タクシードライバーの話
なんでもかんでも値上げの世の中、東京都内を走るタクシーの料金も値上がりした。ガソリンも値上げ、車検やメンテナンス代も値上げ、ほんとうにもうどこまで値上がりするんだか。そろそろ値上げの波がおさまってほしい。
タクシーといえば私の父親が若いとき、タクシーの運転手をやっていたので私が幼い頃はタクシーにまつわる話をよく聞かせてくれた。おかしな乗客や不思議なお客の話、乗客同士のトラブルなどなどお客の人間模様まで色々なことを話してくれた。 今回はそのなかのいくつかを書いてみよう。
大きな大学病院のタクシー乗り場は、タクシー運転手にとって定番のスポットだったのでいつ行っても乗客が途切れることなかったそうだ。 父親を含めたタクシー運転手たちは
「流しの客がいなくても、医大へ行けば必ず当たる(お客がいる)。」
というほど大学病院のタクシー乗り場は穴場だった。
その日も父親は大学病院へ行き、タクシーの客待ちの最後尾に自分の車をつけた。待つこと20分。自分の番が回ってきたので後部座席のドアを開けると、杖をついたヨボヨボのおじいさんがひとりで乗ってきた。
父 「お客様、どちらまで参りますか?」
客 「・・・。」
父 「お客様? 大丈夫ですか? どちらまで行かれますか?」
客 「ウチへ行ってくれ。」
父 「ご自宅の住所はどちらですか?」
客 「住所・・・忘れた。 忘れたからウチへ行ってくれ。」
父 「住所が分からないと出発できませんよ。」
客 「あんたは俺の運転手なんだから分かるだろ! 早くウチへ行け!」
しばらく押し問答していると後ろのタクシーからクラクションを鳴らされてしまったので仕方なく発車した。少し進んだ先の路肩でとまると改めて後部座席をふりかえった。よく見るとおじいさんは杖を1本持っているだけでセカンドバックなどの手荷物を持っていなかった。
父 「おじいさん、診察の帰りですか?」
客 「そうだ。」
父 「じゃぁ、お帰りですね。おじいさんの自宅はどこですか?」
客 「ウチが分からないから乗ったんだよ。早く行ってくれ。」
父 「おじいさん、保険証を見せて。それに住所が書いてあるから。」
客 「保険証・・・受付に置いてきた。」
父 「じゃぁ、おじいさんの名前を教えて。保険証がないとおじいさんも困るでしょ? 受付に行って聞いてくるから。」
客 「今日は診察してない。」
父 「ん~・・・。じゃぁ、おじいさんのウチの電話番号おしえて。家族に電話してみるから。」
客 「ウチの電話番号・・・電話番号・・・。思い出せないからちょっとウチに電話して聞いてくる。降ろしてくれ。」
後部座席から降りたおじいさんは病院の正面玄関へと入っていき、20分たっても戻ってこなかった。父は受付へ行っておじいさんの行方を尋ねたがどの看護師にきいても、そのような方は来ていない、見ていないという返答だった。どうやらあのおじいさんは少しボケていたようだし、きっと家族も一緒に来ていて合流して帰ったのだろうと思い、車に戻った。
後日、父がこのことを何人かの同僚に話すと、まるで判を押したように同じことを訊かれたという。
「その客、ちゃんと足、2本あったか?」
と。