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碧い梟

きしぼじんさんは、必死の形相。
みんな、その必死の形相が怖かったけれど、いきなり出産すると言い出したきしぼじんさんを心配していた。
「コ、コワイデスネ、ママ・・・」
マックサーくん1号は、自分の母親を怖がっていた。
「何言ってんだよ! マックサーくん1号が、勝手に想像したから、こんなうちの母ちゃんと食わず女房が合体したママになっちゃったんじゃないか!」
僕は、自分の母ちゃんが、こんな恐ろしい怪物母ちゃんになったことに複雑な心境でいたけれど、やっぱり恐ろしい形相でいきんでいるきしぼじんさんは、自分の母親のごとく心配だった。
「マックサーくん1号にとって、駿介のお母上とあの絵本の食わず女房が、よっぽど心に残ったんでしょうね」
山田はそう言って、マックサーくん1号に、「ねっ」と。
「ハイ・・・。ハジメテエホンヲヨンデモラッタノデ、ツイ、ママハ、アアイウママナンダロウナァト、ソウゾウシテシマイマシタ。イヤハヤ、ワタクシトシタコトガ・・・。デモ、ドンナママデモ、ママハ、ママデス。マッマー!!!!」
マックサーくん1号はそう言って、最後に雄たけび。
「マック、、、。サァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
きしぼじんさんもそう雄たけびをあげ、同時に、スッポンッ!! と音がした。
「あれ?」
「なにこれ?」
みんな、こんだけ大ごとに大騒ぎだったのに、案外簡単に出産が終わったようで、拍子抜けしていた。
「い、いま、どっから生まれたの?」
ルイスさんがきしぼじんさんを回り込んできた。
「いやだ! ルイスさん、エッチねぇ!」
リツ子先輩は、ルイスさんをドツイタ。
「な、な、何言ってんのよぉ!! あたしが、そんな下心あるわけないでしょぉぉぉぉぉ!!」
ルイスさんは真っ赤な顔して怒った。
きしぼじんさんは、顔に大汗かきなががら、
「こ、ここからです・・・」
と。
「ん? んんん?!」
ルイスさんは、細い眼鏡をずり上げた。
「ポケット?」
「ええ?!」」」」」」」
みんなも驚いた。なんと、なんだか分からない、この小さな鉄の物体は、きしぼじんさんの前掛けのポケットから生まれて来たらしいのだ。
小さな鉄の物体は、くねくねと芝生の上を這いづっていた。
「ジュディちゃん、ミルクでちゅでごわちゅでちゅよぉ」
ハカセどんが、哺乳瓶を鉄の物体に差し出すと、鉄の物体はそれをむしり取るように奪い取り、ゴクゴクと音を立てて飲み始めたのだ。
「オガワリィ!」
鉄の物体は低い声でミルクのおかわりを要望。とてもじゃないけれど、赤ちゃんの声には聞こえない。
「モウイッパイィ!!」
鉄の物体は次々とパパのハカセどんにミルクのおかわりを所望。
「はいはい、でごわすよぉ」
ハカセどんは、自ら進んで、娘にこき使われていた。
「アノ・・・、コノコハ、イモウトデショウカ?」
マックサーくん1号が誰ともなく聞いた。
「アア、ソウダヨ。ナンカモンクアッカ?」
鉄の赤ちゃんは答えた。
「モ、モンクハアリマセン・・・」
既に上下関係が決まってしまっていた。
鉄の赤ちゃん、ジュディちゃんは、たらふくミルクを飲んで、生まれたばかりで、
「もう、こんなに大きくなっちゃった?!」」」」」」」
みんなが驚くのも無理もない。数分前に生まれたばかりのジュディちゃんの身体は、ミルクをおかわりすればするほど、幅100メートル、高さ50メートルずつ巨大化し、とうとう、
「ジュディちゃんは、100万人乗りの輸送機。食料も100万人分運べる便利さんなのです」
と、きしぼじんさんが説明したとおり、巨大な輸送機になった。
しかも、
「ワープデキッカラ」
とジュディちゃん。
「さっすが! いやあ、すごいわ! その技術、俺らも学びたい!!」
マーボンが目を輝かせた。
「俺らが改造した食料輸送弾道ミサイルの安全輸送を叶えたいんだ!」
ヤンボンも前のめりで、きしぼじんさんに訴えた。
「ソンナノ、アタチガオシエタルワ」
とジュディちゃん。
「ううううううう・・・。産まれる・・・・」
きしぼじんさんが、また苦しみだした。
「またぁ?!」」」」」」
びっくりしたことに、その後もきしぼじんさんは、ジュディちゃん2号、3号、4号、5号、6号、7号、8号、9号、10号、11号を産んだのだった。
「「「「「「「「「「「ママ、パパ、ニイサン。アタチタチ、サッソクオシゴトニイッテクルワ」」」」」」」」」」」
11つ子のジュディちゃんたちは、生まれたばかりで早速お仕事に行くらしい。
「ああ、行ってらっしゃいでごわす。ジュディちゃんたち。わが娘たちよ」
ハカセどんは、涙をエプロンの裾で拭き拭き、ジュディちゃんたちを見送ったのだった。

