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彼女は、看護学校卒業時に5万円を巻き上げた

 看護師専門学校の3年生。卒業式の1ヶ月前。

 クラスは40人。
男子は1名だけで、ほぼ女子校のようなもの。

 卒業する頃には入学時と比べて10人ほど辞めて減っているのはよくあることだ。
しかし私のクラスでは卒業までに辞めた子は1人だけだった。
 辞めるのを見越して学校側は40人採ったのに、なかなか辞めなくて先生たちは少し困惑していた。
翌年の採用人数が減っていたのは、少し申し訳ない気持ちになった。
 なぜだろうか。
私のクラスの女子たちはメンタルが強いというか、図太いというか、負けず嫌いが多かったのかもしれない。

 図太いというと、私は望美を思い出す。

 望美は、"なんだかほっとけない、つい見てしまう存在"ってやつだった。
 望美は容姿端麗。
美女だが可愛い系にも見える。
笑うと八重歯が可愛い。
身長は172センチあり、細身。
なのに出るところはしっかり出ている。
 20代の女子が憧れる体型そのものだった。

 望美の何が図太いって、中身だ。
次の日が授業がみっちり入っていても関係なく夜遊びをする体力も気力もあるし、赤点とっても全く気にしていなかった。
 私はこの学校で人生初の赤点をとり、泣くほどのダメージを負っていた。
忘れもしない、皮膚科のヒョロい男の先生のテストだ。
 こんな私の横で望美は毎度のように赤点をとり、楽しそうに全力で遊んでいた。

 というのも、望美は看護師になりたくて学校に入ったわけではなかった。
犬が大好きで、トリマーになりたかったのだ。
 だが母親に「看護師の資格をとったらその後は好きにしていい。いいから資格だけはとってこい」と言われ、この学校の寮に入れさせられた。
 望美の口癖は「私の将来の夢はトリマーだから」だった。
一見不真面目に見えるかもしれないが、看護専門学校に来る子の半分ほどは望美のような動機だった気がする。
 "資格持っていると安定しそう"、"お金がある程度もらえそう"、"社会的信用度が高そう"
こういった理由で入学してきた子は多かった。
 だから望美が特別に、悪目立ちしているわけではなかった。

 この学校が建っている場所は、一流企業の城下町と呼ばれている地域だ。
だからクラスの女の子の中には、プチお金持ちの娘が沢山いた。
 寮に入るような子は、城下町から距離のある田舎者達で、プチお嬢様とは真逆だ。
 私も望美と同じの、寮の田舎組だ。

 入学当初は、プチお嬢様達と田舎組で格差が起こると思っていたが、むしろ逆だった。
 プチお嬢様たちは、望美の言うこと、することに興味津々。

 望美は突拍子もなくクラスの中心でコンパニオンのバイトの募集をかけ始めるのだが、そうするとワラワラとプチお嬢様たちが寄ってくる。
 親が厳しいから参加することはないのだが、やはり興味はあるようで、概要だけ聞きに来る。
 後日談もしっかり隅々まで聞いて、とても楽しんでいるようだった。



 この日は、卒業も間近になり名残惜しい気持ちがあるのか、授業が終わっても残っている子が沢山いた。
 私もその1人で、望美を含む5人ほどの女子で会話を交わしていた。
そこで望美がまた突拍子もなく質問してきた。
「みんな、実習で着てたナース服、どうする?」
(どうする、とは??)
望美は友人たちにナース服を捨てるか捨てないのか、という質問をしたいのだろうか?
皆が黙る。
他の女の子達もきっと、私と同じようなことを考えていて、口を開かないでいるのだろう。

 何かこの後、面白いことを望美が言う予感がする。
だがこういう胸踊る予感がした時こそ、極々普通の言葉を言わなければ。
ニヤける口元をしっかりと締め、私は聞いた。
「実習中しか使えないナース服だからねー。捨てるか、後輩にあげるよねー」
「もし売る人いたらさ、高く買ってくれる人紹介するから言って〜」

やっぱりな。
また望美が何やら面白いものを見つけてきた。

 一緒に話していた女の子達の声量が上がる。
「えー!!なに?売るって!誰が買うのそんなの!」
「え、え!望美はナース服売るのー!?」

 この声量なら十分だ。
私はクラスの中を見渡し、周りの子たちの目を見る。
(始まったぞ。集合)と、目で言う。

 友人と会話を交わしていた者、ロッカーの整理をしていた者、今まさに帰ろうとカバンを手に取った者。
 みんなが、(よっこいしょ。また望美が新しいネタを持ってきたな。よし、聞きにいくか)といった感じで、作業を一時中断。
ワラワラと望美の周囲に集まってくる。

 皆がそれぞれ望美の話を聞くためにポジショニングについたところで、
「望美、まずは値段から聞こうか」
と聞いた。

「ワンピースタイプのナース服は2万、パンツタイプのナース服は1万で買ってくれたよ〜」

 2万!?
 私は普通の女子。
普通に売らない前提で話しを聞いていた私ですら、少し動揺した。
 なぜなら、ワンピースタイプ1着とパンツタイプ3着を持っていたので、合計5万円。
何もせずに5万円…。
友人と卒業旅行も控えている…。
魔が差すとはこういうことなのだが、、、いかんいかん。今は望美の話しに集中しなければ。

 因みに、我が校が採用している学生のナース服は、いわゆる過去のナース服に近い。
 ドラマや実際の医療現場を見ている人なら知っていると思うが、今はパンツスタイルが主流だし、色は白や紺だ。
首元がVネックになっていても浅いし、動きやすいように横幅にゆとりのある作りになっているし、かなり効率重視だ。

