ヒトラーに学ぶ心理操作

現代社会で事を成功させようと思えば、常に人を説得しなければいけない場面に出くわすものだ。
それは仕事においても恋愛においても…

しかし、人はなにかを得る物がなければ、他人が望むとおりに動くことはない。たとえ上司という命令ができる立場であっても、部下を思いどおりに動かすことは容易ではない。多くの人が「他人を動かすのは難しい」と嘆き、「対人関係に最もストレスを感じる」と言うのである。

ところが、数千万の人々を集団催眠にかけ、自分の意志どおりに操った人物がいる。
それは、アドルフ・ヒトラーだ。

一般的にヒトラーは、第二次世界大戦を起こしてユダヤ人を虐殺した人物としか思われていないが詳しく調べてみると、とてつもなく非凡な人物だったことが分かってくる。

若い頃のヒトラーは、大学入試に二度も失敗し、小さな下宿部屋に閉じこもって政治関連の書籍を読みふけっていた、現代ならニートと呼ばれる若者の一人だったのだ。 彼は、薄汚い自分の部屋で都市の住宅問題を解決する未来都市をスケッチしたり、ドイツが戦争を仕掛けて隣国の領土を獲得し帝国に発展することを空想して毎日を過ごしていた。まさに社会的な落後者の一人だったのである。

あまり才能のない画家志望の青年であったヒトラーは、偶然に参加した政治集会をきっかけに政治の世界に入ると、わずか十数年という短期間で、取るに足らない存在だったナチ党を国家権力の頂点まで押し上げ、自らは総統として君臨して、数千万のドイツ国民が彼を信じて従うまでに登り詰めたのである。

人類史上、彼ほど国民から圧倒的な支持を受けた政治家の例を見ることはできない。

「一つの民族、一つの帝国、一人の総統」というスローガンを見れば、当時、彼がいかに偶像化されていたのかを想像することができる。貧相で毎日とんでもない空想にふけっていた落ちこぼれのヒトラーが、どうして、あれほど短期間にドイツの最高権力まで登り詰め、世界史を変えるほどの影響力を持つことができたのか。

だれでも、 その理由を知りたいはずだ。

今回の記事ではヒトラーのどんな行動がヒトラーを作ったのか分析し、人心掌握、大衆扇動をするための基礎となる精神の作り方を解説する。





イメージトレーニングに努力せよ

ヒトラーはニートだった頃から、どうしようもない空想家であった。彼はまるで少年のような想像力でドイツの未来を構想した。彼は道を歩きながら、戦争を起こしてポーランドやウクライナなど隣国の肥沃な領土を奪う空想をした。彼の存在を全てのドイツ人に知らせた「わが闘争」は、そのようなニートの頃に考えたことを文章にしたのであり、彼の力のある演説も、やはり、そのような空想があったから可能だったのだ。その点を考慮すれば、ニート時代に狭くて汚い部屋で空想ばかりしていた経験も、彼が総統にまで登り詰めるためには、少なからず役立ったと思われる。

これは一種の「イメージ・トレーニング」のようなものである。イメージ・トレーニングは、実際にスポーツ選手にも使われている訓練方式だ。バスケットボールの選手を訓練する例をみてみよう。

イメージ・トレーニングをする選手たちは椅子で寛ぎながら、目をつぶって自分が試合でプレーをする姿を想像する。その想像は、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚など、できるだけ詳細にすべての感覚を動員するようにする。バスケットコートの軋む音、手に持ったボールの重さと手に感じられる触覚、ボールがコートに弾ける感じなど、できるだけすべてのものを具体的に想像する。体をかがめて、片手でボールをドリブルして行く自分の姿を想像する。ドリブルしながら相手の選手をはぐらかしてゴールの前まで入りこみ、シュートするまでの過程を生々しく想像して行く。