「大統領! ジュディちゃんが、俺らが改造した食料輸送機の改良のアドバイスしてくれるって!」
マーボンは嬉しそうに大統領に話しかけていた。
「大統領! 俺らの夢かなうぞ! 世界中の困っている人たちを、瞬時に助けるメカを作るのが、俺らの小さい頃からの夢だったからな!」
ヤンボンも嬉しそうに大統領に話しかけていた。
「うんうん、そうだったな、そうだったな」
大統領も二人の頭をグリグリして喜んでいた。目の淵に涙をためて。
「大統領。いや、ニコやん。おまえ、うざい、しね、きえろ、なんて言ってごめん。本当はそんなこと1ミリも思ってないんだぜ、俺ら」
マーボンが謝った。
「分かってるって!! 俺ら、何年の付き合いだと思ってんだよ! おまえらがまだオムツしてヒヨコ歩きしていたときから知ってんだぞ!」
大統領はそう言って、
「はぁ~」
と深い深い深呼吸をして、振り返った。
「うわぁ!! び、びっくりしたぁ・・・」
大統領の真後ろに龍馬がいた。そして、龍馬は深刻な表情で言った。
「大統領さん、まっこと申し訳ないんだが、これは、わしの当たってほしくない直観というか・・・。おまんさん、わしとなんとのぉ、似とるやきに。気ぃ付けた方が良いかもしれん」
「え? どういうこと?」
大統領は龍馬の言葉に、少し身構えて聞いた。龍馬は、少し黙って大統領を見ていた。言葉を選んでからしゃべろうとしている様子だった。龍馬が口を開こうとした時、
「ちょっと! あんた、商売敵だね! これは、あたしの役目さね!!」
すぐそこに、占い師兼シャーマンの月浜可憐さんが立っていた。白粉の塗り過ぎで顔は真っ白白。しかも真っ白のヒラヒラのワンピースを着ている。
「ぎょぎょぎょ!!!」
久しぶりに可憐さんを間近で見た大統領は驚きと怯えの表情を隠せなかった。可憐さんは、そんな大統領に、
「まったくもって失礼なお人だわ」
と文句を言いつつ、
「あんたのやっていることは、多くの弱き民を助ける。あんたのやっていることは、いままで埋もれさせられていた画期的なアイデアを掘り起こし、受け入れ、一番助けないといけない人たちの声にきちんと耳を傾け、一般庶民に安心感を与え、平和を実現する。しかし、それを喜ばない者もいる。身近な人間に気をつけなされ」
と、大統領にしか聞こえない声で囁いた。

”ワレワレハ、ウチュウジンダ”
空に響き渡る声と同時に、目のくらむような光が天から差してきた。
「ああ、お迎えじゃ」
龍馬が空を見上げた。
「おお! ワイらの大統領のお迎えじゃ」
義経は空に手を振っている。
「大統領自らお迎えなんて、なんと贅沢なことでっしゃろ」
入鹿も嬉しそうに見上げていた。
光の中から大きな円盤型UFOが現れた。そして、UFOのお尻が開き、そこから長い長い階段が降りてきた。
「さあさ、天国への階段じゃ」
龍馬は、義経の手を引いた。義経はもーとりーよ将軍の手を。ぶーのしーよ将軍は山田の手を。山田は、ゆっくりと歩みだしていた。
「ちょっと待ってよ!」
僕は慌てて、山田の腕を掴んだ。山田はゆっくりと僕を見下ろした。その顔は、まさに近藤勇。
「近藤さん・・・」
近藤は、
「歳、また会おう」
と言い、大きな手で僕の手を優しく握って、僕のお腹に戻した。
「い、いかないで・・・」
そう言いながら、僕の瞼は重くなっていった。かすかに見えたのは、マックサーくんたちが、ハカセどんときしぼじんさんを乗せて、巨大UFOの中に次々と入っていく姿だった。
”駿介氏、いろいろありがとう。ニンニン”

