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『シアン、夏、アクアリウム。』

凄惨な夏の、大嫌いなほど愛した神様へ。

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いつかの水族館、



思い出の中のここはつまらないほどに綺麗だった。


思い出しては嫌になって、嫌になっては思い出す。


それでも、



それでもそんなことなんて気にせずに水槽のネオンテトラはゆらゆらと尾びれを振って遊んでいる。




非日常の熱帯魚。
妙に惹かれてしまうのは僕の弱さだと、思う。


また、水槽の魚は僕なんか気にせず、





まるでそこが海かのように悠長に泳いでいた




ガラスから覗く水のシアン色と、ネオンテトラの横顔にたったひとつの心がとくんと鳴った。



たしか、君が、これ何?って僕に聞く。



「ネオンテトラっていう熱帯魚だよ」なんて返事とともにガラスに触れる。


えっと、たしか君は、「ふーん」と、興味の無い声で返したっけ。



ガラスはやっぱり僕を映して、





ガラスに触れるだけで水面の揺れる感覚が空虚な僕には感じられる気がする。




ガラスそのものが冷たいのか、はたまた水槽から水の冷たさが伝わっているのか。





とても冷たくて、生きているみたいだった。






あぁ、またこの記憶かよと思った





嫌に蒸し暑くてあまり好きでは無い季節。



こんな暑さと湿気が無かったなら、もう思い出すことなんて、無いのにな。





そうだな。



その筈だ。



まだ、梅が半分青い。



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ガヤガヤと騒がしい教室に、ぽつんと静かな僕が1人。



まわりの女子、男子は僕のことを気にせずに話したり、たまに机の角にぶつかる。



まあ、でも、そんなものでいいんだ。





というよりか、それが心地よかった。






"僕はあなたが好きなんです。笑った顔が、好きなんです。だから笑って。ね、菅原さん。"





