私は運動ができない(スケート)
「今度の日曜日、スケートに行こう」
「私はスケートをしたことないんだけど」
「大丈夫、私も滑れないから」
10代の頃、私はスケートに誘われた。
スケートと聞いた時、テレビの映画劇場で観た「ある愛の詩」を思い出した。
貧しい女の子が、ウルトラリッチな男の子と出会い、スケートリンクで手をつなぎ、笑いながらスケートリンクの中を歩いたり滑ったりするシーンがある。
そういうシーンから、私はどこかにスケートに対する憧れがあった。
そして私たちはスケート場に行った。
スケート靴をレンタルしてスケート靴を手にしたとき、私は初めて知った。
スケート靴には歯が縦に一本しかない。
下駄が前後に歯が二本あるように、スケート靴っていうのは左右に二本の歯があるものだと思っていた。
下駄は二本の歯があるから平衡感覚がとれて歩けるのである。
もし下駄の歯が一本ならば私はひっくり返ってしまう。
スケート靴をはいた時点で、もうすでに怖かった。
私はなぜか表面では平然とした態度をとり、内心では、こけないようにと考えながら友人の後をついていった。
当然のことながら、スケートリンクは氷でできている。
氷の上を歩くと滑る。
「最初は手すりを持って歩いたらいいから」
と友人から言われ、私は友人の後について手すりを持って回った。
途中で、スケートリンクの中で手すり越しにリンクの外側でいる人たちと話をしている光景に出くわした。
友人は、滑ることはできないようだが、歩けるのである。
手すりの中と外で話をしている人たちをよけて、リンクの中を歩いて先に行ってしまった。
手すりを離すことができない私はそこから動けなくなってしまった。
手すり越しに話をしている人たちは話に夢中になって私に気づかない。
仕方がないから、私は氷の上を四つん這いになってハイハイしながら移動した。移動した後、すぐに手すりにつかまり再び歩き出した。
手すりを持って歩いていても、まったく楽しくない。
かといって、手すりを離すのは怖い。
まず、氷の上を歩くのが怖い。
スケート靴の歯が二本あればいいのに。
手すりを持ってリングを何周か回って、ふと見ると、友達は滑っていた。
いつの間に滑れるようになったのか?
私は何時間もの間スケートリンクの中でいたが、したことといえば、手すりを磨くか、四つん這いになってハイハイして移動するかである。
「最初はみんなそんなもんだから」
友達はそう言った。
そこで映画「ある愛の詩」である。
私はスケートリンク使用料およびスケート靴レンタル代と合わせて安くはない金額を支払った。
あの映画の女の子は貧乏であったのだが、頻繁にスケートに行っていたとは思えない。
なぜにあの女の子は男の子と手をつなぎ、笑いながら氷の上をすべることができたのだろうか。
映画というものは所詮嘘っぱちの絵空事にしか過ぎない。
そして、テレビのニュースにしても美しい部分しか見せないから
「〇〇のスケートリンクは今シーズンの営業が開始されました」
と報道しながら、笑いながら滑っている人々の映像しか流さない。
氷の上で四つん這いになってハイハイしている人をテレビ画像で見たことがない。
あれから何十年も経過した。
そのスケートリンクはいつの間にか閉鎖され、解体され、今となってはどこにあったのかも定かでなく、過去の幻影となってしまった。