循環するもの
※この記事は小見出しなどつけていないので、いつも以上に読みにくいです。クレームは受け付けます。
世の中は循環していくものだと誰かが言ってた。諸行無常ってやつらしい。
その例に漏れず、世の中の『コミュニティ』というものも循環していくものだと個人的には思っている。
新しい人が入ってくる。
前から居た人がいなくなる。
立場が変わる。
ある程度長期間いることもあるだろうが、学校でも会社でもどんなコミュニティでもある程度は循環していく。
どこかの生徒が資格を取って先生になるとか、1年から3年になって先輩になるとか立場が変わることも一種の循環な気はしている。
留まってる感じがする先生もいつかは定年やら退職やらでいなくなる。そしてまた新しい先生が入ってくる。
そしてその中で、新しい人が多く入ったり、抜ける人が少なくなったりして一時的にコミュニティが大きくなったり、コミュニティが小さくなったりすることはあるものだと思う。
学校みたいに大きな組織だと私たちがいる期間ではあまり見えないけれど。
私もコミュニティに所属している。
会社も友達もその他も、何かしらのたくさんのコミュニティに所属して生きてると思う。
いつか私も抜ける側となって、循環の一部になるのだろう。そのコミュニティから抜ける時が死ぬ時なのか、はたまた何か別の理由で抜けるのかなんてわからないが。
自分が抜ける側になったことは何回もあるが、自分でわかっていたし『自分が抜けること』には悲しいと思ったことはあまりない。
「いつかはそうなるよね。そんなもんか。」って感じ。
ただ、抜けていく人たちを見るとどうにも悲しい気持ちになる。
正確には
「最近抜けていく人多いな」
「新しい人増えたな」
「この人最近見ないな」
ってなった瞬間に急に寂しさが襲ってくる。
抜けた人が仲良かった人とか、話してみたいなって思ってた人ほど余計に寂しくなる。
自分がそこを好きだった時ほど、知らない世界になったみたいで、ちょっとだけ自分が置いて行かれたような気持ちになってるのかもしれない。
何でだろうか。最初からいつかはこうなるってわかってるはずなのに。
別に、変わることが嫌というわけでは無い。良い方向に変わることもあると思うし、変わらなければ世の中からは取り残されるだけなのだから。
私は案外自分のことなんてどうでもいいのかもしれない。だから自分がわかってなくて、誰かからの『私』を得たくて、コミュニティなんてもので誰かとのつながりを求めているのだろうか。
そうだとしたら、私が得たい何かを得にくくなってしまったことに悲しみを感じているのだろうか。
それとも単に好きだった場所が変わることに喜べなくなってしまっただけなのだろうか。
コミュニティには縛りも発生する。
それはもちろん校則とかルールとか物理的なものもあるけれど、心理的にも発生すると思う。
今後も関わっていく(であろう人たち)なら『仲良くしなくては』という意識は働くし、立場や状況というものによって行動や発言は変わってしまう。
私が今仲の良いと思っている人たちは本当に仲が良いのだろうか。
私もどこかのコミュニティを抜けたら、誰かに悲しまれるのだろうか。
私が抜けたら、そのコミュニティはどういう風に形を変えていくのだろうか。
そして、私はコミュニティから抜けたら、今気にしてるコミュニティのそれすらもどうでも良くなってしまうのだろうか。
でも、私が抜けないことは何となく形を変えていくっていう『本来なら起こるべき循環』を止める気がして嫌だと思ってしまう。
そう思いながら過ごしていると、ある日突然全てがどうでも良くなったりして、気づいたらコミュニティから抜けたりしている。
ずっと同じとこでぬくぬくしてたら、甘えてしまうから。抜けるとか変わるって『機会』なんだと思う。
いつまでも「依存」して「遊んで」はいられないから。
だから、好きなコミュニティであるほど、変わっていくのが寂しいって言いながら、心のどこかではここから抜けたい、逃げ出したいと思っているのかもしれない。
心のどこかで抜けていく人たちを、変わっていく人たちを、羨ましいと思っているのかもしれない。残ることも抜けることも変わることも自分で選べる選択肢なのに、抜ける勇気もなく、残り続ける勇気もない自分が嫌でその気持ちを他人に押し付けているだけなのかもしれない。
抜けたとしても、そのコミュニティの中から何人かだけ仲良くすることもあると思う。
そしてその何人かもきっとまた自分の中のコミュニティに組み込まれていく。
これまで私は何人のコミュニティを卒業したのだろうか。もう私のことなど、とうの昔思い出さなくなった人もたくさんいるだろう。
私は今後、自分の中で何人をコミュニティから勝手に卒業させてしまうのだろう。何人を思い出さなくなってしまうのだろう。
いつかは私も誰かのコミュニティの留まる人になれるのだろうか。いつまでも関係が変わらず良好に過ごすなんてことができるのだろうか。
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