小説『闇の調停者』八幡村の怪異 第1章 村の依頼
『闇の調停者』八幡村の怪異
第1章: 村の依頼
俺の名前は幡谷甚五郎(はたやじんごろう)。
胡散臭い名前だろう?よくそう言われる。
それもそのはずだ。
俺は自称「闇の調停者」。誰もが匙を投げた怪異、呪い、死霊、そういった得体の知れないモノを処理するのが俺の仕事だ。
だが、「処理」といっても、すっきり解決するとは限らない。
その場しのぎ、折り合いをつけるだけのこともある。俺自身、それを望んでいるわけではないが、現実は甘くない。
今回もそんな依頼が舞い込んだ。
場所は西日本の山間の村。
村人が次々と怪異に襲われ、すでに十三人の犠牲者が出ているという。
警察もお手上げ、有名な寺の高僧までもが解決できずに去っていった。
それで、最後に俺の名前が挙がったというわけだ。
よくある話だ。世間一般の解決手段が尽きたとき、俺のような者に頼らざるを得ない。
それがどんなに不気味であろうと。
入道雲が山向こうに見え、あたりは8月半ばとは言え、異様な熱気が肌を焦がすが、それ以前に、この重苦しい気配が漂う、八幡村全体が異界に感じられる。
「今回の案件は手強いですよ、幡谷さん。」
村の集会所に到着してすぐに、村長(渋谷)が俺に頭を下げてきた。
人間、追い詰められるとこうも簡単にプライドを捨てられるものだと、改めて感心する。
「犠牲者がすでに十三人。昼間でも死霊が徘徊し、村人たちを襲う。祓い屋も陰陽師も手をつけられなかったんです。」
「それで、俺のところに来たってわけか。」俺は無精ひげをさすりながら答えた。
村長の言葉には怯えが色濃く滲んでいる。
俺の見た目も相まって、きっと俺を信じているわけではないだろう。
西日本心霊研究所なんて大層な肩書きはあるが、まともな人間ならまず信用しない。
そういう意味じゃ、俺のほうが厄介な存在かもしれない。
「さてと、依頼を受ける前にいくつか確認しておきたい。村での怪異の始まり、具体的にはいつからです?」
「…半年ほど前からです。最初は畑で働いていた村人が倒れ、その後次々と…」
村長の話は途切れがちだったが、内容は単純だった。
最初の犠牲者は畑仕事中に突然倒れ、その後、村全体に怪異が広がり、死霊が現れるようになったという。
昼でも徘徊するほどだ。
死霊なんてのは通常、夜にしか行動できないはずだが、この村は違うらしい。つまり、ここにいるのは相当強力なモノだ。
俺はぼろぼろのトランクを開け、中から真っ赤な風呂敷に包んだものを取り出した。
「これを使えば、一時的に静まるかもしれないが…覚悟はできてますか?」
「覚悟…?」
村長は不安げな顔で俺を見つめた。
俺の仕事は常にリスクを伴う。
何かしらの犠牲が必要なのだ。それはこの村にとっても例外じゃない。
「俺がこれからやるのは、死霊を地獄に送るための儀式だ。ただし、その代償は少なくない。副作用も強烈だし、死霊を一掃する代わりに、何かしら他のものが犠牲になることもある。それでもいいなら、やるが?」
「…何でも構いません、どうか、何とかしてください!」
村長とその背後に控える村人たちは深々と頭を下げた。
絶望と恐怖が混じった表情。
すでに彼らにとって、俺しか希望が残っていないことが伝わってきた。
「わかった、じゃあ伝えてくれ。この村の全員に。今から3分間、家から出るな。テレビをつけ、耳を手で塞ぐように。」
村人たちは不思議そうに俺を見たが、何も言わず指示を従った。
俺は外へ出て、トランクから例のモノ――父の生首を取り出す。生首には何本もの釘が打ち込まれていた。
その姿を見て、いつもと同じ感覚が俺を襲う。
