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『 咲いて笑って、夏 』

消えてしまいたくなった。


「暗いんだよあほ〜」

「……先輩に何がわかるんすか」


授業をサボって誰も使ってない旧校舎の廊下を歩いていると、その人は居た。

いつも、教室に入ることなく、廊下で話す。というか話される。

けれど今日ばっかりは、そんな気分になれなかった。


「てか、なんでまた来たんだよ」

「別に、サボりたかっただけです」

「サボるったってここじゃなくていいじゃん、恋?もしかして先輩の私に恋しちゃった?」


僕は彼女を無視して、三角座りした。

廊下の壁は僕の心みたいに冷たかったから、楽だった。


「ちょ、ちょちょちょ、うそうそ、嘘じゃん。拗ねないでって」


ちょこん、と彼女も隣に座ってきた。

山下美月先輩。

ここの廊下は、ほこりっぽいけど優しい古本の匂いがする。


「んで、どしたの。先輩に話しちゃいなさい。」

「いや、特に何もないです。別に、なんも。」


先輩は目を細めて、「嘘付け」と言いながら笑った。

腹が立つ、笑い方だった。


「…何がわかるんすか」


先輩に当たっても仕方ない。そんなこと分かっていた。


「え〜、ごめんじゃん」


こちらがキレといて早速謝るのも億劫で、僕はスカしてしまう。

あ〜。

帰りてー。







夕焼けが暑さを助長させていて、うざったい。

高2になってすぐなのに、明日の課題を忘れるのは、流石にまずい。

そんなことを思いながらがらがらと教室のドアを開ける。

あ、と思った。

多分向こうも、あ、と思ったと思う。


実際、僕含め3人とも『あ……』と声が出た。



僕と、賀喜と、男。


三人のぽつりと呟いた1音が、宙に舞って、爆ぜた。それから、夕焼けに溶けて消えた。


そこには、ずっと好きだった人がいた。


今になって考えると、何故その日教室に向かったのかは分からない。


用事なんて全て忘れてしまうほど、その光景が衝撃的で、声も枯れてしまった。


やっと絞り出した「あ、え、そういう感じ?」という僕の言葉で、時間は動き始めた。


賀喜と、他クラスの男子は「いやいやいや、ちがうちがうちがう」とぴったりの息で言ってきた。


そういう、感じじゃん。


そう思った。


そこからは「なんだよ言えよー」と無理やりヘラヘラ笑って、「お邪魔しました」なんてからかいながら強引に教室から出た。


「ちがうから!」と最後まで否定していたが、その息すらピッタリで、悲しくなった。


訳が分からなくなった僕は、自転車に乗って、河川敷をすごい速さで走った。


河川敷沿い、全速力で自転車を飛ばす。


週末の空の夕焼け模様が、嫌になるくらい綺麗だったから。


ちがうちがう。嫉妬じゃない。


悔しいとかでもない。


弱い自分が心底嫌になっただけだ。


自分が嫌いだ。


本気で傷ついた時、ヘラヘラ笑うしかできない、自分が嫌いだ。


「くそっ……くそ……くそくそ……っ…くそ…」


情けない声を出しながら、ペダルを必死に漕いでいると、


ろくでもないな。


木漏れ日を浴びる度、そう、思うのです。


「なにしてんだろ……なに、してんだろ……」


傷口がどくどくと脈を打っている。


当たり前にもなれなかったから、せめて特別になりたかった。


視界が、滲んだ。


拭っても拭っても、滲んで、滲んだ。


夏が始まったから、今年こそは、変わりたい。
毎夏のように、そう思った。







「まあ、別に言わなくてもいいけどさ、言いたくなったら言ってみ、全然聞くから」


美月先輩は僕を気遣ってか、そう言ってくれた。


「ありがとうございます…」


僕がそう声に出すと、彼女は得意げな目で言う。


「1つ上の余裕ってやつかな」

ほぼ変わんないじゃないすか、そう言うと

いしし、と笑う先輩に、心底安心した。


「まだ、大人にならないでね」と、先輩は僕に呟く。

その意味が、あまり分からなかった。


『おい!誰や!』


体育教師の怒声が響く。


「あ……」


三限の朝の光。

僕と、美月先輩の声が

宙に舞って爆ぜて、ふわぁっと消えた。


「やばやば…逃げよ」


彼女は僕の手を取って、やっぱりいしし、と笑いながら走り出した。


そんな先輩を、気になり始めていた。



ふんわり、夏の匂いがした。




#桜の匂いを栞代わりにして

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