見出し画像

ドクターに電話したら不倫報告を受けた

 看護師3年目。
 忘れられない夜勤になった。


 当時、総合病院の外科病棟に勤務していた。

 その日の夜勤は、同期の望美と20年目のベテラン看護師の3人で夜勤をしていた。

 看護師の夜勤メンバーとは運命共同体だ。
 もし、自分の担当患者の心臓が止まったとする。
その時、たった3人で協力して対処しなければならないからだ。
心臓マッサージ、酸素マスク、当直医を呼ぶ、点滴、薬品、人工呼吸器、挿管準備、記録、、、、とりあえず色々やらなければならない。
 だから状態が悪い患者や違和感がある患者がいたら、他の2人に共有しておく。
((もしもの時は、よろしく頼む。お互い頑張ろう))と口には出さないが、心の準備をお互いにし合う。


 少ない人数で働く夜勤は特に、患者に少しでも変化を感じると不安になる。怖いのだ。
 だから看護師の範疇を超える判断が必要な場合、夜中だろうとドクターのピッチに電話をかける。
 しかしドクターだって人間。
昼間の報告でもかまわないようなことを、なんでもかんでも夜中に電話がかかってきては困る。
常に睡眠不足な人達なのに、それに拍車をかけるようなことはできない。
 だから看護師は、夜中にドクターに電話をかけるときは気を遣う。(勿論、緊急時は除く)
 ドクターに電話をする前に看護師同士で、
「あの先生にこの患者さんのことを電話で言おうと思うけど、いいかな?いいよね。これは今報告した方がいいよね?」
と確認し合う。
 クセの強いドクターに電話する前は、特に確認し合う。


 夜中の23時。

 その日は、望美が受け持つ患者さんの調子が悪かった。
緊急ではないが、やや違和感がある。グレーな状態のため、悩んだ。
 その後看護師3人で話し合い、満場一致で医師に電話で報告すべきという結果になった。
3人とも真剣に考え、話しあった。
なぜなら、電話しようとしているドクターは、盛岡ドクターだったからだ。

 盛岡ドクターは、50代の男性。
 ぱっちり二重で顔はイケメンな雰囲気なのだが、お腹がでている。
イケメンの雰囲気でも、終始無表情。笑顔は滅多にない。
 美人で年齢不詳の若い妻と、小学生の子どもがいる。
毎月妻に40万を渡し、「全て、これでよろしく」と言い、何もかも妻任せ。お互い何をしているのか分からないような夫婦関係だった。
 盛岡ドクターは病院の当直室を自宅にしているのでは?とよく噂されていた。

 盛岡ドクターは、看護師への当たりが強い。
どうでもいい報告をしたり、報告のタイミングを間違えると怒る。
 「この検査データ、意味わかる?」とか、看護師がしっかり勉強しているかのチェックを怠らない。
 患者さんに対しては、ややクールな態度ではあるものの丁寧な説明だ。
なので別に、悪い先生ってわけじゃない。
 だが望美(トリマーに転職希望)のような看護師からしたら、煙たがられる存在だ。
望美は新人の時の夜勤明けに、「ラシックスの投与量のグラム計算をしろ」と言われ、14時超えるまで調べたことがある。
その日から望美は盛岡ドクターへの苦手意識をずっと持っている。
 因みに私も新人の時、夜中盛岡ドクターに電話した翌朝、「夜中にあんな早口で喋られても聞き取れない!こっちは寝起きなんだ!」と怒られた。


 望美は盛岡ドクターに電話報告する内容を、報告漏れがないようにメモしている。
 医師から昼間の採血データの数値を聞かれた時にすぐに答えられるよう、パソコンを開いている。
 私もすぐにヘルプできるようにパソコンを開く。


 ナースステーションの場所だけ電球の明かりがついている。
今日はナースコールも少なく、不穏で暴れている患者もいない。
薄暗く静まり返っているからなのか、緊張感が強まる。
 私は自分の患者のカルテ記事を書いているフリをしながら、横目で望美を見る。
普段はふざけたことばかり言う子が、真剣な目でペンを持ちメモしている。
集中しているからか、私の視線に全く気が付いていないようだ。
白く長い指でボールペンをカチカチとしている。多分、あれは無意識にやってる。学生時代にファミレスで一緒に勉強していた時も、集中し始めるとペンをカチカチしていた。
望美の切れ長な奥二重目が大きく開いている。
数秒伏し目になった後、望美の心の準備ができたのか、ピッチのボタンを押して盛岡ドクターに電話をかけ始めた。

 病棟が静まり返っているから、電話音がこっちまで聞こえる。
 静かなせいか、私とベテラン看護師にも少し緊張が走る。

 盛岡ドクターが電話に出て、望美は患者さんの報告をし始めた。
望美は滞りなく、丁寧な報告をした。
しかし盛岡ドクターから返事がない。
望美が報告し終わってから5秒ほど経った。

望美:「あの……。先生…?」
この無言は何だ。
((なんだ?!何か判断ミスったか?!))
ドクターから望美への無言の圧力なのか?
私とベテラン看護師先輩もソワソワし始める。

10秒ほど経過した。
何か、電話越しに小さい声が聞こえる。
(家族と一緒にいたのかな?)と先輩と私は小声で話す。
また10秒ほど経過。
望美がピッチを耳に当てたまま、私と先輩を見る。
3人で無言で首をかしげる。少し口元を緩ませながら。
先輩は(何も言わず待とう)と、望美にジェスチャーしていた。
望美も少し笑っている。
だが急に真面目な顔になり、望美は私達と目線を外しピッチに耳を強くあて始めた。


