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『花火と夜のあつい夏』

短編小説です。


「花火見に行きませんか?」
「花火...苦手なんですよね。音が。」
「音ですか?」
「ええ。あの、空気を裂いた音がそのまま胸に突き刺さる感じが...苦手です。」
「なるほど。では、手持ち花火はどうです。浴衣を着て、そこの河原で、二人で。」
「...それなら。少しなら。」
「決まりですね。」



「浴衣お似合いですね。きれいです。」
「ありがとうございます。久々に浴衣なんて着ましたよ。」
線香花火に火をつけた。控えめな火薬の弾けるのが目に映る。夜に映える一瞬の焔は夏の気怠い空気と重なって、別次元の空間を創り出していた。
「あ...。きれい。」
「あ...。消えた。」
と、同時に湧き上がってきたのは憐みと羨望が入り混じった感情だった。
「こんなにも。儚く散るなんて。それが美しいだなんて。
苦しいだろうな。皮肉ですね。その苦しみに美しさが見え隠れする。あと...。」
「あと?」
「こんなにも、美しく散ることができて。少し羨ましいです。」
「そうですか...。美しく散ることがどれほどの苦しみを伴うのか。あなたは知ってしまっているのですね。」
彼の微笑は私の胸をつんざくようだった。
「ええ。苦しいんです。みんな。」

私は彼に手を伸ばした。その手は彼の手に収まり、気づいた時にはすでに私は彼の胸の中にいた。


どこかで打ち上げ花火の音がした。



※フィクションです。


では、また次の機会に。

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