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静かな診察室

医師のパソコンをうつ音だけが、響く診察室。

打ち込まれた文字を写し出すモニターをふたりに見せ、反応を待つ。

医師の前に座るふたりからは、布が擦れる音、時々漏れるため息。
それ以外の音は聞こえない。

モニタ―から目を離したふたりの手は素早く動き、表情は曇る。

ふたりは姉妹。
ふたりは、生まれた時から音は聞こえない。
彼女達の言葉は、手から発せられる。
両親、親戚が他界し、もう何年もふたりで生きてきた。
姉に病気がわかり、治療方針を検討する。
ふたりには、治療の選択が迫られている。

患者さんの命に関わる大きな選択。
生き方に対する考えは、個人で異なる。

だからこそ、医師が伝えている内容は、正しく伝わっているか。
今、ふたりはどう考えているのだろうか。

不安そうな表情のふたりに、
「医師の説明に、疑問はありませんか」
「おふたりで相談する時間を作りましょうか」と、
紙に書いて見せる。

それを見て、ふたりの指が、手が、表情が素早く動く。
この間がもどかしい。
ふたりとの距離も感じる。
カタコトの手話で「わからないこと、ない?」と、語りかける。
「手話、わかるの?」「少し、わかる」
険しかった顔が少しだけ、緩んだ気がする。
そこからは、素早い手の動きを見逃さないように、さらに集中する。
わからないときは、「もう1回」とお願いする。


医師も私も、表情の変化や気持ちを見逃さないように、ふたりをみつめる。
不安の影はないか。
理解できない部分はなかったか。

沈黙が続く。

そして、ゆっくりと大きく頷くふたり。
確認しあい、納得しているようだ。

最初に動いたのは、患者。
右手を左右に動かす。
(治療しないと決めたんだ)と、頭をよぎる。
「姉を支える」と、妹の指が動く。

ふたりでしたいことをして、姉が望むことをしてあげたいと、強い意志のこもった手は強く素早い動きで何度も伝えてくる。

ふたりの思いは伝わっていると、私は手で胸を強く撫で「わかりました」と、伝える。

聾唖の患者・家族、医師、看護師間では、手話の他に筆談、パソコンやスマホ、翻訳機をベースに会話をしていく。
医療者からの情報、医師からの説明は、どんな患者に対しても正確に伝わらなければならない。

手話を使う方には、なるべく手話での会話を心がけている。
海外から来た方へも同様で、挨拶などはその国の言語を使いたいと思っている。
患者さんが使うコミニケーションの手段にできる限り合わせたい。


声色という言葉があるように、声には気持ちや個性が宿る。

声を発することができない患者さんの気持ちを知るために、普段よりも、顔の表情や手、体全体の動きや首・頭の動きを同時に観て、感じる。
そして、意志を丁寧に確認していく。

患者さんに、もどかしい思いをさせたくない。
伝わらないと思って欲しくない。


言いたいことを飲み込んでその場を去る人もいる。
言葉にしないけど、強い思いを持っている人もいる。
ふたりは、人との関わりを振り返らせてくれた。

声にはならなくても、大切にしてるものをしっかり受け止めたい。




「#モノカキングダム2024」テーマ『こえ』に参加しています。




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はし
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