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マーダー・ライド・コンフリクトPart2/6

 前回までのマーダー・ライド・コンフリクト

 今日は不吉な一日になりそうだ。
「何なら今日オレがテメーに『死ね』っつった回数も13回だぜ」
「サト、余計なことは考えるな」
 ニック、僕は健康だよ。頭が痛い。
「トレンチコート着たガキを出せ」
「お前のことじゃねえか?」
 知らないヤクザ屋さんですね。
 [今日はどんな気分? 元気いっぱい遊びたい気分。]
「サト、後ろだ」
「あなたが、シリアルキラー・キラー?」
 ニック、教えるのが遅い。
「あなたに仕事を依頼しに来たの」
 頭が痛い。痛いんだよ、ニック。



 遊底が引かれて、後頭部に銃口を突き付けられている。僕は手を挙げない。
 [挙げる必要はない。その気になればすぐに済む。殺してやる。一瞬で。]
 僕は早く女の人に銃を下ろして欲しい。女の人は喋り続けている。
「私は貴方に仕事を依頼しに来たの。貴方の有能ぶりは良く聞いているから。連続殺人犯ばかりを扱う殺し屋、『シリアルキラー・キラー』、『三つ首』、『パペット・マペット』、『メモリアル・イヤー』、『換骨なるカズラ』・・・・・・貴方は随分と渾名が多いのね」
 先輩達が教えてくれたの、と女の人は言う。少なくとも僕はその幾つかの渾名については何も知らない。センスの欠片も無いと思う。
「名声轟かんばかりだな。それで、オレに仕事だって? お嬢さん」
 ニックは女の人なら誰が相手でも同じような態度を取る。ニックは女の人なら誰でも好きになれるのだろう。背後に立っている女の人には自信しか無いようで、ゆっくりと喋った。
「ええ。貴方にしか頼めないような仕事よ。厄介で面倒で、誰にも頼めない、外に出せない仕事を。貴方の実力は折り紙付きだからテストは無し。公安みたいに単発ではなく、下請基本契約を結んで定期的な依頼をしたい」
「なるほど、悪い話じゃあないな」
 動かないまま立っているだけの、不満を募らせていく僕とは裏腹に、ニックはこの状況が満更でも無さそうだ。僕はあまり気乗りしない。仕事が増えるとリスクも増える。痛い思いをするのは誰だっていやだ。それが破格の待遇だとしても痛い思いはしたくない。
 ニック、やめようよ。
「話を聞いてやっても良いが、こんな路地じゃムードが無さ過ぎるぜ。良いところを知ってるからそこで話さないか?」
 ニック、行くならタクシーを呼ぼう。いつものタクシー。
「今、タクシーを呼ぶ」
 女の人が彼の言葉を遮った。
「私の車で行きましょう。一本向こうの大通りに駐めてきてある。貴方御用達タクシーなんて怖くて乗れないしね」
 僕のよく使うタクシー会社は仲間内では有名な会社だ。車内で「何が起きても」走り続けてくれるタクシー。発砲しても平気な防弾加工の内装なので重宝されている。スタンプを貯めると割引券が貰える。スタンプあと一つで貰えたのにな。
「そりゃ助かるよ」
 女の人が訊ねる。
「で、何処の店がお勧めなのかしら?」
「『du Anaye』」
「デュ・アナイエ? フレンチ?」
 ニック、財布の中身は空だよ。女の人に奢らせてよ、「du Anaye」は唯でさえ高いのに。
「オーナーシェフと顔見知りでな。内緒話をするのに丁度良い場所を貸してくれる」
 女の人は少し考えて了承した。「それじゃ、行きましょうか」と彼女が言うので僕はゆっくりと振り返る。撃たれないと良いな、と思いながら。彼女は疾うに拳銃を下ろしていた。小柄な僕よりも小柄。肩に掛かる程度の長さに切られた黒髪。二重の日本人形みたいな顔をしている。リクルートスーツを着ている。大学生くらいに見えた。
「貴方、案外普通の顔してるのね」
「昔はもっとハンサムだったんだぜ?」
 ニックの言葉に彼女は変な顔をして、気を取り直すように咳払いをしてから自己紹介した。
