『 舞って知って、夏 』
「あ、おるやん」
ぼそっと、呟いた。
10分休み、窓の外の旧校舎にその姿が見えた。
気がつけば、目で追っている。そんな自分が、居る。
♦
帰りてー、が本音だった。
上タン三人前とハラミ四人前を運んできた店員に、ありがとうございます、と伝え
山下美月の顔の方へ向き直した。
「いやー男としかつるんでへんもん俺」
くすっと笑って彼女は言う。
「ん〜、たしかに」
「たしかにちゃうわ」
そうツッコむと「ちゃうか」と言ってまた笑った。
俺の関西弁を小馬鹿にするような笑い方
変わらない。
初めて喋った時もそういう風に馬鹿にされた気がする。
「でもさーあ、2年最後のクラスの打ち上げだよ?なんか、良い人いないの?ほら、言ってみ」
彼女はそう言って店内を見渡す。
「…久保ちゃんは?…それか…」と目の前の卓、その後ろの卓、と順に座ってる女子の名前を列挙する。
「おらんって別に」
「えーおもしろくなー、もう受験だよ?じゅ、け、ん」
「そうやけど」
「誰か言ってくれたら、私、100%力になれます!」
「はいはい。居ませんお心遣い感謝します」
「ちぇー」と不服そうな顔をして、だけどまた微笑んで席を立ち、元のテーブル席に戻っていく。
その背中を見ながらも、まだ、ドキドキしていた。
もう1回、来てくれ
そんな幼稚なわがままを、祈った。
♦
久保ちゃん付き合ったんだって〜、そんな声が聞こえてきた。
「え〜ちょっと待ってー、久保さんいいなーって思ってたんだけど」
そいつは、俺の机に、だらぁっと体重を預けた。
彼は、ここに転校してすぐに仲良くなった。
なんでも母が関西人らしい。
けど最初は、関西弁に難なく対応される方が、こっちとしてはやりづらかったりした。
「ずっと言っとったもんな、どんまいどんまい」
「まじかー、ショック、1週間寝込みたい。」
「ただ寝たいだけやろ」
「はぁ…、まぁ、とりあえず飯か。」
「流石に飯やな。これはラーメン級」
「いや、焼肉だろ。流石に」
話していると、視界に写った。
あ、と思った。
やっぱり、視線を引きつけるのは、山下美月だった。
「ねっむ、今日は一段と眠い」
「……」
なんで、クラス分かれたんやろ。
「ラーメンは、豚骨だな」
「…あぁ」
いま、誰と隣なんやろ。
「麺特盛、チャーシュー大盛りだな」
「…たしかに」
彼氏、おるんかな。
「え、聞いてる?」
そいつが俺の視界を遮る。
「どしたー」
驚いて、体が跳ねた。
「うおっ、なんでもないなんでもない」
不思議な顔をして、彼は俺の視線を辿ってく。
ゆっくり、辿られてゆくと、
「え、なに?山下狙い?」
当てられた。
「やめとけって、倍率、東大くらい高いぞ」
「いや、まあ、そーやろな、ごめん東大の倍率知らんけど」
「非リア少年、夢を見るな。俺とお前は飯同盟なんだから。」
「変な同盟作んなや。」
ぼそっと呟く。
「ええねん別に諦めてるから。」
人に聞こえない声で。
ただぼそっと。
なんで、同じクラスならんかったんやろ。
浅い、微睡みの中で、月並みに、そんなことを思うしか無かった。
♦
満たされない腹を擦りながら、店を出た。
学校近くの、安くて美味くて早い、の三拍子が揃ったラーメン屋。
それでも毎日のようにこいつに誘われるから財布の中身は南極バリの寒さが観測される。
はぁ〜、と満足気な声を出しながら、彼は言う。
「絶対足りてないでしょ、もっと食えよ」
「金欠やねん。お前、月いくら貰ってんねん」
「ん〜、まあ小指で数えれるくらい」
「2本しかないやんけ」
「そう、2000円。ギリ借金」
「なんしてんねん」
踏切の前に足が着いた時、立ち止まる。
横顔でハッキリわかった。
──おい、閉まるって。走れよ。はやくはやく
ノイズキャンセリングみたいに、彼の声がぼやける。
「どした?……あ」
前を行く、山下が見えた。隣の男とやけに親しげだった。
カンカン鳴りながら踏切が閉まる。
考える暇もなく
ガタガタ大きな音で、電車が流れて
流れて、流れて
去った瞬間
山下の姿は、無かった。
「…やっぱり」
ぼそっと呟いた。
勝手に、恋して、勝手に失恋しただけやろ。
俺は。
とくに、行動もせんかったからやろ。こうなったんは。
当たり前やんか、そう言い聞かす。
それでも、やっぱり胸の奥の方が涼しくなった。
悲しい。
そんな感情だって、数秒経ってから知った。
そっか、何気に失恋って初めてや。
悲しいんや。
そっから、声が出なかった。
知らん内に失恋してたり、ろくでもなく失恋してたり。
俺みたいに、なっさけない恋をしている男が、何人もおるんやろな、と思った。
そんなこと考えても、虚しいだけだった。
言葉にならない声で、叫びたくなった。
「飯行こか」
「さっき…食ったやんけ」
「それもそっか」
また踏切が鳴りだした。
「お前本気だったのな。」
「そう、なんかな。…俺も、今、知ったわ。」
小馬鹿にしたように笑った顔が思い浮かんだ。
窮屈な、夏の匂いがした。