このようなイメージ・トレーニングでシュートの練習を繰り返したグループはイメージ・トレーニ ングなしで練習したグループより成功率がずっと高かったという。

こういうイメージ・トレーニングをしたのはヒトラーだけでない。エイブラハム・リンカーンは自身が大統領になったらどんな話をしようか、どう行動しようかを常に想像する習慣があったという。

イメージ・トレーニングとは文字どおり「想像訓練」だ。こういう訓練は彼が後に本当に大統領になるのに非常に役立ったと思われる。

政治家だけではない。成功した企業家も、事業を始める時、遠大な夢を空想する。ソフトバンクの創業者、孫正義の例を挙げてみよう。

彼はアルバイト2人を雇って創業したが、何も揃っていない事務所にりんご箱を置いて、その上に立って「売上高1兆円」のビジョンに熱弁を振ったという。彼が次の日もその次の日も、毎日、自分のビジョンについて熱く語るので、アルバイトの2人は、結局辞めてしまった。アルバイト従業員には、彼が重い誇大妄想症の患者か、あるいは詐欺師に思えたのである。

今日の彼は日本を代表する億万長者だが、その時は、ただ単に小さな会社を創業したばかりの若者に過ぎなかった。このように、後に成功する指導者も、初期には嘲笑されるケースが多い。

しかしその遠大な空想が少しずつでも実践に移されると分かれば、徐々にファンが増えて、メディアからも注目されるようになる。その理由は、初めは同じ仕事をしている人でも、未来の大きなビジョンを提示する人の方が、何のビジョンも示さない人よりも期待を集めるからだ。

遠大なビジョンを宣言した人が何か小さな成果でも上げれば、人々はその小さな成果が彼の大きなビジョンの下準備だと考え、その後を期待して注目する。しかし何のビジョンも話さなかった人が成し遂げた小さな成果は、単に小さな成果で終わるだろうと考えられて、無関心のまま忘れられてしまう。

指導者とは、たった一人で目的地に到達すれば良いという存在ではない。みんなに自分の進む方向をはっきりと知らせて、一緒に目的地まで到達しなければならない存在なのだ。だから、先に何をするつもりなのかを宣言して、次にそれを実行に移さなければならない。

このようにすれば、宣言したとおりに進む気配が少しでもあれば、ますます追従者が増えて、あなたの提示したビジョンに向かって一緒に頑張るようになるのだ。

イギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビーは1936年、ベルリン大学の招請で講演のためドイツを訪問して、ヒトラーと単独対談を行った。トインビーはヒトラーとの出会いを次のように回想している。

「2時間15分の間、ヒトラーは理路整然と明快に論理を展開させた。学術講演者の中でもそれほど長時間、一度も論旨を失わないで話す人を私は見たことがなかった。」

世界一の学者にもヒトラーはこのように論理的で賢い指導者のように見えたのだ。

トインビーは、ドイツを訪問した当時、ヒトラーに潜在していた邪悪さを見抜くことができなかっただけでなく、彼の論理と弁舌に騙されて、人間的に好感を持つまでになった。

ヒトラーがこのように論理的に相手を説得できた理由は、獄中で「わが闘争」を執筆して、自分のビジョンと思想を確立していたためだ。自分の初期のビジョンを「わが闘争」という書籍として残したことが、頂点に上り詰めるための重要な役割を担っている。

自分のビジョンを明確にするためには、それを文書化した方がいい。 日記を書いて、何年か過ぎた後に読み返してみれば、「あの時、私はこんな風に考えていたのか」と思うほど、人の考えは変わっていくものだ。 数年前に決めた目標を、堅実に実践していくには、どんな形でもいいから文書化することが重要だ。

目標地点に一番速く到達する方法は一直線に進むことだ。ヒトラーが「わが闘争」を文書で残したように、あなたもビジョンを文書化するべきだ。文書に残しておけば、初期のビジョンを後で思い出すことができるから、ずっと一つの方向に一直線に進むことができる。ビジョンの確立の仕方は私がほかの記事で書いている。読むことをおすすめする。