盛岡ドクター:「僕は……、〇〇さんと不倫しています…」
((は?!))
ナース3人で固まる。
〇〇さんとは、同じ外科病棟の看護師だった。
37歳のおしとやか系の美女ママナース。
望美:「へぇっ…!?」
望美は変な声が出た。
私と先輩は口を大きく開けて、手で口を押さえている。マスクをしているのに。
先輩は勢いあまって私の腕を掴んできた。先輩の顔を見る。
この人、目がすごい笑ってる…

盛岡ドクター:「◯月から、不倫しています…」
望美:「…へっ…。よ、様子、観察で…いいですか…?」
盛岡ドクター:「いいです」
望美は電話を切った。
私と先輩は電話が切れるまで開いたままだった口から、
「ギャーーー!!!なになになに!?今のなにーーー!?!?」
と叫んだ。
え、何が起きた?!なんでいきなりの不倫告白?意味が分からない。しかもあの怖い盛岡ドクターが!?しかも同職場かよ!やばいやばいやばいよ!
といった感じで色々と感想が飛び交った。
 望美はというと、驚きすぎたのか神妙な表情だった。
望美とは学生時代からの付き合いなのだが、こういった話は苦手だっただろうか…?

「望美、びっくりしたね」
望美:「…うん。いや、なんかさー……」
何か歯切れの悪い表情の望美だった。
暴れ倒していた先輩も、雰囲気を読み静かになった。

望美:「いや、電話中さ、他の男の声も聞こえたんよ。『言えよ。俺は〇〇さんと不倫してるって言え!』って聞こえた。耳すましたら、女の人の声聞こえた。これって、不倫がバレた現場だったんじゃね?」

 途中から真面目な表情になり電話に耳を強くあててたのは、このためだったのね…。

 〇〇ナースにも、夫と子どもがいる。
多分2人はW不倫というやつで、楽しんでいたのだろう。
だが、それが何かしらのきっかかでバレた。
W不倫バレた後の会議真っ最中だったのだ。
あろうことかその会議中に望美は電話をかけてしまったのだろう。
〇〇ナースの夫が怒り奮闘中にだ。
夫が盛岡ドクターの立場を悪くさせるために、不倫告白を強要したのだろう。


数分後、盛岡ドクターから連絡があった。
盛岡ドクター:「さっきの報告、もう一回して」
望美は同じ報告をした。
あんなことがあったのに、望美は滞りなく報告し、「様子観察でいいよ」と返事がきて電話を切った。

 いつも通りに仕事をしている盛岡ドクターを見て、私は少し盛り上がったことに罪悪感を感じた。
「この出来事は、私達3人の胸の内にしまっておきましょう」
と私は言った。
望美と先輩は真剣な表情で深く頷いた。


 夜勤が明けて、私はそのまま彼氏と旅行の予定だった。
早々に帰宅しシャワーを浴びた。
(今日は凄い夜勤だったな…)
彼氏と待ち合わせて一緒に新幹線に乗る。
3人の胸の内に秘めようって私が言ったというのに、どうしても誰かと共有したくて堪らなくなった。
彼氏は医療関係者ではないし、私の職場と全く接点ないからなー…。いっか!
思考の鈍っている夜勤明けに、あったことを全て彼氏に話し、旅行の始まりは大いに盛り上がってしまった。
 だが冷静になると、一抹の罪悪感…。
彼氏には「誰にも言わないように」と何度も伝えた。


 休日が終わり出勤すると、
「あー!待ってたよ〜」
と同僚達がニヤニヤしながら声をかけてきた。
なんだ?と思ったのは一瞬。
あ、言いやがったな。どっちだ?望美だな!あんな真剣な顔で深く頷いていたのに、早速喋りやがった!あ、私が彼氏に喋ったのは黙っとこ。

 私が夜勤明けに先に帰った後、望美と先輩は2人で吹聴して回ったようだった。
もう他の科の病棟にまで知れ渡っていた。
 一応、2人から言い訳を聞いてみた。

先輩:「あの出来事を私だけの心に留めておく土俵は…、私にはなかったの…」
望美:「え、言うっしょ。人生でこんな体験できたんよ?上手くやらんかった先生と〇〇さんが悪い」

 盛岡ドクターはというと、全然いつも通りに仕事をしていた。
そう振る舞っていただけかもしれないが。
 老人ドクターが、「ドクターは家庭を2つ以上もってこそ一人前だ!」と言っていたことを思い出した。
 まあ正直、看護師の私からしたら、仕事さえしてくれればプライベートは何だっていい。

 話し合い(?)で解決したのか、2人とも離婚はしなかったようだった。
だが〇〇ナースは別の病院に転職した。
 まあ、盛岡ドクターが気まずいを理由に転職するような人ではなさそうだし、致し方ないのだろう。そもそも医局の問題があるから〇〇ナースが転職することでまとまったかな?

あの日の夜勤のメンバーが違ったら、噂にならなかったか、もう少し緩やかな噂話で済んでいたかもしれなかったのだが、相手が望美だったのが災難だった。いや、やっぱりバレるようにやったのが悪いかな。
病院という狭くて暗い城で、こういったピンクな噂話が広まらない訳が無いのだ。みんな待っているのだ。こういう出来事を。自分には被害が及ばない場所で起きてくれるのを首を長くして待っている。こういった者達の餌食にならないようにしよう。

(私も含め)世の中、下品なやつでいっぱいだ!




いいなと思ったら応援しよう!