未来食堂の本ができるまで(デザイン編)
こんにちは。デザイナーの倉又美樹と申します。
書籍をはじめとするDTPデザイン、webデザインなどをつくるフリーランスのデザイナーです。
「未来食堂」のロゴをつくったり、サロン18禁のロゴ+カードデザインをしたり、小林せかいさんの書く書籍の装丁をしたりもしています。
未来食堂のブログにもあるように、店主の小林せかいさんとは中高時代からの古い友人です。未来食堂が開店する前から、友人同士ということで親しく密なコミュニケーションを取りながらデザインをするということを重ねてきました。
先日(3/1)、小林せかいさんの新刊書籍「誰でもすぐに戦力になれる未来食堂で働きませんか」が発売されました! この本はせかいさんの単著としては4冊目になります。そのうち3冊で私は装丁者としてデザインをしています。
未来食堂関連の書籍をつくるときは、せかいさんと並走しながらつくる感覚でデザインをしています。普段の書籍装丁のお仕事とだいぶつくりかたが違いますが「アジャイル開発」のような感覚が近いのではないかと思っています。スピード感とせかいさんの思考に寄り添いながら走るデザインについて書いてゆきます。
目次
【外装編】
・著者との濃密で迅速なキャッチボール
・テーマを踏まえたデザインコンセプト
・著者の直筆を活かした装丁デザイン
・印刷のプロダクト、紙選び
【思考編】
・書籍の内容をマップ化する
・マップをシェアしやすくなる仕組みづくりとは
著者との迅速で濃密なキャッチボール
1月上旬、「そういえば今月から未来食堂の本が動くなあ。一度ご挨拶に伺いたいな」と思い、せかいさんにメッセージを送りました。
ものすごいフラットに「打ち合わせきます?」と聞かれる。このスピード感がせかいさんだなあと思いつつ、神保町にある未来食堂へ。
未来食堂と祥伝社さんは徒歩5分くらいの距離にあります。未来食堂にご挨拶+ご飯を食べたのち、祥伝社さんで打ち合わせをしました。
▶タイトル会議
祥伝社さんでの1冊目の本「やりたいことがある人は未来食堂に来てください」でもそうだったのですが、著者のせかいさん・編集の栗原さん・デザイナーの私の3者でタイトル会議をしました。
こういった形で、「ターゲットはこういう人たちであり、どの単語を使えば一番刺さるのか」ということを書き出しながら会議をしてゆきました。
まずデザイナーがタイトル会議に出ることって少ないと思います。(書籍デザインの仕事は、編集部でタイトルが決まってからデザインに入ることが多いです)
この本でやりたいこと・見せたいことはなんなのか、会話をあちらに飛ばしこちらに飛ばししながら書籍の全体像を探ってゆきます。
編集・栗原さん)「最強のチーム」って単語はぜひ使いたいですよね〜。
著者・小林さん)でも「最強」ってなんか小学生男子みたいじゃないですか?「俺たち最強だからー!」みたいな…「最強のチーム」を使った他の本とかどういうのがあるんでしょうか。
デザイナー)えーと、「アメリカ海軍に学ぶ」「宇宙飛行士に学ぶ」……なんかたしかにこれは「最強」感がある。勝てなさそうな感じします。
著者・小林さん)倉又さん、マインドマップ作れる人知りませんか? 本にマインドマップを入れたいんですよね〜
これをやることで「この本がどこを目指しているのか」ということがわかるため、並走していくのにはとてもよい体験でした。書籍にマインドマップが入るとはどういうことなのか…?などこの時点ではわからないことが頭に浮かびつつ…。
そして、前書が「未来食堂に来てください」だったので、今回は「未来食堂で働きませんか」はどうでしょう!というのをきっかけにタイトルがまとまりました。勢いがあってキャッチー、「最強」という言葉に負けないほんのりとした狂気があってよいね!ということで。
▶コミュニケーションを重ねながら走る
この本のデザインでは著者のせかいさんと濃密なやりとりを重ねて一つ一つのデザインを作っています。これは一般の書籍装丁ではそんなに行わないやり方ではないかと思います。例えば以下は章トビラのデザインについて話している例です。