好きな女性の名前と、ロマンチックを履き違えたような言葉の羅列。

今になれば、良くもまあそんなもん恥ずかしがらずに書けたもんだなと思う。



今だったら死にたくなってるに違いない。



でも、当時の僕は。
ほんの少しだけ期待を抱いて、そんな臭い言葉をノートの端に書く



誰かが「あ、落書きしてる〜」とぼくの机に頬杖をついた。



僕の頭にそんな心地よい高い声が響いて咄嗟にノートを隠した。



それが誰なのかを目で確認する。



あぁ



菅原咲月さん。



僕と同じクラス委員で少しドジで、

僕の好きな人。



言葉に表せない感情になった。


どくどくと鳴る鼓動がただただ煩わしかった。



「なになに」



僕は白々しく「え、何が?」とペンを置いた。



「いま、何書いてたの?」



バレたか、と思った僕は「なんでもない」と曖昧な返事を返した。



クラスの騒がしさが変わることはない。
それでも、菅原さんと話すと、

二人の世界にいるみたいで、


それは一気に静寂のように感じられた。



菅原さんは「それより、どうしよっか」と言って微睡んだ。



「あ、昨日のやつ?」



「そうそれ、覚えてたんだね」



昨日、誘われたデート。



僕は「忘れられないよ」と笑った

明日の休みは、映画か、遊園地にでも行って、そこで…なんて妄想。

「あ、なんか良くないこと考えてない?」



いや、良くないことでは無いはず。



「いやいや、どこ行こうかなあって思ってただけだよ。」


彼女はすこし考えて思い付いたように指を立てた。

「水族館とか!」



僕と同じ思考回路に、少し嬉しくなって僕は乗り気になった。いや、元々乗り気だったか。



「いいね。」



「じゃあ、待ち合わせは駅ね〜」



菅原さんはそう言って女子のグループに戻った。



窓を見たら、有り得ないくらいの水玉が。


あぁ、そんな季節か。



よし、今日こそは言おう。


そう思った。





何も言えずに終わった。







待ち合わせ場所に来た菅原さんはいつもと雰囲気が違っていて…



「雨だね」




そう言って笑った。



雨も、綺麗だなって、思えた。



駅に向かって


それから、2人で電車に乗って、水族館に向かった。





もう、今日、伝えようって決めていた。





水族館の中で、僕は胸を躍らせて菅原さんと歩いていた。



熱帯魚コーナーを通りかかると



水槽のネオンテトラはゆらゆらと尾びれを振って遊んでいる。



非日常の熱帯魚に


妙に惹かれてしまった。



水槽の魚は僕たちなんか気にせず、



まるでそこが海かのように悠長に泳いでいる。




ガラスから覗く水のシアン色と、ネオンテトラの横顔にたったひとつの心がとくんと鳴った。



菅原さんが、これ何?って僕に聞く。



「ネオンテトラっていう熱帯魚だよ」なんて返事とともにガラスに触れる。


「ふーん」と、菅原さんは興味の無い声で返した。



ガラスは僕を映して、




ガラスに触れるだけで水面の揺れる感覚が空虚な僕には感じられる気がした。




ガラスそのものが冷たいのか、はたまた水槽から水の冷たさが伝わっているのか。





とても冷たくて、生きているみたいだった。



「イルカが見たい」菅原さんは飽きたのか優しくそんなことを言った。


僕は笑って「うん。」と返して歩いた。




僕は「お昼にしよっか」と優しく言った。

楽しかった。

特にペンギンを見てはしゃいでるのとか、エイとかジンベイザメ見て「でっか〜」とか言ってたり....