「『戸張ヒバリ』よ。ヒバリで良い。私のことは内調の代理人とでも思ってくれて構わない。正確には貴方と同じ雇われだけどね』
 名刺を渡されて受け取ると「出向 戸張戸破」と書かれていた。僕はてっきり鳥と同じ名前なのだと思っていたが違っていたらしい。僕は改めて彼女を観察する。ヒバリからは僕やニックのような気配がしない。きっと「真っ当な殺し屋」なのだろう。政府要人のような「真っ当な人々」を殺して回るような。僕やニックとは違う。僕やニックはもっと「酷い連中」を相手に殺したり殺されたりする。
 ヒバリは「ついてきて」と踵を返す。そういえば、このヤクザはどうしよう。
「そのままにしとくか」
 そうだね、ニック。仕方ないから行こうか。
 彼女が乗ってきたという車はベンツで運転手まで付いていた。これはもうシャトーブリアンとか奢って貰うしか無いな、と僕は思った。契約交渉が決裂したら追い剥ぎしてベンツも貰っていこう。何なら決裂させよう。自分が貧乏だとは思ったことが無いけれど、お金はあるに越したことは無い。ちょっと奮発してハードカバーの本とか沢山買っちゃおうかな。宅配ピザとか頼んじゃおうかな。夢が膨らむな。
「サト、気が早いんだよお前は」
 ニックは黙ってて。


 ベンツの後部座席に乗り込み、ニックが話し合いの場所として指定した「du Anaye」の住所を言うと、寡黙そうな厳つい運転手は無言で車を走らせた。15分ほどで目的地に到着した。
 地上三階、地下一階の小さなビル一棟が丸々レストランである「du Anaye」はミシュランには載っていないが、ドレスコードがある高級レストランだ。客は主に高所得者や政治家、それに僕やニックのような殺し屋。特殊な客層は主にオーナーシェフが原因だったりする。
 車から降りて僕はヒバリを先導する。運転手は車で待たせることにした。疑わしそうな視線が僕の背中に向けられている。
「ねえ、此処ってドレスコードとかあるんじゃないの?」
 他のお客様には厳しいが、僕達については煩く言われない。ドアのところに立っていたボーイが近付いてきた僕の格好を見て少し態度を硬くする。「お客様」と制止するように手を前に突き出した彼にニックは符丁代わりにオーナーの名前を出す。
「ヴァレリアンの客だ。地下のギャルソンに『コーヒーしか飲まない客が来た』と言えばオレが誰か伝わる」
 ボーイは僕のことを怪しみながらもすぐにインカムで連絡する。返答はすぐに来たらしく、ボーイは困惑した表情のまま僕とヒバリを案内した。客席のある地上階ではなく、入ってすぐの地下直通エレベーターに。ポーン、と音がして鉄の扉が開く。中に二十代のギャルソンが立っていた。ベストの胸ポケットに刺繍されてた名前は「Froid」。アジア系だけれどフランス語。「du Anaye」オーナーの部下。僕達と同業者。
「此処からは私がご案内致します」
 ニッコリと笑顔を貼り付けたギャルソンが手を示す。緊張しているヒバリを先に乗せて僕も乗り込む。扉が閉まり、赤の天鵞絨が内張された籠がゆっくりと降りていく。普通であれば十数秒で到着するはずのエレベーターは深く潜行していく。一分近く降りて、やっと到着を知らせる音が鳴った。エレベーターの扉が開く。マホガニーの廊下に赤い絨毯。壁紙は黒のオークニー・ブロッサム。此処を通る度に「シャイニング」の双子が出てくる廊下を思い出す。廊下は厚い両開きの扉へと真っ直ぐ伸びている。観音開きの扉を開けたのは案内役とはまた別のギャルソン二人だった。白人系の「La pauvreté」とヒスパニック系の「La faim」。いらっしゃいませ、と耳障りの良い声で僕とヒバリは迎えられる。