「メモ書きみたいなの」「付箋」というキーワードを拾って実際に貼り、イメージを確認しています。こういうやりとりを重ねて「せかいさんの頭の中」を書籍にどんどん落とし込んでゆきます。
「付箋」は「横書き」で書かれることが多く、また手で貼るのできっちり水平垂直なものではありません。多少のズレが生じます。また手書きで書かれるものなのでここでも人の手で書いた文字を使うことを想定しています。
付箋らしさを出すために鉛筆のイラストを入れたいね〜というやりとりをして、必要なものはせかいさんに書いてもらいます。
むちゃくちゃラフなやりとりです。
最終的にできあがったトビラがこちら。
テーマを踏まえたデザインコンセプト
▶この本のテーマ
未来食堂は「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」をコンセプトにした食堂です。それを体現する仕組みとして店でお手伝いを50分すると、無料で一食が提供される「まかない」という働き方があります。「まかない」に参加するためには一度お店に来る必要があります。逆に言えば一度でも未来食堂で食事をした人は、誰でも働くことができるということです。
「まかない」をしにくる人は様々な人がいます。普段は会社員として働いていて、ちょっとした空き時間にまかないをする人、いつかお店を開きたい人、やりたいことを探している途中で未来食堂に触れる人、さまざまです。
そのように多岐多様なバックボーンを持つ人を、1度お店に来たというつながりだけで働かせるということ。これは「分け隔てなく誰の力も借りる」ということになります。
仕事をしている人や、サークルをしている人。あるいは家族と協力して育児などを行っている人にはわかると思うのですが、「人の力を借りる」ということはとても大変なことです。力を借りることができず、全て一人でやってしまう人も多いのではないでしょうか。
未来食堂では「ふらっとご飯を食べに来たつもりだったのに、いつの間にかお店で使う箸袋にスタンプを押していた」「気がついたらダンボールを捨てに行くことになっていた」という形のまかないがよく発生しています。自然にゆるく人の力を借り、結果としてよりよい結果を作り上げるやり方。つまり「一人を超える方法」がこの本のテーマです。
▶コンセプトは「手紙」
さて、タイトルが決まり、本のテーマもより明確になりました。この段階で表紙デザインおよび本書のコンセプトを練ってゆきます。
せかいさんが本や文章を書かれるとき、「誰にでも届くものではなく、誰かたった一人に届くように書く」ということをよくおっしゃっています。
前述の「一人を超える」をふまえた時に、たった一人でがんばっている人に届くようなものは何か。そう考えた時に出てきたものが「手紙」です。
著者が手ずから書いた文字、言葉、図を使うことにより、既成品のよくある書籍ではなく、一人の人に向けて書かれた手紙のような本を作ることができるのではないか。
そういった想いで、この書籍は作られています。
著者の直筆を活かした装丁デザイン
表紙は書籍の顔であり、ここが固まってしまえば本全体のデザインを作ることができます。このように色々な案を作りました。ちなみにこれ、電話をしながら手元を動かし、案を作ってはせかいさんの手応えを感じる方向性を洗い出していくというプロセスを踏んでいます。
最終的にはこの方向性になりました。「手紙」を想起させるような「罫線」を使用し、タイトルを縦書きに。文字は手描きで。未来食堂のロゴは横書きなので、縦書きで置いた時にどうしても違和感があります。今回の表紙用に新たにロゴを縦書き化しました。
本文内でもところどころにせかいさんの手描きイラストを使用しています。イラストといっても「挿絵」というよりは本の中身を図式化した「図版」に近いのではないかなと思います。
本文で使う図や文字は、だいたいの配置が決まった時点で、せかいさんに素材の文字起こしをしていただきました。素材の一例が下の画像です。