楽しくって、結局何も言い出せないままで午後になった。



菅原さんが1番楽しそうだったのはやっぱりイルカショーだったなぁなんて思いながら、ハンバーガーを頬張る。



「ケチャップついてるよ?」



菅原さんは、ははと笑って僕の頬を紙で拭った。

恥ずかしくなって小さい声で「ありがと」といって口を小さく開けてハンバーガーを食べ進めた。

雨が上がって、気温は戻ったけど。


顔は赤くなったまま戻ってなかったと思う。


館内の小さいショップ。

「あー!」

菅原さんがなにか見つけたみたいだった。

「どうしたの?」


「イルカのぬいぐるみ....」


「ほんとだ」


「可愛い…欲しい…」


「ほんとに要る?」


僕は冗談交じりに笑った

そうすると彼女は「お願い」と僕に必死に手を合わせてみせた。



僕は笑ってぬいぐるみを二つ手に取って「青とピンクどっちがいい?」と聞いた。

「え、買ってくれるの!」

「いいよ」

「やったっ」



高校生とは思えないほどはしゃいでて、年相応の女の子らしくて可愛いなって思った。





大好きだった。





お揃いにすればよかった。



「やった」



まあ、最後くらいはな。



15時くらい、少し早めに水族館を出て、公園のベンチに休んだ。


ああ、どこにも行きたくないなと思った。

思って、そんな考えは叶うことも無く消えた。



1ヶ月後に、引っ越す。



それも、近い距離じゃなくて、




ずっとずっと遠くに。






それでも、



言えないままさよならは悲しいから。





今日は言うんだ。


休憩してから時間が経って「このあと何する?」と聞いてきた。

僕は一つ笑って。


「神社行かない?」


そう聞いた。



君からすれば、脈絡の無いように聞こえるだろうか。



なんでもいいけど、また会えるように何かに縋りたかった。



確証が持てないから縋りたかった。




菅原さんは「なんで?」と笑った。



「なんとなく。」



そう答えるしか出来なかった。

駅で、ジュースをふたつ買った。

戻って、電車が来るのを待つ。

「あ、ジュースありがと」



文字通り、心を奪われた。


耐えず時間は流れて、何も考えずに電車から降りて、歩いている内にすぐに神社に着いた

手に余った傘をいじって気を紛らわせながら歩いた。

すぐ、といっても、もう17時が近かった。

「ほんとになんで急に神社?」

僕は「あぁ、お参りしたくて」と曖昧に返す。

菅原さんは「なにそれ」といって笑った。

僕も笑った。

「なんでだろうね」って笑った。


古びた神社。



10円を賽銭に投げ入れる。


小銭が財布の中に100円2枚と10円しか無かった。

周りの木はガサガサと動いて、音を立てる。

その音が妙に心地よくて、ああ神社なんだなと思った。

カランカランと鐘を鳴らす。

神には、見られていないだろうけど。



それでもいいんだ。


手を、鳴らす。

隣からは1層強い音が聞こえた。


願うのは、菅原さんと一緒に居たいって





「あ、恋みくじあるじゃん。」

君はいいものを見つけたような顔をして僕にも勧めてきた。あまり乗り気ではなかったが引くことにした。


残った小銭で払って、紙を渡された。


紙を開いて、うわと思った。



凶。



もう、隅々まで読むことが出来なかった。

菅原さんは「なんだった?」と僕に聞いた。

「大吉だったよ」



「...私も」



僕はまた、うわ、と思った。



何も言えずに、おみくじを結んだ。

「またデートしようね」って約束を勝手に取り付けられて、胸が痛くなって、

でも何も言えずに。


その日は、それで、帰った。





そっから、菅原さんに直接言うことはなく、僕は引っ越すことになった。






まだ、梅が半分青かった。




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変わらない街並みと匂い。



そこに変わった僕だけが居る。



「久しぶりだなぁ」




あの街に、帰ってきた。




まあ、今日1日だけ。





思い出巡りみたいなものだ。



いつかの水族館を1人で回った。



そして、あの日みたいに、神社に来た。



まだ、好きな人。忘れられない人。



今でも、好きな人。



賽銭に5円を入れる。


カランカランと鐘を鳴らす。


神様、起きろって、心の中で叫びながら。

そんな事をしてるうちにバスをひとつ逃したことに気づいて小一時間、暇になった。


退屈になったので、何を思ったのか適当に絵馬でも見てやろうと思った。

見るだけ。

括り付けられた絵馬に目をやる。



"高校に受かりますように"



"人間関係がうまくいきますように"



好き勝手書いてるなあと思った。



まあ、それが在るべき形なんだろうけど。



そして視線を横に移動していくうちに、





懐かしい感じがした。



1列目に付けられてた絵馬の





"あの日、おみくじの結果は小吉だったけど、また、あの人と会えますように"

君も.......



君も、嘘つきだね





あぁ....って声に出す。


確信した。


確信、していた。


可愛らしい文字と、


絵馬に滲んだペンのインク、

空に滲んだ落陽。

「来てたんだね」



1列目にあったってことは、最近書いたはずだ。


周りの木は静か。



僕の声も静けさと消える。



思い出す菅原さんの顔と、いつかの懐かしい文字。

「来て…たんだね」







ごめん。



言わなくて、ごめん。



僕も嘘ついてたんだ。




僕、凶だったんだ。



ごめん。





僕のせいで、もう、会えないかもしれない。



「いつ…来たんだよ…」

声が、震える。

君がまだ居るってことにたまらなく胸が押し潰される。


でも、もう、君が何処にいるか、僕にはもう分からない。


あの日の誰かさんみたいに手を合わせて必死に必死にお願いをする。



会わせて、って。





ただ、会わせて、って







初めての恋だったんだ。







宝物なんだ。







恋みくじの結果が悪くてもそれくらい許してよ。





やっぱり、周りは、静か。

どこからかアーモンドのような甘い有毒性のありそうな匂いが香って。



足が痺れ始めて



頭がクラクラしてきた。



もう、全部神様のせいだ。



寝てないで、僕らを見てよ



あーあ。


あの時、おみくじなんて引かなけりゃ良かった。



引かなきゃ後悔せずに悲しむだけだったのに。

これから帰ることとか、あの日の事とか、考える度に辛くなって、痛くなって。


中毒症状みたいに僕を震わせて。  



苦しい。



まだ、一番好きな菅原さんの顔を思い出す度に辛くなって、嬉しくなって、怖くなって、優しくなって、痛くなって。







ちょっと、









ほんの、ちょっとだけ











泣きそうになった。













涙は出ないけど。









それでも泣きそうに、なった。






まだ、梅が半分だけ青い。




『シアン、夏、アクアリウム。』




おしまい

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