ギルガメシュ叙事詩の名言

まずギルガメシュについて説明します。

彼は神と人間の間の子で、そのおかげで腕力もあるし、血筋もよいしで好き放題に生きていました。ちなみに王様でした。

見かねた神々が刺客としてエンキドゥという人?を差し向けます。そして彼と戦いますが戦った後に初めて自分と互角かそれ以上に戦える彼と友になります。(”強敵”と書いて”とも”と呼ぶような関係でしょうか、北斗の拳の)

(余談ですが、やはりギルガメシュは寂しかったんだろうと思います。神様の血をひいているおかげで普通の人間よりはるかに優れているが、本当の神々には人間の血統ゆえに遠く及ばない存在なので、人間からは浮いているし、神様の仲間にはなれなかったのでしょう。同じような存在がいなくて友だちができなかったので、荒れていたのだと推測します。)

その後、エンキドゥがいろいろあって亡くなります。親友の死を見たことで彼は死ぬことを恐れるようになり、不老不死を求めて旅にでます。

その旅の過程で酒場で謎の女主人から以下のようなお説教をされます。ここからが本題です。

“ギルガメッシュよ、あなたはどこまでさまよい行くのです。
あなたが求める生命は見つかることがないでしょう。
(中略)
あなたの手につかまる子供達をかわいがり、あなたの胸に抱かれた妻を喜ばせなさい。
それが人間のなすべきことだからです。”

これが約3,000年前の文学、言葉、文章だとは驚きです。(中略した部分も素晴らしいのですが長くなるので割愛します。)しかしこの女主人はいったい何者なんだ…実は神様、という説もあるようです。

私はこの言葉を以下のように解釈しました。

永遠の生命なんて、人間の分際を超えたものを追い求めるのではなく、自分の身の回りの子どもや奥さんを大事に、大切にしなさい、それが人間のなすべきことだ。

この楔形文字で書かれた文章とその内容、それが3,000年も昔に述べられていた事実、消失せず、空間的にも時間的にも遠い3,000年後の日本に伝わっているという巡り合わせ、それが日本語になっているという不思議さ、それらのもろもろを鑑みて私は感動し、いてもたってもいられなくなりこの文を書いています。

この名言?文章をもっと短くまとめると、

周りの人を慈しめ、それが人のなすべきことなんだ

ということでしょう。

ただこの言葉を聞いてもギルガメシュは永遠の命を求める旅を辞めませんでした。おそらく、その時はこの言葉の意味がわからなかったのだと思います。

結局、彼は永遠の生命を手に入れることはできず失意のうちに国に帰り、この世から去ります。

しかし彼の死を人々は嘆き、悲しんだ、と記述があります。きっと晩年は酒場の女主人が言っていたことが理解できていたのでしょう。そして周りの人や自分の国の民たちを慈しみ、愛した良い王様になっていたんだと思います。

あのめちゃくちゃなことばかりしていたギルガメシュが…対等の友を得て、失い、初めての挫折を経験し、(完全な神ではない人間としての)自分の限界を知って、最期には良い王になる…感慨深いです。

私も夢みたいな大きなことを追い求める前にまず周囲の人を大事にしていかないとなぁ、とこの文を書いていて思いました。まぁ子どもも妻もいませんが😂

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