弱虫で泣き虫で甘えん坊でいまもおねしょしてるかもしれないシュバルツ・ベア様
さっきから兄が笑っている。「し、し、し、し、し、し、し、し、し...」兄は、リビングのソファで寝転がり、クッションに顔を埋めて、こうやってさっきから。
「お兄ちゃん!! うるさいっ!! その笑い方やめろっ!!」わたしは、兄の頭にくまモンのぬいぐるみを投げつけた。母が、「海斗は、小さな頃から、この不気味な笑い方よ」と言いながら、きゅうりをトントントンと切っていた。
兄の右手には、チョコの箱が。昭子さんから貰ったのだろう。母が、「良かったね〜、海斗。愛をもらえて」と言うと、さらに「し、し、し、し、し、し、し、し...」と、もう止まらないらしい。
「『し』って笑うな!! 『チョリッス』って笑え!!」とわたしが言うと、兄は、「チョリッス、チョリッス、チョ、リ、チョシ、ツって、言いづれぇ!」と笑いながら起き上がり、右手の箱から一粒チョコを取ると、口に入れてニンマリした。「キモッ!」と、わたしが言っても、ぜんぜん聞いてない。
わたしが、カウンターに寄りかかり、母に向かって、「あのね、海斗はね、昭子さんからチョコ以上のもの貰ってるんだよ」と言い終わらないうちに、わたしの尻に兄の蹴りが入った。「いったーいっ!! やったねー、よくも〜!!」と、わたしも兄の尻にキックした。
「おまえ、小学生のくせに、雅哉とチョコ以上のことしてたら、ブッ飛ばすかんな! 雅哉を!」「お兄ちゃんだって、わたしと藤子F不二雄ミュージアム行く約束してたのに、昭子さんと先に行っちゃったじゃないかっ!」
「二人ともっ!! いい加減にしなさいっ!! 」と母は言うと、兄の手からチョコの箱を取り上げた。兄が「返してよ〜」と、まるで小学生の子どものような声を出すと、母は、「ナンバーワンは、一人だけにしなさいっ!! 」と言いながらチョコの箱を開け、自分の口に一粒入れた。「ああっ?! なんで食うんだよ〜!!」兄が、この世の終わりみたいな声を出した。「欲張った罰よ! ああ、美味しっ!!」母はニコニコしながら、キッチンに戻った。
「雅哉くんは...」今夜は月がまん丸だ。わたしはベランダで、白い息をハァーってしながら考えていた。「雅哉くん...。なんであんなこと書いたんだろう...。あんなこと書くってことは、雅哉くん、自分は死んでもいいって思ってるってこと?」わたしには、どうしても、ウサギが月で餅つきしているようには見えなかった。
「死にたくなるくらい辛いことがあるの? 雅哉くん」ウサギどころか宇宙人もいない。神様だっていないよ。空には誰もいないよ。雅哉くん。
『わたしの願いが叶っても、雅哉くんが死んじゃったら意味ないよ。そんなのぜんぜん嬉しくないよ』
『雅哉くんが死んだら...』
『絶対にいやだ!』
わたしは、そこまで書いた手紙を、何度も読み返してから、畳んで机の引き出しにしまった。そしてまた、新しい便箋を出して、こう書き始めた。
『言っておくけど、わたしが住んでる団地には、魔女住んでるから!! おばあちゃん魔女が。いろんなおまじない知ってるし、身体にいいお茶とか作れるし!
あと、下の階に住んでる3歳のマーくんは、団地の公園で、誰もいない壁に向かって、手振ってたし。たぶん、ぬりかべが見えたんだよ!
シュバルツ・ベアさんは、死神飼ってるって自慢してたけど、うちのお母ちゃんの実家近くの山には、金太郎が住んでるんだからね!
続く
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