パーンッ!!
と渇いた音がした。
目が覚めると、テレビの中から、また何発か渇いた音が響いた。
うたた寝していたのか、目を擦りながら、リモコンボタンを押そうとした時、ニュースのアナウンサーが言った。
”犯人は無職の青年”
どこかの大統領が暗殺されたらしい。ニュースによれば、国民思いの人気のある人だったらしいが、貧困にあえぐ青年が大統領の政治に不満を持ち、殺害に至ったという。
ありがちな話だった。
その時、スマホの呼び出し音。心臓がドキンとして、慌てて画面をスクロールした。電話向こうでは姉が、
「大変!! お母さんが渋谷のエスカレーターからコロコロ転がって三回転半したって!!! いま、救急車で病院に運ばれたのよ!!」
と、むちゃくちゃ慌てまくってパニクっている。
「ええええ?!」
母さんは今日、親戚の結婚式で都内に出かけていた。
「それで?!」
僕も大慌て。うちの母さんはものすごいおっちょこちょいで、昔から生傷が絶えないのだ。
姉の昭子は、母さんの運ばれた病院から連絡が入るなり、すぐに遊びを切り上げ、原宿から直行。電話をしてきたときは、横に母さんがいたらしく、すぐに母さんの声がしてきた。
「いやあ、もうエスカレーターに吸い込まれて死ぬかと思ったけど、案外吸い込まれないのね、エスカレーターって」
と呑気なことを言っていた。全治2週間の全身打撲。
日曜日の夜だというのに、母さんは昭子姉さんと父さんに両脇抱えられ、囚われた宇宙人のように玄関から帰って来たのだった。
僕は、玄関外に置かれた松葉杖を取りに外へ出た。
「まったく、全身打撲な上に、足捻挫か・・・」
病院玄関を出た瞬間、またすっころんで、また処置室に舞い戻り、今度は捻挫との診断をプラスされた僕の母さん。
「あーあ、祟りかな・・・」
僕はため息つきながら、松葉杖を両手で抱えた。その時、誰かがこちらを見ている気がした。ゾクゾクとして、そうっと振り返ると、葉の落ちた庭の金木犀の枝に何かがとまっていた。僕のことを見つめる目は暗闇で光っていた。その時、うちの前を車が通った。ライトの光を浴びたその何かは驚いたのか、急に飛び立った。それは碧い色をした梟のように見えた。