 だが私達の学校が採用していたナース服は薄いピンク色。
ワンピースタイプの丈の長さは膝ぐらいで、下にいくにつれて軽く広がっているデザインだ。
金色の糸で名字を刺繍されている。
式の時しか使わないのに、入学時にナース帽も買わされている。
あの頭にちょこんと乗せている白い帽子だ。
 だからなのかは知らないが、全くもって退屈な式典に、在校生の彼氏やその友人が何十人とよく来ていた。


 「2万!?」
どうやら値段に浮き立ったのは、私だけではなかったみたいだ。
プチお嬢様は目をキラキラしながら聞いている。
「誰が買うのそれ?」
それは決まってるだろ。汚いおじさんだよ。って言いたかったけど、嫌悪の雰囲気より、キャッキャしている女の子を見ているほうが好きだから言わなかった。


 私とまあまあ仲の良い友達が
「ナース服を店に持っていくの?」
と聞いている。
あ、あいつ、、、。
あれは売ると決めた目だな。
少し離れた場所に居るこの彼女の目を、じとーっとした目で見つめ続ける。
「ちょ!なんだよ!見んなバカ!」と、少し下を向きながら言われた。あれは緩んだ口元を隠そうとしている仕草だ。
(あとで話そう)と小声で言い返した。
 この彼女のツンデレ具合が、なかなかに私にとっては刺激的というか、たまらんと言うか、どうやっても自分の心に逆らえない感覚と言いますか…
つまり、彼女の多少のわがままを結局いつも許してしまうのだ。
結果が分かっていても、バカ!と言われたくて追い詰めるような行動をとりたくなってしまう。

 いかんいかん。すぐよそ見しちゃう。今は望美の話だ。


 望美はというと、
「ナース服と写真を郵送すればOKだよ!」
と返事した。

 写真…?
ヤバい単語が出てきた。
流石にプチお嬢様達も困惑した表情だ。
良くない気配がするのは確かだ。
先ほどまでキャッキャしていたプチお嬢様達が真顔になり黙る。
 流石だな。箱入り娘と言えど、ちゃんと警戒心高く生きてる。
なんでもかんでも食いついてる訳じゃないみたいだ。と関心していた。
 プチお嬢様達のこうやって黙るところに上品さを感じる。
普段から言葉を選んで話しているようで、会話もゆったりとしたスピードだった。
これを見栄だと受け取る人もいそうだが、可愛らしかったから私にとってはどちらでもいい。
 入学時はゆったりした会話に違和感があったのだが、卒業時にはもう慣れた。
彼女らと会話する際には、無意識にスピードを落とすぐらいに慣れた。


 さてさて。
こういう沈黙時こそ、田舎者の出番だ。
「写真って、SNSに上げるような写真を送るってこと?」
と私は望美に聞いた。
「違う違う。ナース服着て自撮りした写真を送るんだよ〜」
「全身ってこと?」
「顔隠さなかったら数千円上乗せだったかな?でも大した額じゃないから私は手で顔を隠して送った〜」
「え、写真持ってたり…?」
「あるある〜、これこれ〜」
と言いながら望美は見せてくれた。
 ワンピースタイプのナース服に白い帽子をかぶり、床に座り、体は後ろに少しもたれかけている。望美の長い足は組まれている。
顔は少しうつむいていて、手のひらをこちらに向けるようにして顔を隠している。
確かにこれなら誰だか認識できないだろう。
にしても、この写真、凄くいいな…
てか、ノリノリだな!

 この写真を見て、
「これなら、顔わかんないね…」
と考え込む子。
「いやいやいや!キモいキモいキモい!」
と生理的拒絶反応を示す子。
 プチお嬢様達では想像に至らないような、これを購入するであろうキモチノワルイ人の例を、我がクラスの下ネタ大臣が言った時には
「ギャー!!もう言わないでー!聞きたくない!」
と大騒ぎしていた。
 それを見て、今日も楽しい1日になったと、物思いにふけり帰路についた。

 この話題の結果はというと、クラス40名中4人。
4人、望美の紹介人によりお金を得た。
 細身のモデル体型の子、可愛い系、ギャル系、クールと可愛いの両方を兼ね備えているまあまあ仲の良い友人。この4人がそれぞれ写真付きの使用済みナース服を郵送していた。
 私はというと、ごく普通だ。
普通に生理的拒否反応を示した一人。
 後日、「ナース服 使用済み」で検索をかけてみたが、中古のナース服を看護師が安く買うようなサイトはあるものの、女の子の着用写真付きで売っているような、いかがわしい雰囲気のサイトは見つけられなかった。
望美のその高く買い取ってくれる知り合いというのは、個人で売買をしていたのだろうか?
知り合いがどんな人物か聞いてみたが、「よく知らない」と言われてしまったから、謎に終わった。



 まあまあ仲の良い友人と2人になった時、「変なおじさんが買ってるかもしれないよ?気持ち悪くないの?」と聞いてみた。
彼女は、
「元々捨てるつもりだったし。私の手から離れた時点でこの服は私の所有物じゃない。私のゴミにお金を出すような、クソデブ馬鹿なジジイから金巻き上げたってだけだよ。あはは〜」
と、全く気にしていなかったのだ。


 彼女は看護学校卒業時に、クソデブ馬鹿なジジイから5万円を巻き上げた。




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