現実に順応して生きている人は、大衆を扇動できるファンタスティックなビジョンを提示することはできない。リーダーに成りたければ想像力を育てなければならない。自分が成し遂げたいことを、常に空想する。さまざまな計画を描きイメージトレーニングでそれを具体化するのだ。


役者のように演じろ

ヒトラーが演説している記録映画を見ると、彼は普段でも非常に荒々しく感情的でエネルギッシュな男だったと思われがちだが、実際は逆であった。
ヒトラーが演説する時の姿が、普段とはまったく異なった別人のようだと多くの人が証言している。 側近たちが伝える彼の普段の姿は、ソフトな語り口で、穏やかで親切な態度をとる人だったと言われている。まるでカメレオンのように、彼は必要に応じて自分の姿を自由に演じることができたのだ。 ヒトラーの個人秘書の一人は、次のように語っている。ヒトラーが側近たちと昼食をとり、笑いながら気持ちよく話していた時、ちょうどイギリスの外交官が来たという報告を受けた。当時は、イギリスとの関係が悪化していた頃だった。

ヒトラーは慌てて、むっくと立ち上がって言った。 「ちょっと待て。彼を入れるな。私はまだ笑っているから」彼は、側近たちの前ですぐに怒った表情を作り、見る間に顔色を暗くして目を剥きながら荒い息をし始めた。そして、外交官の待っている隣の部屋に入っていくと、そのイギリス人に向かって怒ったように大声で怒鳴り始めた。10分後、ヒトラーは額に汗を浮かべながら戻って来た。彼は扉を閉めて、くすくす笑いながらささやいた。「おい。俺にお茶を一杯くれ。あのイギリス人のやつ、私がすごく怒っていると思っただろうな」

ヒトラーは非常に優秀な役者だった。彼は怒っていない時でも怒った振りを演じたり、群衆にアピールするために普段とは違う身振りや態度を見せた。
ヒトラーは無名時代から、鏡を見ながらいつも一人で演技の練習にふけっていた。その結果、彼は誰よりも芝居がうまくなった。ヒトラーにとって演説は単なる言葉ではなく、大衆を扇動し、説得して操るための道具であった。そのような目的のために、ヒトラーは自分を俳優だと認識して徹底的に演出された姿だけを大衆の前においた。

立派な指導者になろうと思うなら、うまい役者にならなければならない。
手の内を全部見せ、いつも不利な条件で交渉する愚か者をリーダーにしたいと思う人がいるだろうか。あえて言えば、正直であるべき時には正直であり、事実と違う姿を見せなければならない時には俳優のように演技ができる、そんな人物こそ、よいリーダーになれるのだ。

リーダーは立派な演技者にならなければならない。ヒトラーは毎日鏡を見ながら俳優の演技を模倣した。あなたもカリスマ性のある芸能人の行動をよく研究して、鏡を見ながら模倣して見るといい。その芸能人とまったく同じになれという話ではない。模倣をしてもどうせその仕草は、自分でも気づかないうちにあなた独自の仕草に変形されるはずだ。真似をするうちに、その模倣の対象がどんな魅力を持っているのか見つけることができるだろう。その魅力ポイントをあなたのものに作り直すのだ。そうして作られる個性的な演技をあなた独自のユニークなもので整えて行くのだ。


目に力を入れろ

ヒトラーは、相手を目つきで圧倒する才能があった。彼は、自分が強い印象を与えたい相手には、ほとんど瞬きせずに、見つめるだけで心理的に圧することができるということを知っていた。彼は、精神的に圧力をかけなければならない相手に会うときは、ほとんど瞬きをしないで、相手をじっと見つめた。相手はその視線に圧倒されて 、ただおどおどするだけだった。あるアメリカ大使の娘は、その目を見た瞬間、非常に強烈な印象だったので、永遠に忘れられないと言っている。そういう神秘な目つきは、部下に命令を下す時や、あるいは自分を尋ねて来た外交使節を心理的に圧倒する時などに、かなり役立ったと伝わっている。

