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光の中を一人で歩むよりも、闇の中を友人と共に歩むほうが良い。

 急にごめんね、夜に電話なんかして。うん、ちょっと、怖いことがあって、聞いて欲しくて。親友じゃなきゃ話せないって、思って。うん、親友だよね? だよね? 私の話、全部聞いてくれる? 聞いてくれるの? ありがと、ごめんね。ホント、ごめん。




その日は、学校に行くと教室がなんだかざわざわしていた。
「おはよー、なに? どうしたの?」
 自分の席まで行って隣のミナに聞けば、ミナは「なんかね」と教えてくれた。
「隣のクラスの子、いなくなっちゃったんだって」
「えっマジで?」
「マジマジ。朝からずっとみんなでこの話してんの。なんか、昨日の夜から急にいなくなっちゃって。それで最後に電話したのがリリなんだって」
 私がリリのほうを見れば、確かにリリの席の周りに人が集まっていた。リリはぐすぐす泣きながら顔を覆っている。担任と、スーツを着た人達がやって来た。
「飯田さん、ちょっと良い?」
 担任はリリを呼んでスーツの人達と一緒に連れて行ってしまった。また教室がざわざわする。みんな不安で、みんな面白がっていた。



 いなくなった女の子はリリと同じ中学で、仲が良かったらしい。いなくなったのは深夜で、リリは最後にその子から電話を貰っていた。「助けて! 『ヘイフリック限界』が後ろにいるの!」と電話の向こうで叫んでいた。リリはすぐに両親に話して、友達の家に行って、自分の部屋で眠っているはずのその子がいなくなっていた。すぐに警察に通報して、まだ友達は見付かっていない。
 私はリリの友達だけど、リリは「私とユナは親友だよね?」と言って、この話をした。私にだけだった。
 放課後、先生やクラスメイト達からやっと解放されたリリからLINEを貰ってファミレスに行った。そこで涙ぐみながらリリは話した。
「いなくなったクミもね、なんかあの、私に電話したみたいに、友達から電話もらってたの・・・・・・私、相談された・・・・・・みんな信じてくれないって言ってた・・・・・・」
 どうしよう、とリリは私の手を握った。とても強く。震える手で。
 リリは友達が消えて悲しいから泣いてるんだと思ってた。違った。リリは怖くて泣いていたんだ。
 とっさに私は手を引きかけた。自分の顔が引き攣っているのが分かった。
 だって、こんなの、分かり切った怖い話にしか思えなかった。私は何も言えなくなってしまった。怖かった。すごく。
 泣いているリリが、多分自分でもその子に言ったであろう台詞を私に言う。
「ユナは信じてくれるよね?」
 私は、多分その時のリリと同じように、「うん」と頷いてしまった。




 それから一週間くらい過ぎた頃。リリから電話が掛かってきた。

 土曜日のお昼過ぎだった。家でお昼ご飯を食べ終えて、部屋に行くとベッドの上でスマフォが鳴っていた。誰だろ、と画面を見て凍り付いた。リリからだった。
 嫌な予感がしている。凄く嫌な予感。携帯はずっと鳴っている。私は震えながら、通話をタップした。
「リリ・・・・・・?」
 リリは走っているようだった。息が荒くて音が反響していて聞き取りにくかった。
『よっ、良かった! やっと出てくれた! たすっ助けて! ユナ! ユナぁ!』
「リリ!? どうしたの!?」
 ひぃ、ひぃ、と息が切れている。アスファルトを駆ける足音が響いている。きっと、高架下のようなところにいる。リリの家から学校までの道にある、短いトンネルみたいなところに。
 リリは凄く怖がって、泣いていた。
『きっ来た! 来たの! 私のとこにも! アレがッ! 「お肉仮面」が!』
「なに? 何が来たの? リリ、落ち着いて、警察に、」
『駄目なの! 繋がんないの! ママにも繋がんない! 「お肉仮面」が来る! 「お肉仮面」が来る! やだっやだぁッ! 怖い怖い怖い怖い! 怖いよぉ!』
「リリ! なんなのその『お肉仮面』って! 分かんないよ!」
 三十秒もしない内にリリからLINEで写真が送られてきた。私が想像した通りの、道路下にある通路の写真だった。何も写ってなかった。