翌朝、僕は凍った道をつるつる滑りながら、昭子姉さんと歩いていた。
ふと、僕は口走った。
「そういや、彦五郎さん、元気?」
昭子姉さんは黙っていた。そして、交差点のところで、
「あんた、歩きながら居眠りするの、危ないからやめなさいよね! いま、寝言言ってたわよ」
と昭子姉さんは言うと、駅へと急いで歩き始め、滑ってしりもちつきながらも、何度も復活して歩み続けていた。僕はその後ろ姿を見送っていた。
昨日降った雪が凍って、通学路はスケートリンクになっていた。
弥次右衛門蕎麦という蕎麦屋を営む古民家まで、やっとのことで辿り着き、店先の湧き水で喉を潤した。ここの蕎麦はこの湧き水仕込みでうまくて評判だった。先週、店のおやじさんが、もうすぐ庭の血梅が咲くよと言っていた。
「もう咲いたかな?」
僕は庭を覗いてみた。
庭には、濃いピンク色の血梅の近くに佇む大きな男が見えた。僕と同じ制服を着ているから、きっと3年生の先輩かも。
その先輩は、庭先に出てきたおやじさんに、
「見事な血梅ですなぁ」
と話しかけていた。
「お客さん、若いのに、花の良しあしが分かるんで?」
おやじさんも陽気に返事をしていた。
僕も一休みを終え、そろそろ学校まで歩き出さなくては!!
「網村くぅ~ん!!」
僕の背中でかわいい声がした。振り向くと、僕の愛しのお姫様が。
「お、お雪さん・・・」
お雪さんこと、斉藤雪さんは、僕の初恋の君。
「先週はごめんねぇ。せっかくノートとってくれて、うちまで持ってきてくれたのに。兄貴ったら、ぶっきらぼうで」
お雪さんは申し訳なさそうに僕に謝っていた。
「ああ、ぜんぜん気にしてないし、それより風邪治ったの?」
ぶっきらぼうどころか、お雪さんのお兄さんは、僕のことを、どこの馬の骨か悪い虫かと、とにかくはとても怪しみ、威圧的に、僕のお雪さんへの愛のノートを受け取った。
「もうすっかり治ったの! 兄貴に全部うつしちゃったから!!」
お雪さんは無邪気に笑った。真っ赤かなおまんじゅうのようなほっぺを膨らませて、
「もう!! 兄貴ったら、不愛想は生まれた時からなの!!」
とか、ちょっと怒った振りをしたり。
だけど、お雪さんはそれだけお兄さんに大事にされているんだなと。
だからこそ、恋のハードルは高いけれど、飛び越える意義があるのだと。
お雪さんと二人でツルツル、下手なスケートしながら、やっとのことで学校に到着。
暖かい教室で、既に佐伯は居眠り。秩父さんは、漢方の本を熟読。
僕の隣の席は空席で、その隣がお雪さん。
お雪さんは、後ろの女子と楽しそうにおしゃべりをしている。
ああ、なんて幸せなんだろう。好きな人をこうして特等席で見つめられるなんて・・・。
「おまえ、先週の三者面談なんて言われた?」
僕の後ろで早弁をし始めた佐伯が聞いて来た。
そうだった。先週の三者面談で、僕は担任のカッキーに、自分の将来は自分で決めた方がいいと賛成され、逆に不安になったのだった。
僕は母さんに驚かれながらも、中学を卒業したら、ある脚本家に弟子入りして、大河ドラマの脚本家を目指したい旨を、母さんとカッキーに初めて打ち明けたのだった。
そうしたら、二人とも、驚きながらも、僕の背中を押してくれたのだった。
だから、逆に不安になったのだった。このご時世。せめては大学には行っておけ! というのが親と教師の役目だろうがと、心配になったのだった。
「おはよう!!」
カッキーが教室に入って来た。見ると、教室の前のドア付近に人影が。
しかも、大きい。
「さあ、入って」
カッキーが呼ぶが、その大きな影はモジモジしていた。
「恥ずかしがらずに、おいで」
カッキーは優しくその子に呼び掛けた。クラスのみんな、固唾を飲んで、ドアの人影を見守っていた。しばらくすると、大きな顔だけ、こちらを覗いた。
「え?」
どっかで見たことある顔だった。
その子は、恥ずかしそうに伏し目がちにカッキーのところまで歩いてくると、そおっと教室を見回した。そして、僕と目が合うと、
「あ!」
と小さく歓喜した。
「え?」
僕は戸惑った。
カッキーが、
「山田康平さんだ・・・」
と話し出した途端、その山田はつかつかと僕の前までやって来ると、
「山田康平だ。よろしく!」
と僕に握手を求めてきた。
「あ、さっき、血梅を見ていた人?」
山田という子の落ち着いた中学生らしからぬ声と佇まいを見て、僕は思い出したのだった。
「そのずっと前からだよ」
山田はそう言うと、ニッコリ笑った。そして、僕の席の隣にドスッと座った。
「ああ、君の席はそこね。言わなくても分かっていたんだね」
とカッキー。
「えええええええええ?!」
僕の隣にベルリンの壁が立ちはだかった。お雪さんの姿がまったく見えない。
「ちょっと、ええええええええ?!」
「網村、静かにしなさい。授業を始めるぞ」
カッキーはそう言うと、黒板に書き始めた。
「先生!! 日野本陣ってどこにあるんですか?」
佐伯が手をあげて質問した。
「日野です」
山田が後ろを振り返ってきっぱりと言った。
「そうだ。来週は課外授業で新選組のふるさとの史跡巡りにでかけるからな! お楽しみに!!」
とカッキーは言った。
それは、とても楽しみだけど。
僕の14歳の壁はとても大きかった。そして、
「友達になろう」
と、その壁の山田は僕に言ったのだった。

                    おしまい

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