文字素材を「photoshopで画像化」もしくは「illustratorでベクター化」して使用します。この2つの違いですが、ベクターは解像度に依存しません。なので文字を大きくしても劣化しないため、「サイズが可変する可能性が高い場所」はベクター、「サイズがおおむね固定である場所」は画像化しました。具体的には表紙はベクター、本文は画像 ということで作業をしています。
そしてベクターなのですが、文字の細かいところが潰れがち。なのでアンカーポイントをいじって文字の可読性を上げる、という作業を延々とやることになりました。
一例「あらう」の「あ」が「わ」に見えるのを修正しています。
画像のほうも似たような修正を行っておりますが、最終的に「せかいさんの字のクセを抽出して自分で書く」という荒業も使用しています。
印刷のために〜紙選び〜
本のデザインとしての醍醐味は、「紙であること」だと思うのですが、今回使用した紙がこちらになります。
表紙:ミルトGAスピリット(スーパーホワイト)180kg
カバー:エスティムNS 128kg
カバーに使用したエスティムNSは、平和紙業さんの製品です。これは「やりたいことがある人は〜」を見た平和紙業の方がわざわざご連絡をくださり、オススメの紙見本をいただいて知った紙です。
今回のカバーについては鮮やかなオレンジを使いたかったため、とにかく発色のよい紙ということで考えておりました。エスティムNSは発色があざやかな割にコストを抑えることができ、たいへん良い選択だったと思います。
書籍の内容をマップ化する
打ち合わせの席で飛び出したせかいさんの言葉でこんなものがありました。
「マインドマップ書ける人っていませんかね〜」
マインドマップを本文に使う…? このときはまったく意味がわからなかったのですが、どうも聞いてみると「この本の構造を図にしたい。見た人が思わずSNSにシェアできるような感じのものを作りたい」とのこと。確かに、図解できると書籍の内容はとっつきやすさが上がります。
マインドマップは情報・思考を整理するためのノート術であり、書くにはコツがいります。専門のソフトもありますが、まずとっかかりを誰か詳しい人に書いてほしいとのこと。
マインドマップに詳しい人とせかいさんがやりとりをし、マップ第一稿を作っていただきました。下がその画像です。
根本的な問題として、
・文字が小さすぎて本のフォーマットに収まらない。
どうすれば!?
そしてまたここでもう1つ根本的な問題
・書籍の中身をシェアしてもらうというのは、著作権的にグレーなのでは。(それにより心理的ハードルが高いため、本文をシェアする人が少ない)
この2つの問題をクリアする方法を考え、本の形に表す必要があります。
▶前代未聞、目次のない本
まず、マインドマップが本のサイズに収まらない問題について。これは情報量が膨大であり、文字数が多すぎるために起こっている問題です。ですので著者のせかいさんが一旦マインドマップを読み、その上で枝葉の部分を剪定しました。マインドマップというより、本のマップ、思考の設計図といった形にサイズダウンします。
サイズダウンの様子。まずこの本には「縦」のつながり(チームの作り方)と「横」のつながり(人の巻き込み方)の二本柱があり、そこから細かく分岐していく様子を書いています。たとえば「縦」のつながりではさらに「組織」「人」「自分」の章に分かれ、そこから各論が立っていく仕組みになります。
最終的に送られてきたラフのマップ。
これを見ながら図を清書してゆきます。
これが出来上がったマップです。
各章の見出しがここに一面に並ぶ形になりました。
「自分がいまこの本のどこに当たる部分を読んでいるのか」ということがわかりやすいため、目次としてこのマップを使うことになりました。マップの見出し部分に小さく打たれている文字がノンブル(ページ数)です。
一般の目次でよく見るのはこういった形です。
これは文字の羅列であり、読む際に本文と目次を照らし合わせる必要があります。見出しを見て本文を読むということではこれで良いと思うのですが、「この見出しが本文の中ではどういった位置づけであるか」ということはわかりづらいです。
