辺境に住む男スワロフ 〜冥王星〜
タマルの背に羽が生え、ペガサスになった。サイードは、夜の森を駆けて行くと思っているが、それが実は天空に向かっていることに気づいていない。
サイードの後ろ姿を見送りながら、今回のサイードの天空行きに至るきっかけを思い出していた。
数日前の晩に、1人の女が、気づいたらスワロフの辺境の小屋に現れた。スワロフは少し面食らったものの、神殿の神官ウラヌスが遣わしたことが、女の持つ封蝋された手紙ですぐにわかった。女は手紙を渡すと、すぐに無数に蛇に戻り虚空へと消えて行った。
この小屋の存在は、通常、人に知られることはない。なぜなら、スワロフが会うと決めた人にはその場所が伝わり、それ以外の人には決して伝わらないようになっているからだ。スワロフのきことを思い出した時、人はスワロフに呼ばれたのだ。そして小屋への通路ができるのだ。
「ウラヌスの奴め、蛇女を使うとは、有無を言わせぬ方法を使いおって。」
急ぎのように違いないと、手紙を読み終えた。
「サイードに出てもらわなければならないな」とスワロフは、サイードを呼んだ。
サイードは、これまでに何度も“異国”への遠征を試みてきた。
「スワロフよ、また異国へ行くんだな。」サイードは嬉しそうだ。この男は、根っから四つ足動物乗るのが好きで、また出かけるのが好きなんだ。
「そうだ。今度の遠征は、少々難しいんだがな。これまでのお前のやってきたことからすれば、大丈夫だろうと思うがな。」
「スワロフさんよ、俺にできないことはないと思うぜ。」
「今回は山奥のミサイアのところで祈祷をしてもらって行くが良い。己の中心をしっかり持たなければ、魔物に喰われてしまうからな。」
「しょうがないな。なくてもいいんだけど、ミサイアのおばちゃんには頭が上がらないからな。じゃあちょっと寄ってから行くわ。」
「タマルも一緒に連れて行きな。異国では乗り物が何より大事だから一緒に祈祷をしてもらえ。」
ウラヌスからの文には、村に迫り来る境界を脅かすものについて書いてあり、またそれが私の一人娘でもある、月の女スンファに関わると言うのだ。それを報告してきたのは、スンファ自身で、本人は自分のことだと気づいていないようだ。
スンファは、若かりし頃、俺がサイードのようにペガサスに乗って遠征に行っていた時に天空で出会った女と恋に落ちた時にできた子だ。恋した女も好きだったが、自分でも驚いたことに、俺は初めて抱いた我が娘にメロメロになってしまった。俺の仕事は、天空からの情報を地上に持ち込むこと。時に危険な事であっても、持ち込まなければならぬものは、何があっても持ち込まれるのだ。時に無情にも、その仕事を果たさなければならないのに、スンファの存在は、俺が守りたいものとなってしまったのだ。
地上に持ち込まなければならぬ、宇宙的な視野が滞れば、地上は停滞する。一見すると不幸が起こるようでも、これは長い視野で見たら必要なこと。無情でも持ち込まなければならないのだ。
スンファを危険に合わせたくない気持ちが、俺の仕事から牙を抜いてしまった。
こうして、地上には生温い時代が訪れた。変化を嫌い、ひたすら守りに入る人々。
寺院で祈祷を続けているミサイアが、些細な異変に気づき、盟友ウラヌスも俺に溺愛ぶりを警戒していた。そして、とうとう、自分でも天空にに行く術を知っているウラヌスが、スンファを俺から引き離し、自分の神殿の中で育てることにしたのだ。ウラヌスとミサイアが協力して俺からスンファを引き離す機会を作ったのだ。
スンファは、それから、本当の親が誰かなのか知らずに、神殿の中で育っていった。俺は、本来の領分を取り戻したのだ。
今回のウラヌスからの手紙には、「我が君の帰りたもう道」と読んだことが添えられていた。これは、天空の母親からの要請だろう。
サイードには、天空の母親のところへ行ってもらうのだ。俺の書いた手紙を持たせて、旅立った。スンファはいずれ、天空へ帰らなければならないのだろう。けれども、半分は地上の子。完全に戻らなくても良い方法があるやも知れぬ。そのまま天空へ連れ去られてしまうのを避けることが、今、天変地異をまろやかに進めるために必要だと思うのだ。
さてどのような返事が帰ってくるであろうか。サイードが到着するなり、答えが返ってくるであろう。それまでに、サイードが意識を保って居れば、の話であるが。
地上で待つ兄のシャロフの存在が、サイードに力添えをしてくれるであろう。
スワロフは自分に迫り来る危険にまだ気づいていない。自分の影はいつの日か自分を刺すと言われたことを思い出していた。どのように彼がこの困難を乗り越え克服するのか、物語はまだ続く。。
冥王星 天秤座7度 ヒヨコに餌をやり、鷹から守る女 9ハウス
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