「目は心の窓」だと言う。あまりかっこよくない人でも、目つきが聡ければはるかに魅力的に見える。 男と女は、ただ数分間互いに見つめ合うだけで恋に落ちて結婚にまで至るようになるという心理学の実験がある。また、初めて会った男女は、始めの3秒間の視線の交換で、付き合うか付き合わないかを決めると言われている。また、女性は自分の視線を避ける男性に良い印象を持つことはないと言われている。

ヒトラーは無名時代、下宿部屋に引きこもって鏡に向かいながら、絶えず目つきを自己管理できるように練習した。その練習の結果は、彼が権力を握った後で、部下を心理的に圧するのに非常に有効に使われた。

ここでもう一度、リーダーに要求される能力として、演技の重要性を再確認しておこう。さらに、 演技の核心が目つきにあるということも確認したい。


芸術をエネルギーの源泉にしろ

ヒトラーのように激しい感情を引き出すためには、感性が発達していなければならない。形式的で無味乾燥な演説をする大方の政治家を見れば感性の重要性がよく分かる。感情が枯れている人間に良い印象を受ける人はいない。たとえどんなに説得力のある論理で訴えても、大衆はまったく同調しないだろう。

ヒトラーは、雄大で、荘厳で、偉大なものに対する感受性が特に発達していた。彼がワーグナーが好きだったことや、オペラが好きだったこと、そして建築に興味を持っていたことなどは、彼の豊かな感情がどこから生まれたのかを知る手掛かりとなる。特に彼は、画家志望の若者だった頃、特に建築物に強い関心があった。彼の絵の対象には、建築物は登場するのだが、人物を目にすることはほとんどない。

次は「わが闘争」の一節である。

「私は年をとるにしたがってますます建築に興味が湧いて来た。当時私は、このような興味は画家としての才能の一つだと思って、芸術家としての器がこんなに大きくなっていることを内心喜んでいた。」

彼はドイツ帝国の都市を自分がデザインするという遠大な計画を持っていた。若い頃ニートだった彼は、バロック様式の建築物の前に立ち、魅了されて何時間も夢中で眺めていたりした。当時彼は、誰も注目しない青年失業者に過ぎなかったが、頭の中では祖国の未来に関して数多くの構想を抱いていた。

彼は若い頃、常に美術道具を持って出かけ、絵に専念した。たまに気に入った建築物のアイディアが頭に浮ぶと、何かに取り憑かれたように、食事をしながらも建物や柱やアーチ型の門などをスケッチした。そして自分が構想する壮大な建造物を想像して一人で感動した。

このような彼の趣向は、後の大衆集会の演出にも充分現れている。荘厳な、オペラと宗教儀式が混合したようなユニークな演出は、政治集会の新しい境地を開拓したと言っても過言ではない。そして、そのような演出では、照明から小道具の使用、群衆の配置に至るまで、あらゆる要素が緻密に計画されていたのだ。

ヒトラーは自分を芸術の保護者だと思っていた。彼はオペラを愛し、絵を描くことや音楽も好きだった。また、各種の派手な建築物を建てるのも好きだった。 ナチスのカギ十字シンボルや鷲のシンボルを電撃的に採用したのもヒトラーだ。彼はデザインにも才能があったようだ。そういう芸術的な感覚は、ナチスの軍服や腕章、旗などに使われたデザインや、総合芸術を連想させるナチスの集会でも非常に役に立った。彼らの集会は見る人が涙を流すほど荘厳で雄大だったのだ。そんな芸術的演出能力は、各種の集会で人々の団結力と忠誠度を高めるのに大きく貢献した。

あなたも、常に芸術に接して、自分の感性を磨かなければならない。

すばらしい建築物や美しい美術品の鑑賞に没頭するのだ。建築は、美麗な西洋建築だけでなく、荘厳な東洋の建築も鑑賞するのだ。音楽は、荘厳なクラシック、美しいピアノ曲、疾走するヘビーメタル、悲しい映画音楽など、心に強い印象を与える音楽を聞くことだ。

