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朧月の恋【ショートストーリー】#シロクマ文芸部


 朧月は救いだった。
 早春にくしゃみをすると初恋から醒めてしまう、と昔の言い伝えがあった。じゃあ、くしゃみをしないように僕は鼻を塞ぎ、マスクを二重にした。
 付き合っているのか、そうではないのかよく分からない時期だったから絶対に美咲を離したくなかったのだ。
 【くしゃみをすると、美咲は消える】
 余計なプレッシャーとなり、初めてのデートが何だかよく分からない日になっていた。ドキドキする良い緊張感のはずなのに、悪い激しい鼓動しか聴こえなかった。
 常に花粉は浮遊しており、到底肉眼では捉えられないはずの粒子が見えるようになっていく。桜並木を行き交う人が全員幸せそうに見えた。
 「ねぇ、私たちって付き合っているよね?」
 「付き合っているに決まっている」
 美咲からの問いかけにはあくまでも強気で、何食わぬ顔を見せた。くしゃみ如きに美咲を奪われてはたまらない。
 こんなことなら、美咲と出逢わなければ良かった。激しい悔悟が僕を襲った。
 その夜、朧月を見上げたら僕の花粉症はピタリと止まった。あれほどくしゃみを我慢していたのは恋のせいなのか、花粉症のせいだったのか。薄々と輝く朧月を見て、僕は安堵した。すると自然と口腔から一つ吐息が漏れたのだった。

【了】



小牧幸助様
素晴らしい企画をありがとうございます。
宜しくお願いします。

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