 広い室内に光を振りまいているのは高い天井から下がる豪勢なシャンデリア。最奥に設けられている厨房に至るまでに、広めの間隔を取ってテーブルが置かれている。テーブルは八卓。それとは別に六卓のソファ席が壁際にある。両側の壁にはフェルディナント・ホドラーの「Night」と「The Dream of the Shepherd」が巨大な壁画として複製されている。どの卓にも黒いテーブルクロスが敷かれ、端に季節の花が生けられている。花は鍔広帽ほどの大きさの、丸い平皿に載せられた小瓶に生けられていた。席は客殆ど満席だった。スーツ姿、イヴニングドレス姿、平服姿と客はバラエティ豊かだ。「Vieux」という名札を付けた日本人のギャルソンがリュックを背負う僕を見てソファ席に案内してくれた。それからメニューを渡された。
「アメリカン」
 ニックがメニューも見ずに注文するが、僕はメニューに書かれている「カフェラテ」を指さした。ヒバリが「同じものを」と言うとギャルソンは「アメリカンですか? それともカフェラテ?」と返す。
「えっあっアメリカンをお願いします」
 ニックが「サトはまだまだお子ちゃまだな」と笑っているが僕は無視した。ヒバリの方は睨んでくるのでこれも無視した。「少々お時間を頂きます」と言ったギャルソンは、僕とニックが始めてではないから特にリアクションも無く下がる。
「あの、此処って凄い値段が高かったりするの?」
「まあそうだな。なんせ出す料理が特殊だから。あと、悪いが俺の財布は空だ」
 ヒバリは「カード使えるかな・・・・・・」と心配そうに呟いている。この女の人がお金を持ってなかったら、僕達はオーナーに皮を剥がれてミートローフにされてしまうだろう。文字通り、この卓上に並ぶ羽目になる。
 僕がハラハラしていると、間の悪いところにオーナーその人がやって来た。
「Bienvenue! よく来たねヘンな人! またコーヒーしか飲まない!? お肉食べなさい!」
 声がデカけりゃタッパもデカい女、というのはニックの言葉だ。幾重にも編み込まれて冠のようになっている長い髪に光を反射させながら僕達の席に近付いてきたのは、このレストランのオーナーであり、このフロアのグラン・シェフであり、フランス被れの傭兵崩れであるヴァレリアンだった。金髪碧眼の東欧系で、身長が二メートル近くある大女。黒いコックコートと厚底の編み上げ軍靴という格好で、服の上から分かるほど筋肉が隆起している。彼女が渾身の力で人間を殴ると骨という骨が粉々になる程度の怪力で、大抵の相手は彼女を戦場で見掛けたら死ぬと思っている。
 [一度やり合ったことがあるがその時は流石に死にかけた。]
「よぉヴァレリアン、繁盛してるかい?」
「Ahー,はい! ボチボチデンナー!」
「何だそれ。アニメか何かか?」
「知らない!? ネズミのお話です!とーっても興味深い!」
 ヴァレリアンは豪快に笑って、今度はヒバリのほうに目を向けた。ライオンに似ている料理人の視線にヒバリは気圧されたのか「びくり」と肩を跳ね上げさせた。
「ど、どうも」
「あら、kawaii! kawaiiね! 今日仕入れ、ワタシ頼んでました?」
「仕入れ? 仕入れって何のこと?」
「あー違う違うヴァレリアン。このお嬢さんは俺の客なんだ」
 ニックの言葉にシェフは落胆の声を上げた。僕としてはこのまま買い上げてもらっても良かったな。ヒバリが睨んでくる。睨むことしか出来ないのかなこの人は。
「・・・・・・説明を求めるわ・・・・・・このレストランは、一体何なの?」
 ヴァレリアンと顔を見合わせる。僕を見下ろす大柄な料理長は警戒している。あと数秒したら激昂するだろう。「私の店に鼠を連れ込んだのか」と。そうしたらレストランが「血風呂」に早変わりしてしまう。僕は早々に両手を上げて降参した。
「悪かったよ、説明不足だった。心配しないでくれ。ちゃんと言って聞かせるから。駄目だったらアンタの好きにしてくれ、ヴァレリアン」
 ニックの哀れっぽい声でヴァレリアンの気分はほんの少し宥められたらしい。彼女は「お店出るまでにどうにかしてネ」と言い残して厨房に戻っていた。一難去ったところで次の一難。ヒバリへの説明だ。ハンズアップを続けたままにしておく。僕は何も言わない。ニックが説明してくれる。
「お嬢さん、ヘンな気は起こさないでそのまま聞いてくれよ。この店はレストランだ」
