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便利屋 箱男

人は、都合が悪いと、それ自体を隠そうする。

見て見ぬふりならまだしも、人目に付かぬよう隠してしまう。
時に、それは箪笥の中、机の引き出し、押し入れ、屋根裏、縁の下
物置小屋、そして、箱の中にしまい込む。

臭い物に蓋をするという、言葉があるが、残念ながら
これは、物だけではない、人間も当てはまる。

臭いにおいを放つものがあったら、そのにおいを封じ込めようと蓋をすることがあるでしょう。

しかし、悪臭の元を絶たない限り、そのにおいが消えることはありません。

このことが転じて、悪い行いやよくない噂が他に漏れないよう、一時的にごまかそうとする態度を表す例えが、臭い物に蓋をするという。

恐ろしい事に人は、病気を持つ人、老人、子供ですら、精神的に問題があると世間には晒したくない、恥ずかしい、煩わしい、情けないなどの感情を持つ人いる家では、昭和の頃まで、そのような弱者を閉じ込めるための座敷牢が、世間の目を隠れて存在したのもまた事実。

犯罪を犯した人、特に人を殺めた人が、自然と被害者の遺体をバラバラにする行為は、誰でもやってしまう行為の一つと考えられている。

さて、隠す動機は色々ある、隠す場所もいろいろある。

時に、自分の秘密を隠す、時にそれは怪異を起こす、または怪異を起こすために行われる、有名なものにコトリバコ、または、歩き巫女が持っていたとされる、外法箱などがある。

そして、江戸の終わりに、箱を使って商売をする怪しい連中が現れた。

知る人ぞ知る裏社会ではこう呼ばれた、「便利屋 箱男」
この令和の時代にも、便利屋は必要とされている、そんな話をしよう。

ある日、引っ越ししたばかりの一軒屋で、深夜、寝室で寝ていた
吾妻五郎28歳は、何やら奇妙な声が聞こえて目を覚ました。

時期は、7月半ば、連日の猛暑に加えて
経済的に厳しい、吾妻はエアコンを用意することが出来ず
扇風機のみの暮らしを余儀なくされていたため、
目を覚ました時は、汗だくで、奇妙な声よりも
喉の異常な乾きに、水を求めて台所に移動した。
築50年以上、6畳が二間に2畳ほどの台所、救いはトイレと風呂は別の平屋である。
水道の蛇口をひねり、コップに水を注ぎ、一気に飲み干す。
一息ついて、台所から、先ほど声が下あたりを見てみると。

自分の寝床の真上の天井から、長い女の髪のぶら下がっているように見えた。
ただ、その部屋の明かりは、消えて月明かりわずかに指すだけなので
ハッキリしない。
しかし、吾妻は幽霊の類を一切信じないから、行動は早かった。
さっと、部屋の照明を点け、天井を眺めたが、昔ながらの板張り天井の雨漏りの染みか何か分からない、全体的に白ボケしている、恐らくカビだろう、
「つまらん!」の一言で、照明を消して、寝転がったが
妙に、寝苦しい、暑さのせいでないことがわかり
パッと目をあけると。

目の前に、天井から、逆さまに老婆が長い髪をぶら下げ、こちらを向いている、その両目は空洞で真っ黒だった、と証言している。

その後、体調を崩して寝込んでしまうが、夢の中には、あの老婆が出て来て盛んに歯の無い、しぼんだ口元を動かし、何かを言っているようだった。

その後、気を失った吾妻は、翌日の昼前に目を覚ました。
ハッキリと覚えていると、興奮気味に親友に話した。
それから、毎日現れる、日に日に吾妻は精気を失って、別人のようにやせ細った。

