学生寮で段ボールと格闘する(その2・自転車を買う)
※「その1・寝具とキッチン用品を買う」から続く
▽自転車派かバス派か
寝具やキッチン用品、食材などをそろえたら、最後は自転車の購入だ。通学はバス派と自転車派に分かれるようだが、私は断然、自転車派である。理由は三つある。一つは、ロンドンのバスや地下鉄の料金は安くないから。試しに一カ月にかかるバス料金を計算してみると、バスは乗車1回で約320円(2024年9月16日時点)。学校と寮を往復すると1日約640円かかる。それを週5回繰り返すと、1週間で約3200円、1カ月で約12800円かかる。それを冬休みと春休みを除いた約7カ月続けると、約8万9600円。学校の帰りにどこかへ出かけたり、土日も買い物などで外出したりすれば、10万円を軽く超えるだろう。
まあこれくらい学費や寮費に比べれば安いものなので、許容範囲ではあるのだが、ロンドンのバスは渋滞で日常的に遅れる。ということは、自転車で約20分のキャンパスに、30分も40分もかけていかなくてはならないのである。ただでさえノロノロしている性格なのに、お金を払って遅刻するなんて悪夢のようだ。この、バスの遅延の常態化が自転車を選ぶ二つ目の理由である。ちなみに、時間に正確な(はずの)地下鉄は寮の最寄り駅からキャンパスの最寄り駅まで片道約500円(24年9月16日時点)で、乗り換えをして約30分かかる。
自転車を選ぶ最後の理由は、当たり前のことだが、通学以外にも使えるからだ。徒歩10分、20分の距離にあるスーパーやカフェに3分、10分で行けるし、ビッグベンやロンドンアイなどの写真を思い立った時にすぐ撮りに行くこともできる。自転車によって得られる精神的・物理的な自由は、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)の向上に欠かせない。
▽中古自転車を探す旅
そうやってあれこれ考えた結果、自転車を購入することを決めたのだが、それすら難しいのがロンドンだ。まず、自転車の値段が高い。通勤・通学用のシティサイクルが新品でだいたい約10万円する。中古で5万円くらいまで下がる。5万円で買ったって、ライトやカゴを付けたりチェーンロックを買ったりすれば支払いの総額は7、8万円くらいまで行くだろう。
中古を探すのも一苦労である。まず、中古を販売している自転車店が少ない。ようやく見つけて訪ねてみても、値札はなく、どう考えても店主の気分でふっかけられる。例えば、私がロンドン北部の中古自転車店で見つけたシティサイクル(ライト・カゴなし)は、店主によると約6万4千円だった。誰がギアの壊れた中古のママチャリに6万円も支払うか。さらにライトやカゴを付けたら約7万6千円近くまでいくのである。
フリーマーケットサイトの「Gumtree」(ガムツリー)や「Facebook Marketplace」(フェイスブック・マーケットプレイス)などは、個人間のやりとりで確かに安い中古自転車は売っているが、盗品と見分けがつかなかったり、希望に合う自転車が見つかったとしても出品者がロンドンから遠く離れた都市の住人で、対面での受け渡しを希望していたりしてなかなか取引までいかない。
そこで今度は正規の自転車販売店のサイトでセール品を探してみた。すると、理想に近いシティサイクルが約2万で販売されているではないか。ただ、もっと安い物があるかもしれないし、ここですぐに飛びつくのはどうかな、などと考えて1日経つと、もう売れてしまっていた。
手に入らなかった物への執着とは恐ろしいもので、それならば、と同じ品番の自転車をネットで検索してみると、「eBay」(イーベイ)というネット通販サイトで、約2万9千円で出品されていた。最近出品されたばかりで、出品者は「2回しか使いませんでした」とコメントし、郵送してくれるという。しかし、このeBayというサイトは果たして信頼できるものなのか? 気になって急いで調べてみると、世界最大級のネット通販サイトで、出品数は12億以上なのだという(注1)。日本では全く馴染みのないサイトだが、ユーザー登録の際に個人情報を記入させ、信頼できる取引ができるように配慮していることが窺えたので、ここで取引をすることに決めた。一点ものを買う時はスピード勝負である。
▽まさかのDIY(ドゥー・イット・ユアセルフ)
果たして、出品者のタラさんから数日後に自転車「Huffy」(ハフィー・ブランド名)が送られてきた。荷物の一時預かり所になっている寮の受付で、いそいそと段ボールを開けてみると、なんと、自転車は解体された状態で、ハンドルやブレーキ系統を組み立てなければならない。英語で書かれた説明書を見て途方に暮れていると、受付のエリザベートさんが「組み立てが必要な自転車が来たのは初めて」と驚いていた。まあいい。心の準備はできていた。私は気を取り直し、前もって調べておいた近くの自転車修理店に電話して、自転車の組み立てを依頼した。「いつでもどうぞ」とのことだったので、早速、寮の台車に段ボールを載せて、徒歩約10分の道を、ガラガラと音を立てて歩いていくことにした。エリザベートさんが「無事にたどり着けますように!」と本気で心配してくれた。
青い看板の自転車修理店「nip nip」(ニップ・ニップ)に汗だくで到着すると、知人の中高年ひきこもり当事者・ぼそっと池井多さん(注2)に似たアジア系イギリス人のお兄さんが、素早く段ボールを店内に運んでくれた。組み立て料金は約8千円。「ライトやチェーンロックも付けた方がいいですよ。ヘルメットもした方がいいです」とアドバイスしてもらい、ライトを同店で購入し、カゴやチェーンロックなどのアイテムはアマゾンで注文することにした。お兄さんの仕事は手早く、週末挟んで3日で「できあがりました」と連絡がきた。再び同店を訪ねると、白い車体のシティサイクルがしっかり出来上がっていた。お礼を言って店を出ようとするとお兄さんが「また何かあったら来てください。サイクリング楽しんで!」と声を掛けてくれた。
後日、ライトとアマゾンから送られてきたカゴを取り付け(DIY感がすごい)、ついにHuffyが完成した。「これで私もロンドンのサイクリストの仲間入りかぁ」と思ったら、期待と不安が入り混じった複雑な感情が沸き上がってきた。
※「ロンドンでサイクリストになってみる」に続く
(注1)
参照サイト「オープンロジ:eBayとは」(https://service.openlogi.com/openlogi_mag/ebay/#:~:text=eBay%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81190%E3%83%B5%E5%9B%BD,12%E5%84%84%E3%82%92%E8%B6%85%E3%81%88%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82)
(注2)
ぼそっと池井多さんの近影はこちらから。
(https://lit.link/vosot)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?