偉大なリーダーには、優れた芸術的感受性が必要である。芸術だけがリーダーにインスピレーショ ンを与えることができるのである。


ナチスドイツ時代の街並み

肯定的な嘘をつけ

あなたは「嘘」についてどう考えているだろうか。幼い頃から、「嘘をついてはいけない」、「正直な人になりなさい」というように聞かされて生きてきたのではないだろうか。しかし、それは正しいと言えるのだろうか。政治家や企業家など、社会を支配する人たちは、殆どが嘘に優れている人たちである。必要な時に嘘をつけない人がリーダーとして成功した事例はめったにない。自力で大成功した大金持ちの前歴を分析すれば、彼らが億万長者になったきっかけが、決定的瞬間についた嘘であることが分かる。

なかでも最もアイロニーな例は、ベストセラー「金持ち父さん貧乏父さんの著者ロバート・キヨサキの成功である。彼は「金持ち父さん貧乏父さん」を書く前は金持ちではなかったが、金持ちのふりをして本を書いて本当に金持ちになったと言われている。

彼は自分の本で「私は金持ち父さんのアドバイスどおり努力して、実際に金持ちになった」と主張しているが、いろいろ証拠を調べると、彼が実際に金持ちになったのはその本がベストセラーになったあとだと、多くの専門家が批判している。

つまり、彼は、金持ちになる方法を教える本を書いて、 金持ちになった人物である。しかし彼は、肯定的な嘘の力を知っていたから成功したのである。もし彼が正直な人で、「私は金持ちだ」という嘘がつけなければ、「金持ち父さん貧乏父さん」のようなべストセラーが出版されることはなく、彼も今のような金持ちになることはなかったかもしれない。

もちろん、例として挙げた人が嘘つきだったと言っても、事業でお金を踏み倒したとか、会社の資金を横取りしたとか、そんなタイプのペテン師だったわけではない。彼らの嘘にはパターンがある。

彼らはまず、存在していないことを存在していると言うとか、疑わしい未来について希望的なことを約束したのだ。もちろんそのあとで、彼らはそれを真実にするために最善をつくしている。彼らがそうする理由は、自分の価値を高めることが成功に役立つことを知っているからだ。

積極的に自分の困難な状態を他人に話しても誰も助けに来てはくれない。何かがほしければ、逆にいっぱい持っているので全然ほしくないような振りをするのが、それを手に入れる近道だ。

例えば、お金が無くて金を借りたいと思うなら、逆に金持ちの振りをした方が簡単に借金ができる。また支持者がたくさんいる振りをする政治家の方が、より多くの支持者を獲得できるはずだ。嘘だとしても、自分を精一杯美化して誇張できる人が、力強い支援者と多くの支持者を獲得することができる。

社会的な影響力を得るということは、まったく知らない大勢の人々から支持を受けることなのだから、あなたの嘘がばれる可能性は非常に小さい。

要するに、立派なリーダーと詐欺師は、その時点ではどちらも同じ嘘つきなのだが、彼らの違いは、 あくまで自分が公言したことが未来に現実するかしないかで決まるのだ。大きな成功と言うものは、個人ひとりの力で成し遂げられるものではない。成功の多くは、ほとんどの場合、他人の協力やサポートで成し遂げられている。つまり、たくさんの人の助けがなければ 、成功することはできないのだ。多くの協力を得るための重要なカギは、自分自身を美化する嘘なのだ。

一般の人々は、他人の言うことを疑ってみるとか、うわさの情報源を調べるとか、扇動家の主張を論理的に考えて反論するとか、そんなことができる存在ではない。彼らは信じたいことを信じる存在なのである。自分が聞きたい甘い言葉が聞こえれば、嘘でも喜んで信じるのだ。