あいつを、あの老婆を何とか出来ないのか、
すると、玄関が数センチほど開いた、そして、チラシのようなものが入って来た。
大きさは、掌ほどの小さいもの、ただ紙質が悪い、藁半紙である。
そこに掛かれていたのは、特売、何でも箱にしまいます。
便利屋箱男、要らない家具、家電、悪友、上司に部下、親兄弟、幽霊、生霊、貧乏神まで
箱に入れて、以下用にもいたします。鑑賞用、或いは食用、それとも完全にこの世から消すことも可能です。
嘘か誠かこのチラシを受け取ったあなたは特別料金、金壱萬でお受けいたします。
と筆で書かれいる。
連絡先は、携帯の番号が掛かれている。

怪しすぎる、しかし、悩みの種はあの老婆で幽霊だ、
同じぐらい怪しいではないか
このままでは、頭がおかしくなりそうだ、
吾妻は、深く考えることなく、携帯でチラシの番号に電話した。

「はい、便利屋箱男です、」若い男の声だが声が小さめで、自然とこちらも釣られて声のボリュームがさがる。
「本当に、何でも出来るのか?」
「はい、何でも箱に仕舞います。」
「じゃあ、幽霊を箱にしまって捨ててくれないか。」
「お安い御用でございます、本日お伺いしてよろしいか?」
「助かるよ、ああそうだ、俺は家に居た方が良いのか?」
「確実に、幽霊を箱に入れるところが視たいなら、おられても構いません
ただし、他言無用、このことは誰に喋らないのが条件です。」
「わかった、是非頼む。」
「了解しました。幽霊一体箱仕舞の上、処分承り也。」
そう言って電話が切れた。

便利屋箱男が来たのは深夜1時過ぎだ。
玄関から、「遅くにすいません、箱男でございます、箱に依頼のモノを仕舞いにまいりました。」
待ちに待った吾妻は、「遅いぞ」と声かけたが
まるで、時代劇から抜け出た、町商人姿で、顔には能の面を被った男が手ぶらで立っていた。異様な気配を漂わせていたため、どうしてそんな格好なのか聞きも漏らした。
「まだ、出る時間でもありますまい。」
出る、そうだ、あの老婆の霊は深夜2頃の現れることを吾妻は、思い出した。

では、早速と言って、どこに出るのか分かるのか
箱男は、部屋の真ん中に正座をして両手を掌を上に合わせて構えると、「祓い給え、清め給え、、仕舞い給え、」唱えると、
黒い四角い塊が、箱男の掌から、ゆっくりと浮かびあがって来た。
ただ、その箱は真の黒色、光の反射が一つもなく、まるで穴が開いているかのように見えるのだ。箱男の白い手が下に触れているから四角だと思う事が出来るほど見た事がないものだった。

そして、それに合わせて、部屋の空気が冷たくなり、背筋がゾクゾクし始めると、あの老婆が天井から逆さまに長い髪を垂らして出て来た、両目が真っ黒な老婆が、見えているのか黒い箱を確認したように見えた時、箱の上部、蓋らしきものが開いたのだ。

すると老婆の幽霊が、するすると箱に入っていった。
箱の蓋が閉まると、箱男は、「依頼はこれで達成いたしました。」
と言って、吾妻の方に手を差し出した。
まるで、手品のように黒い箱は消えていた・
「お代金を」
吾妻は、慌ててテーブルの上に用意していた1万円をその手に置いた。箱男は、1万円を無造作にがま口にしまい込むと、懐に手を入れ
紙切れを吾妻に渡した。
領収書である。代金金壱萬円也、箱仕舞料、名前ではなく、桔梗屋と屋号が書いてあった。

領収書を眺めている間に移動したのだろう。
もう、玄関の外から、少しだけ隙間を開けて
「だんな、決して今日あった事は他言無用でお願いします。」
と聞こえたと同時に姿が見えなくなった。

夢か、幻か、便利屋が幽霊を箱に仕舞って帰って行った。

翌日の夜から、老婆の霊は出ることはなかった。
ただ、手元に残った領収書は残っている。
あれは、本当にあったとしか言えない。

人は、隠し事が得意なものと、そうでない者が居る。
吾妻は、2度箱男に出会うことになる。

 終わり

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