
二人の関係は、まだあどけなく、しかしどこか特別なもののまま続いていく。
蒼は美羽の無邪気さを守りながら、彼女との関係に答えを見出すことはできないままだ。

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