正直な人は、自分の劣った面をありのままに話し、自分の能力も謙遜して低めに言うのが美徳だと思っている。控えめな人の中には正当な資格があるのに、それに見合った待遇を受けることができないでいる人もいる。逆に、自分を美化し実際の能力より誇張して話す人の方が有能だと思われて、正直なライバルを打ち負かし、能力以上の利益を得ている。

必要な時に嘘がつけない生真面目なタイプの人は、どこに行ってもリーダーになることはできないだろう。もちろん、未来について嘘をついたなら、それを真実にするために最善の努力をしなければならな い。嘘を真実にできなければ、信用はなくなり、ビジネスは失敗するのだ。

では、どんな嘘が成功の役に立ち、どんな嘘が成功の邪魔になるのか。まず、過去や現在の客観的な事実を歪曲する嘘はよくない。なぜなら、そんな嘘はすぐばれるし、あなたが率いる味方からも批判されて、リーダーシップを失う可能性が高い。

例えば、2003年、アメリカのブッシュ政権はイラクが大量破壊兵器を隠し持っていると主張してイラク戦争を起こした。イラク戦争でアメリカは短期的には莫大な政治的利益を得ることができたが、結局、大量破壊兵器は発見されず、戦争の大義名分がすべて嘘だったということがばれてしまい、ジョージ・ブッシュは歴代最悪の大統領だという汚名を受けることになった。

客観的な事実を歪曲する嘘は、短期的には利益になるかもしれないが、結局は自らを破滅させる。また、普遍的なモラルに反する嘘も自分を不利にする。そんな嘘は、味方にいくらアピールしても味方以外からは強力な反感を買うだろう。普遍的なモラルを大義名分として団結した巨大な敵が現れる可能性があるのだ。

対してヒトラーは大衆には常に善良なイメージを与えた。子供を抱いて微笑する姿や、演説で神に祈る姿など、誰が見ても善人のように行動した。ヒトラーが国民から圧倒的な支持を得ることができたのは、彼が普遍的なモラルを持つ人のようにみえたからだ。

未来についての肯定的な嘘は、あなたとあなたが率いる人たちを成功に導いてくれる。未来になって真偽が判明する嘘が良い嘘だ。

よく考えてみれば、ビジョンとは、未来についての派手な嘘に過ぎない。ヒトラーは自分の嘘を大衆が信じるように創作して、自らもそれを信じてしまうことで、より強い推進力を得ることができたのだ。

あなたも日記やノートを用意して、自分のビジョンを具体的に記述するといい。文書化することで、ビジョンはより具体化していくはずだ。繰り返して申し訳ないが、ビジョンの確立の仕方は他の記事で解説した。ぜひ参考にしてみてほしい。


エピローグ

今回の記事では、ヒトラーがどんな方法でドイツの支配ができたのか、その精神的な面を重点的に調べた。

ヒトラーの根源は、芸術の感性と豊かな空想力である。彼は若い頃からオペラやクラシック音楽、特にワーグナーの作品に深い愛情を抱いており、絵画や建築にも強い興味を持っていた。芸術家としての志を持ちながら、その感性を磨き、後にナチスの集会やプロパガンダにおいて、演出力と魅力的なビジョンを示す力を得るに至ったのである。

また、彼の空想力は独りよがりな夢想の中で磨かれたものである。狭い部屋に閉じこもりながらドイツの未来について思いを巡らせ、現実とは無関係に壮大なビジョンを描いていた。この空想力が後に彼の演説において力強く表現され、多くの人々を魅了する要因となったのである。

こうした芸術的感性と空想力が組み合わさることで、ヒトラーは単なる政治家ではなく、魅力的で扇動的なリーダーとしての地位を確立したのだ。

ヒトラーは次のような言葉で人々を巻き込んだ。
「私と力を合わせよう。そうすればドイツの歴史に永遠に残るようなるだろう。」

そして、私からもひとこと。
「共に上を目指そう。」

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