 ヒバリは持っていたビジネスバッグに右手を入れたまま睨んだまま「知ってるわ」と言う。ニック、物騒な状況を早くどうにかして欲しい。僕はさっさと手を下ろしたい。ニック、早くして。
「そう、レストランだ。『特別なレストラン』だ」
「・・・・・・何が特別なの?」
「地上のレストランはフレンチの店で、普通の店だ。三万のコース目当てにやって来る普通の客に、普通のコック。だがこのフロアは別だ」
「別?」
「このフロアでだけ『ジビエ』を出してる。ジビエ料理だけをな。俺達はこの店に肉を卸すことがある」
 さて、とニックが勿体振る。話が長いと僕が疲れるんだけど。嫌になるな本当に。そういえばこの席も「13番」テーブルだ。最悪だ。今日は本当に駄目な日だ。
「簡単な質問だ、お嬢さん。俺達は『猟師』に見えるか?」
 ヒバリは硬い表情で「いいえ」と答えた。正解だ。僕とニックは猟師じゃない。ニックはカウボーイだった。僕は大学院生。表向きは、と注釈が付くけど。ヒバリが焦れったそうにしている。分かるよ、ニックの話し方ってなんだか凄く諄いよね。
 ニックが役者みたいに言う。
「だが見方を変えれば、猟師とも言えなくはない。獲物さ、お嬢さん。俺達は獲物を追い、殺すことで生計を立てるハンターだ。そうだろ?」
 ニックが言わんとしていることを、ヒバリは理解したようだった。顔が強張る。「まさか」と信じられないように呟く。彼女の恐れを補強するように、素晴らしいタイミングでこのフロアの目玉であるショーが始まった。振り返らなくても、何が始まるのかは分かっている。僕が奥側の席に座ってしまったので、仕方なく出入り口側に座ったヒバリには、厨房の前に開けられたスペースで始まるショーが良く見える。
「このレストランじゃ、時間はまちまちだが、毎晩ショーがあるんだ。その為に俺達が肉を卸すこともある」
 今から始まる、とニックは言いながら溜息を吐く。ヴァレリアンが部下達を連れて厨房から出て来た。彼女と八人の男達で構成されたブリガード・キュイジーヌ。黒人系の副料理長「テルゲス」、スープを担当するスペイン系の「ビナイェ」、アメリカ人の肉料理担当「アハニ」、アジア人で冷菜担当の「ツァナハレ」、そして四人のギャルソン達。様々な人種で構成されたチーム。一見仲良くなれそうもない組み合わせなのに、趣味が一緒だと店まで構える仲になるらしい。
 ギャルソン達はテキパキとセッティングを始める。ヴァレリアンは本当に楽しそうに歌を歌っている。今日の獲物はなんだろう、と手を下ろして少し見物することにした。
「O Haupt voll Blut und Wunden, Voll Schmerz und voller Hohn, O Haupt, zu Spott gebunden Mit einer Dornenkron,」
 オーナーの部下達は三又を立てて滑車を下げる。ギャルソンの一人がストレッチャーを押してくる。ストレッチャーには何かが乗っているが、シートを掛けられているせいで中身は分からない。二人がセメントを混ぜる時に使うようなトロ舟を運んできて三又の真下に置く。三又の高さは三メートル程度。他のシェフ達がヴァレリアンの為に料理器具を準備している。観客の興奮が静かに広がっていく。ヒバリが身を硬くさせていた。
「O Haupt, sonst schön gezieret Mit höchster Ehr und Zier, Jetzt aber hoch schimpfieret,」
 シートが取り払われて、ストレッチャーの上に全裸の女の子が現れた。拍手が起こる。本日の「ジビエ」を、客達が待ち望んでいた。女の子は拘束されていないのにも関わらず台の上でじっとしている。目を醒ましているのに身動ぎもしない。獲物は絶望している。いつもそうだ。一度獲物が暴れたのに懲りて、ヴァレリアンは獲物の精神を徹底的に破壊することにしている。体に傷を付けなくても、彼女は頭が凄まじく良いから人の頭の中を粉々にできる。
「Gegrüßet seist du mir!」