マップを目次に使うことで、より書籍の構造を頭に入れながら本を読み進むことができます。
マップをシェアしやすくなる仕組みづくり
さて、もう一つの問題です。
・書籍の中身をシェアするのは著作権的な問題が有り、心理的ハードルが高いということ
これは逆転の発想で
「マップを表紙に使えば、インターネットの書店でも露出できる。店舗で画像が出ていれば、心理的ハードルが下がり、SNSで発信しやすくなるのではないか」
という考えで作成を進めました。
目次マップを表紙に反映してゆきます。
目次に使ったマップを、カバーの形に起こします。そのままではもちろん入らないため、線を折り曲げるなど工夫して配置してゆきます。
ある程度形が出来上がったところで、未来食堂に来ているお客様にユーザーインタビューを行いました。
その結果出てきた意見として
文字が同じ大きさで入っているため、興味を引きにくい
というご意見をいただきました。
そこでさらにお客様よりご意見をいただき、「どの見出しが目を惹くのか」ということを1つ1つ拾い上げてゆきます。それに沿って文字の大小をコントロールしてゆきました。
最終的にできたカバーがこちらになります!
初期案と見比べると、全体的に勢いがある形になりました。なおかつ気になる語句を大きくすることで目に飛び込みやすくなっています。
絶対に良いものを作る意思
この本において一番大切だったのは「最後まで諦めず、絶対に良いものを作る」というせかいさんの強い意思だったと思います。
原稿を伝わるように手直しをし、カバーのデザインが上がったら即座に印刷をし、未来食堂に来ているお客様にカバーを見せて意見を聞く。何度でもフィードバックをする。印刷・DTPではあまりやらないユーザーインタビューをこまめにしてバージョンアップをする、ということを何度もくりかえしました。
下はこの本で出てくる「リーダーのあなたは電車であり、あなたの前に進む意思がチームを牽引する」というイラストです。まさにそれを体現した意思の強さ、最後まで諦めず進むということ、その意思に形を与えるようなデザインを作れたのではないかな。と私は考えています。
原稿をいただいて読了したとき、湧いてきた気持ちとしては「この気持ち、わかる!」というものが一番大きかったです。人の力を借りる、人とうまくやってゆく、人と一緒になにかをやる。生活をしている限りそれはどうしたって必要なものです。でも、なかなか、うまくできない。そんな時「じゃあ一人でやっちゃおう、楽だから」って思いがちです。
だけど、一人では絶対に限界がある。
一人では見られる景色だって少なくなってしまう。
だれかと一緒だからすごいことができる。
それについてとても真摯にわかりやすく書かれた本だと思います。
著者である未来食堂店主小林せかいさん、祥伝社編集部員栗原さん、今回も並走させていただいてありがとうございました!やっぱり本づくりはとても楽しいものだと思えるお仕事でした。
この本は、書かれている内容と同じように「ゆるいつながり」の力で作られています。マインドマップづくり及びnote執筆に協力してくれた田村さん、紙選びの見本を送ってくださった平和紙業の松野さん、ユーザーインタビューにご協力いただいた未来食堂のお客様、仕事中に乳児の子育てをしてくれたベビーシッターさんおよび家族、皆様ありがとうございました。おかげでなんとか走り抜けることができました。
一人ではどうもしんどい、そう思うすべての方へ。
この本が届くと良いなと思うばかりです。
ここまでお読みいただいたあなたに
「そうはいっても仕上がりを見てみないとわからないよ」という方が大半ではないかと思います。買う、というのはハードルが高く、かといって図書館に新刊が並ぶにはタイムラグがあります。
なんと祥伝社さんの試し読みページが40ページ(!)あります。
すこしでも興味がわきましたらぜひ一度、お試しにお読みいただけると関係者一同とても嬉しく思います。
ありがとうございました!