和歌を訳す練習をしよう(前編)~大学受験生応援コラム4月
直訳でいい。自分で訳す経験を積むことです
’** 0 はじめに ***
当コラムに目を留めていただき、ありがとうございます。大学受験国語の勉強に資する内容提供を目的として書いています。
今回は久しぶりに和歌を取り上げます。和歌は敬遠する人が多いですが、初めからきれいな訳を作れる人なんていません。逃げずにコツコツ訳す練習を積むことで確実に上手くなる類の分野です。
なお、今回は共通テストの問題ではありません。全2回の予定ですので出典は後編の最後に。
*今回は平安貴族っぽいイラストを拝借しました。
’** 1 栄花物語の一節を取り上げます ***
今回取り上げる古文は、歴史物語である『栄花物語』の一節です。
まずは『栄花物語』の文学史的知識から。
「歴史物語」とは貴族や天皇についての史実を語るもので、武士や戦の史実を語る「軍記物語」とは区別されます。実在した貴族の話が語られていたら歴史物語だと考えればいいでしょう。
成立は11世紀前半、今年は大河ドラマで紫式部の物語を扱っていますが、その時代の少し後です。特徴は、権力者藤原道長を賛美していること。この点で、後の『大鏡』と区別されます。
受験的に覚えるべき歴史物語としては、今回取り上げている『栄花物語』プラス「四鏡」、つまり大鏡、今鏡(以上平安時代)、水鏡(鎌倉時代)、増鏡(室町時代)の5つです。受験生を見ていると、栄花物語を結構忘れています。まあ、四鏡をセットで覚えやすいかわりについ抜けてしまうのでしょう。
’** 2 こんな本文です ***
では、本文です。
藤原公任(ドラマ「光る君へ」にも出てきます)は、娘の死を受けて出家を考えている。生活スタイルや身なりなどはもはや出家した法師のそれになっているが、まだ出家そのものは果たせていない。ある日公任は、たまたまもらった椎の木の実を、妹(注には「姉妹」とあるが、妹だと思われるので、本コラムでは「妹」で統一します)である女御(にょうご、天皇婦人のこと。具体的には花山院の妻)に贈った。それに対して妹は次のような和歌を送ってよこした。なお妹は、公任に出家の意思があることは知っている。
ありながら別れむよりはなかなかになくなりにたるこの身ともがな
この和歌をまず口語訳してみようというのが、今回のテーマです。
’** 3 まずは地の文とのつながりを確かめる ***
和歌は前後の文脈があって初めて詠まれるものです。百人一首などは歌だけポンと示されて「さあ、覚えなさい」などとなりますが、あれとても、その歌が詠まれた具体的な場面状況があります。
そこでまずは前後の物語文(地の文と言う)と和歌とのつながりを確認する必要があります。本文全体の中での和歌の位置づけを確認しなければ、解釈にもずれが生じてしまいます。この作業は最初に必ず行っておきましょう。
内容的な関係も勿論ですが、まずは地の文中の語句が和歌中に用いられていないかをチェックするのがいいでしょう。
今回は分かりにくいのですが、一つありますよ。探してみてください。これか? と思えるものが見つかったら続きを読んでください。
正解は結句の「この身」です。「身」が漢字ですし、「こ」という音で分かりづらくなっていますが、「木の実」との掛詞になっています。「木の実」も「このみ」と読みますよね。公任が妹に贈った椎の木の実のことです。
結句中の助詞「と」もヒントになるかもしれません。この助詞を使っている以上、「この身」と別の何かが並列されるはずです。それは何だ? 和歌を見る限り見当たらない…と考えられたら占めたものでしょう。
以上のことから「この身」の部分は「お兄様から贈られた椎の木の実とこの私(=女御)の身」あるいは「お兄様から贈られた椎の木の実ではないが、この私の身も」くらいに訳すことになります。
’** 4 和歌を五七五七七に分け、各句のつながりを確認する ***
次に、和歌の各句間の関係性を確認します。句切ることについては、大方正解できるでしょう。