 ストレッチャーの上から女の子が下ろされ、足を鎖で括られる。滑車が鎖を巻き取り、女の子は逆さにぶら下がる。副料理長から大型のナイフを受け取って、ヴァレリアンは仕事を始める。自身の腰辺りの高さにある女の子の首を素早く掻き切る。ヒバリは顔を顰めていた。僕もニックも、特に不快感を感じない。そこまで興味が湧くものでもないから。
 女の子の首の骨が折られ、完全に首が切断された。
「今日、お客様の中でAnniversaryの方!? いらっしゃいますか!?」
 女の子の頭を掴んでいるヴァレリアンがフロアにいる客達に問い掛ける。近くのテーブルにいた女の人が手を上げた。「結婚記念日なんだ」と同じテーブルに座っていた男の人が言う。ヴァレリアンは歓声を上げて、ギャルソンが持つ銀盆に首を載せて運ばせる。夫婦のいる卓へとギャルソンは向かい、花が生けられた小瓶を回収する。その代わりに女の子の頭を皿へと載せた。血が綺麗に拭い取られ、髪を整えられて、正に「食卓の華」とでもいうように。
「Це смак життя! Це найкраще частування у світі!」
 オーナーシェフが歓喜を叫ぶ。ニックはそれを冷笑した。
「『人生の味』だとさ。ヴァレリアン達はこれが幸福な食事だと思ってる。そしてそれは理解者達と分かち合うべきモノだとな。アイツなら世界の食料問題と人口問題を一度に解決出来るぜ、クソッ」
 ヒバリはバッグから手を抜いてテーブルの上に揃えて置いた。眉間の皺が深い。それもそのはずだ。僕やニックのいる場所は異常だ。普通なら見ることもないし、まだ大人しい分類の人間が対象の彼女にはきっと縁など無い場所のはずだった。
「どうして、私をこの店に連れてきたの・・・・・・?」
 至極尤もな質問に、ニックはまた諄く答えた。
「この店は秘密を守らない客を客とは認めない。このフロアはヴァレリアンの生命線なんだ。此処でのことが外に漏れたら一巻の終わり。漏らした奴は勿論、少しでも情報に触れていると思えば地の果てまで追い掛けて全員殺して食っちまう。お陰で客は皆お上品で口が固い」
 ニック、勿体振るのは良くないよ。
「つまり、安全装置さ。もしアンタが持ち掛けてきた話が嘘なら俺達は確実に死ぬ。こういうところは独自のネットワークがあって、知り合いが死ねばすぐに分かる。そして彼処で楽しそうにガキを捌いてる女はこう考える。『アイツが死んだ理由はなんだ? 情報漏洩を防ぐ同伴者が死んだら、一緒に来ていたあの客はこの店を誰かにバラすだろうか?』ってな。そしてアンタは二日と掛からずジビエとして客に提供される。簡単だろ?」
 ヴァレリアンは女の子を切り分けてシェフ達の持つトレーに肉や内臓を恭しく入れていく。今から順番に料理されていく元人体。ギャルソン達はテーブルを回りながら調理法について客の注文を聞いている。ヒバリはどうにか頷いた。
「・・・・・・・・・・・・それに、始めて仕事を受ける相手は必ずこの店に連れてくるようにしてる。話が拗れたら、此処で殺して、アイツ等に買い取ってもらう。此処で死ねば、骨さえ残らない」
「Ach Golgatha, unselges Golgatha! Der Herr der Herrlichkeit muss schimpflich hier verderben Der Segen und das Heil der Welt Wird als ein Fluch ans Kreuz gestellt!」
「理解、出来たわ。ええ、貴方にとっては交渉に有利な場所なのね、この店は」
「それもある。あとコーヒーが美味い」
「Der Schöpfer Himmels und der Erden Soll Erd und Luft entzogen werden!」
 ヒバリは深く深く息を吐いた。それから気を取り直して鞄から書類封筒を取り出した。中身を取り出して僕の目の前に広げた。
