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「トリコロール」

「トリコロール。」

「えっ。今なんて言ったの。」

「トリコロール。」

「ごめん。カタカナ弱くてさ。それってどんなもの。」

「フランスの国旗のように青赤白の組みあわせを言うの。」

「ひとつ勉強になった。」多分すぐ忘れるけど。

「それでそのトリコロールがどうかしたの。」

「うん。なんかね。気になることがあって。私の読み間違い。。。」と最後のほうは答えになっていなくて、なんとなくうわの空だった気もする。

そのあとはいつものようにごはん食べて彼女を家まで送っていった。別になにもおかしなことはなかったはずだけど。はずなんだけど。翌朝、しばらくデートはできないとラインがはいった。

それで僕のほうはと言えばだ。正直、次の彼女がいたんだ。これは渡りに船っていうヤツかもって喜んだ。ほんとそのラインから連絡らしきものはこなくなって、やっぱり自然消滅になるのかなと胸をなでおろした。修羅場は何度も経験してきたけど慣れないからさ。

3カ月ぐらいしてその彼女と公園でばったり出会った。その時に今の彼女が一緒でなくて良かったよ。気まずいだろう。どう考えても。

「久しぶり、元気にしてた。」僕は何気なく聞いた。もちろん笑顔でね。

「うん。元気。」彼女も笑顔だ。これでいい。

「ずっと連絡しなくてごめんなさい。」

「いや。いいんだよ。理由があるんだろう。」

「ええ。そうなの。」

「あの。言いにくいんだけど。僕。今つき合っている人がいて結婚するかもしれないんだ。」と言って様子を見ることにした。彼女はにっこりして僕に白い箱を差し出す。

「そうなのね。良かった。じゃあ、これお祝いにどうぞ。彼氏のために焼いたのだけれど。あなた、ケーキ好きだったでしょう。」

やはり、彼女とは自然消滅だったのだ。僕は喜んだ。これでなんの罪悪感も起きない。彼女にも新しい彼氏がいるのだ。僕は調子にのってベンチに腰掛けるとそのケーキを口に運んだ。彼女は驚いたようだが隣にすわった。

「せっかくだから。ひとつだけ。」

つき合っていた頃、何度も彼女の手作りのお菓子を食べた。有名なお店より美味しくていつもつまみ食いしていたものだ。

僕は食べながら考えていた。彼女と今つき合っている男はどんな男だ。

今夜の彼女はなんだか前とは違う感じがする。その極上の笑顔は何だ。つき合っている男が変えたのか。僕はなんだかとてつもなく損した気がした。せっかく手に入れていたはずの宝物が他人のものになるなんて許せない。

「やっぱり。君のことが好きだ。僕にもう一度チャンスをくれ。」

そう言って僕は彼女を抱きしめた。


私は彼に抱きしめられながら、3カ月前のことを思い出していた。彼の女癖が悪いことは重々承知していた。でも、私は最後の彼女になりたかった。飽きられて捨てられるなんて考えたくもない。あの古そうなレシピはたまたま図書館で借りたケーキの本に挟まっていたのだ。あのレシピを再現するためには準備に時間がかかる。だからしばらく彼とは逢えなかった。彼は予想通り次の女とつき合いだした。焦ったけどケーキの効果は充分だったようだ。

レシピのお菓子の名前を訳すととりこロール。




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