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「リリ? 何も写ってないよ? リリ?」
『ちがちが違ちがうそんなわけないちがちがそんそんなわけないめの、めのま、いるいるいるいるいるわたしわたわたしのめののののめのまえに「お肉仮面」が』
 そこで電話が切れた。私は耳元で「プーッ、プーッ」と通話が終わった音を一分くらい聞いて、ハッとした。下にいるお母さんのところへ走っていって、「リリから変な電話が来た」と言った。お母さんはよく分からないって顔してたけど、何度も説明して大変なことが起こってることは分かってもらえた。
 お母さんがリリの家に電話して、私はリリから貰った写真の場所へと向かった。私の家からだと歩いて十五分くらいの場所。お母さんが私を止める声が聞こえたけど止まらなかった。リリが心配だっていうのもあったけど、本当は怖かった。
 リリがもし、その場所にいなかったら。死んじゃったとしてもそこにいるなら良いって思うくらい、いて欲しかった。だってもしいなかったら、次は私の番てことになる。そうでしょ?
 走って、リリが写真を撮った場所まで来て、私は当たって欲しくなかった予感が当たってしまったのを知った。リリはいなかった。何処にも。リリの持ち物みたいなものも、血とかも、何も無かった。本当に、なにも。




 リリの親達は私の話を信じてなかった。電話があったこと、変なモノに追われているらしいことを話した。変な写真のことも話した。でも信じてもらえなかった。リリはお昼に駅前のTSUTAYAへ行って、今は少し寄り道をしてして、すぐに帰ってくるのだと信じていた。でも夜になってもリリは帰ってこなかった。
 警察にもリリの親に話したことを話して、写真を見せた。信じてくれなかった。お父さんもお母さんも信じてくれなかった。みんな信じなかった。
「ホントにリリが言ってたの・・・・・・追われてるって・・・・・・」
 私がそう言えばみんな「特徴は?」って聞いてくる。写真を見せても私が言ったみたいに「何も写ってない」って言う。リリが追ってくる何かの名前を呼んでいたと言っても、みんな「分からない」って顔をした。
「なんでみんな分かんないの!? リリは『お肉仮面』ってソイツのこと呼んでたの!」
 みんな、私の言葉に首を傾げた。
「『ロシュ限界』?」
「違う! 『お肉仮面』!」
「だから『ロシュ限界』って?」
 私が「お肉仮面」と言うと、みんなは「ロシュ限界」って聞き返してくる。意味が分からなかった。




 私は月曜日になっても学校を休んだ。リリみたいにみんなに質問責めにされるって分かってたから。リリがいなくなったのに面白がってしまうことが分かってたから。私もそうだったから。
 リリの親は塞ぎ込んでいる。警察も何度も話を聞きに来る。お母さんとお父さんも私にあれこれ聞いてくる。私は辛くて、部屋から出なかった。
 ずっとベッドの中で、リリから送られてきた写真を見ていた。不安な気持ちを紛らわせたくても、何をしても写真のことが頭から離れなかった。私のところにも「お肉仮面」が来るかも知れない。それがすごく怖くて泣いていた。写真を見て、怖い気持ちがどうなるってわけじゃないのも分かってる。でも削除出来なかった。何をするのも怖かった。



 水曜日になって、私はベッドの中で写真を見ていた。そこに、人が写っていることに気付いた。昨日までいなかったはずの人が写っていた。真っ黒い頭に、赤い生肉みたいなのを貼り付けた男の人。私は「あっ」と声を上げてしまった。「これが『お肉仮面』だ」と、頭の中で閃いた。どうしてそう思ったのか分からなくて怖かった。
 そして、頭の中にもう一つ答えが浮かんだ。顔に貼り付けている生肉のことも分かってしまった。これは「リリ」だ。「リリの肉」だ。私には分かる。
 だって、私はリリの親友だから。


 だから、私もこうなるんだって、分かってしまった。







 ごめん、ごめんね。誰にも電話繋がんないし、お母さん達にこんな話出来ないって思って。だから、リリや、リリの友達や、多分その前の子達みたいに、電話したの。ごめん。私も怖いの。ごめん。でも、私ひとりじゃこんな怖いこと抱えきれない。ごめん、ごめんね。先に楽になってごめんね。本当にごめんね。


 また電話するね。








終幕


3,358字




I would rather walk with a friend in the dark, than alone in the light.
光の中を一人で歩むよりも、闇の中を友人と共に歩むほうが良い。


Helen Keller
ヘレン・ケラー


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