「円滑に物事を進める為にも、出来るだけ貴方とは仲良くなりたかったのだけれど・・・・・・その考えは捨てることにする」
「そりゃ残念だったな」
「仕事の話を始めましょう。貴方に委託したいのは都内の治安維持。こちらが指定した相手を見つけ出して処理してもらう」
 クリップ留めされている書類は三つ。手に取って捲ると個人情報や経歴が書かれていた。
「『処理』ねぇ。如何にもお役所さんって感じだな」
「役所よ。期限は依頼してから一ヶ月以内。やり方は任せる。報酬は現金で、一人につき幾らという計算で支払うわ。全員の金額は固定させてもらう」
「なるほどね。じゃ、俺達からの条件なんだが」
「先に行っておくけど、金額については譲歩出来ないしそれ以上の殺しは認められないわよ」
 ニック、三択でどうかな。A案「この女を殺す」、B案「この女を殺す」、C案「この女を殺す」。どれにしよっか。
「気が早いんだよ、全く」
 ニックは気を取り直すように咳払いして話し始めた。
「黄峻には二つだけ条件が条件がある。それさえ赦してくれるなら、話を受ける」
 戸惑ったヒバリが「オウシュン? 貴方の戸籍上の名前でしょ?」と聞き返す。ニックはそれに「臆病者の仕事仲間さ」と答えた。僕も同感だ。暗くて生きてるのか死んでるのか全然分からない。死んでれば良いのに。自分が傷つきたくないからって僕やニックを隠れ蓑にするところも身勝手過ぎて嫌だ。
 [静かに。]
「黄峻には逆らえないからな。それで条件についてだが、死体が多少バラけていても気にしないで欲しい。黄峻が気に入った相手は念入りにバラすから、時間の猶予も欲しいな。2,3ヶ月は痛めつけるし、場合によっては死体も上がらないかもな。その時に記念品を貰う。その辺りは見て見ぬ振りをしてくれ。条件はそれぐらいだ」
 ヒバリは少しだけ考えて「ええ、良いでしょう」と頷いた。
「気に入った相手を、その、拷問して殺したいっていうのは? どうしても必要なことなの?」
「黄峻の趣味だし、俺達にも必要な過程だ。やる場所はこっちで確保してるから心配しないでくれ」
 今のところお気に入り暫定一位はヴァレリアンだったりするけど、勝ち目が無いから妥協するしかないらしい。そして今のところ丁度良いのがいないから、ヒバリの持ち掛けてきた仕事は丁度良い。
 僕は資料を手に取って眺める。三人の男達。普通の連続殺人鬼に、頭が悪そうな半グレ集団のボスに、何処かの国のスパイ。どれもこれもパッとしない。
「なんだこのスパイって! 映画かよ!」
 ニックが笑っている。ヒバリは肩を竦める。
「こういう店で貴方が言うのもね」
「ま、ちゃっちゃと済ませて行こうぜ。この中でどれを最初に始末するか。アンタだったらどの男にする?」
 顎に手を当ててヒバリは「そうね」と呟いた。
「その、連続殺人犯ね。半グレの頭やってる奴もスパイもデカい害虫だけれど、今すぐこの世から消えて欲しいのはその人殺しね」
 ギャルソンが漸くカフェオレとアメリカンコーヒーを持ってきた。ヒバリはコーヒーカップを取った。僕はカフェオレが冷めるのを待った。
「通り魔って、成功体験が続くと一体どうなると思う?」
 彼女の質問にニックは「どうなるんだ?」と返す。ヒバリはカップに唇を寄せて答えた。
「『家の中に入ってくる』のよ。現在進行形で実害があるから困る。直近の犯行では家の中に入ろうとしてドアノブにピッキングの痕を残していった」
 一口飲んで、店のコーヒーが気に入ったらしいヒバリは顔の険が消えた。このフロアで使っている食器は全て人骨を再利用してるボーンチャイナだって教えたら奢ってくれ無さそうだから黙っていることにする。
「じゃあコイツからだな」
「ええ。そうしてくれると助かる。ねぇ、少し聞いても良い?」
「なんだい?」
 ヒバリは僕の顔をジッと見詰めて、言った。
「貴方、話し方と表情が一致しないのは癖か何かなの?」




つづく

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