ありながら/別れむよりは/なかなかに/なくなりにたる/この身ともがな
ここから、各句のつながりを確認します。これが重要。
初句「ありながら」:「ながら」は動作などが共存する意味を表す接続助詞です。現代語でも「ながらスマホ」などという使われ方をします(ちなみに、現代語では副助詞扱い)。ですので、「あり」と他の動詞がつながるはずです。直後の二句に動詞「別れ」がありますから、こことつながると判断すればいいでしょう。
「別れ」とは、地の文によれば、公任が出家して妹との縁を切ることを述べていると思われます。四句の「なくなり」なども参考にすれば…どんな訳になるでしょうね。
例えばこんな感じでしょうか。ちょっとうるさいくらいの訳にしておきます。太字の部分が出来れば取り敢えずオッケーだとお考え下さい。
★1「私(妹の女御)もあなた(兄公任)も生きていながら→(二句)あなたの出家によって俗縁が絶たれ別れる」
二句「別れむよりは」:「む」はいわゆる推量の助動詞ですが、ここでは文中用法で仮定・婉曲の意味。直後が助詞ですので仮定の訳の方がしっくりくるパターンです(婉曲ではいけないという意味ではありません)。
「より」は比較を表す格助詞です。「別れる」ことと別の動作とを比較するはずです。その動詞を後ろから探すと、もう四句の「なくなり」しかないでしょう。
以上を踏まえると…
★2「(生きていながら)あなたの出家によって俗縁が絶たれ別れるとしたら、それよりは→(四句)この世からいなくなってしまう」
*「なくなり」は初句~二句の「生き別れになる」との対で「死ぬ」の意味と解釈します。そうでないと、助詞「より」を挟んだ比較が成立しません。
三句「なかなかに」:「なかなか」だけでも単語になりますが、今回は「~に」という形で、形容動詞の連用形になっています。元々は中途半端でどっちつかずの状態を表す語ですが、そこから派生してどっちつかずならいっそない方がよいという意味にもなります。「かえって、むしろ」くらいが定訳です。
連用形ですので直後の用言に接続します。これまた四句の「なくなり」しかありません。
★3「むしろ→(四句)この世からいなくなってしまう」
四句「なくなりにたる」:「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形。このニュアンスを踏まえて、先ほどより四句の訳を「いなくなってしまう」としています。「たる」は存続の助動詞「たり」の連体形。結句の「身」にかかります。下の訳では「~ている」の形で入れ込んでいます。
★4「この世からいなくなってしまっている→(結句)この我が身」
結句「この身ともがな」:終助詞「もがな」の訳し方がポイントでしょうか。ある存在や状態を願望する意味を持ち、「~が(で)あったらいいなあ」が定訳。先に書いた「この身」の掛詞も踏まえて訳を作ります。
★5「お兄様から贈られた椎の木の実ではないが、この私の身であったらいいなあ」
以上、★1~5を統合します。
私(妹の女御)もあなた(兄公任)も生きていながら、あなたの出家によって俗縁が絶たれ別れるとしたら、それよりはむしろ、あなたから贈られた椎の木の実ではないが、この世からいなくなってしまっているこの私の身であったらいいなあ
これで110字ほどの訳ができました。もう既にこの世からいなくなっている自分の姿を仮想して、それをもう一人の自分が歌に詠んでいる、という趣があります。
これで終わりにしてもいいのですが、実は今回の設問にはまだ続きがあります。よろしければ次回もお付き合いください。
’** 5 今回のポイント ***
1 栄花物語の文学史的知識=歴史物語、平安時代成立、道長賛美
2 和歌解釈の手順=まずは地の文とのつながりを確認、その後各句同士のつながりを確認しながら口語訳
3 語彙=~ながら、~む、なかなかに、~にたり、もがな
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