父親の生首を道具として使うという行為は、いくら慣れても決して気持ちのいいものじゃない。
「また俺を使う気か…?」生首が口を開いた。
「そうだよ。見てごらん、ここの光景を。」
あたりは夕暮れ。
人影はなく、村全体が黒い霧に包まれているように見える。
霊視などできない俺でもはっきりとわかるほどだ。
この村には死霊が集まりすぎている。夜になればさらに多くの犠牲者が出ることは間違いない。
「どうやら、お前が相手にしているのはただの霊じゃないようだな。」父の声はいつも通り淡々としている。
「そうだろうね。ここには何か、もっと深い因縁がありそうだ。」
俺は父の生首の頭に釘を打ち込む準備を整え、金槌を手にした。
「さあ、行くぞ。何本打ち込めば、お前は成仏できるかな?」
「やめろ、もうやめてくれ…!」
ゴン、ゴン、ゴンッ――釘を打ち込むたびに、生首は悲鳴をあげた。
その叫びは、周囲の死霊を一掃する力を持っている。
しかし、それと同時に、この儀式が引き起こす負の連鎖もまた、村に影響を与えかねない。
黒い霧は徐々に薄れ、やがて消えた。
「さて、問題の祠に向かうか。」俺は生首を再びトランクにしまい、集会場を出ようとした時。
「おい、一体何をしたんだ?」村長が俺に向かって叫んだ。
「あの生首はな、特別製だ。人間の蟲毒だよ。霊魂を吸い込んで力を発揮するが、その代わり周囲に大きな副作用を及ぼすことがある。見てみろ、村の鳥や虫が死んでいるだろう。」
空を舞っていたカラスやトンビ、地面を這っていた虫たちがすべてひっくり返り、息絶えている。
実は、この時外で飼っているペットも死に絶えていた。
主に犬、大型の牛や豚は泡を吹いて気絶していると後で苦情が来た。
「これが代償さ。でも、死者は出なかった。それだけでも良しとしよう、
詳しい説明は、全て終わってからだ。」
夜になると、幡谷は旅館の一室で、今日の出来事を実験研究ノートに書き込んでいる。
すると、隣に置いてあった、古臭い黒いトランクケースから声がする 。
「しかし、お前は酷いやつだ、死んで、また殺そうとするなんなて」 この声は、あの生首の声だ。
「実の、父親を蟲毒に使うとは、さらには、まだ痛めつけるのか、人で無し。」
「自分も、同じようなことしていた報いだ、しっかり、働け糞おやじ!。」
「本当に情けない、もっと違う使い道は浮かばなかったのか甚。」
「無かった、やって見たかったし、父さん、今考え中だから、黙ってくれ。」
「そうはいかん!」トランクケースが開いて、生首が浮かび上がる、
五寸釘が打ち込まれた場所からはまだ血が垂れていた。
「それで、今回はどうするうもりだ。」
生首は幡谷の父(藤次、享年63歳)である、幡谷の顔の周りをふらふら飛んでいる。
「あれだけ、山の神を怒らせたら、収まらないだろうね。」
「あれには、同じぐらいの祟りをぶつけるぐらいしかないかな。」
「そんなもの、容易く手に入るわけがなかろう。」
「いや、すでに持ってる連中がいるじゃないか、父さん。」
「確かに、居たな、でも簡単には手放さない。」
「簡単だよ、それを使わざる状況まで、実験を続けるのさ、僕が勝つのか失敗してさらなる阿鼻叫喚が、最後の救いの手を差し伸べるまで楽しい時間の始まりだよ。」 幡谷は嬉しいのか満面の笑みを浮かべた。
「結局、今回もお前の実験を試すために、使われるのか、この村の連中が不憫でならないな。」
この村には、いくつもの謎と怪異が溢れている。
次は、あの怪しい連中が崇める祠を調べるとするか。
父に、憑りつく怨霊でも放り込んで、様子でも探ろうか?
続く
次回、第2章 祟り神崇道天皇対祠の密教神