エッセイ|クマの耳飾り
もう10年ほど前だろうか。
当時学生だった私は、クマにハマっていた。
クマのTシャツ、クマのパーカー、クマのバッグ…
とにかくなんでもクマがよかった。
ある日、メルカリで心惹かれる物に出会った。
にっこり笑った、クマの耳飾り。
当時はクマの耳飾りなんて珍しかった。
相当古い物のようで、少し色褪せていたことも
心惹かれる一因となった。
掲載された写真には、
手の平にちょこんと乗せられたクマが写っていた。ちょっとピンボケ気味。
きっとメルカリに慣れていない人なんだろう。
どうしようか、悩みながら商品説明を読んでいると
ふと、最後に書かれた一言に目が留まった。
「とても大切なものですが、手放す決意をしました。
大切に使ってくださる方に、お譲りしたいです」
私は少し考えた。大切にできるだろうか。
この人の分まで、クマを大切にできるだろうか。
私は、この顔も名前も知らない女性が
優しい眼差しで、手の中のクマを見つめている姿を想像した。
どうしてこの人は、
そんなに大切な物を手放そうと思ったのだろう。
*
1週間ほど考えて、私は購入ボタンを押した。
大切にしよう。落として無くさないように気を付けよう…
そんなことを考えながら、私は定型文のように
「購入させていただきました。よろしくお願いします」
とメッセージを送った。
ところが翌日、思わぬ返事があった。
「ごめんなさい。配送の準備をしていたのですが
やっぱりどうしても、手放せなくなってしまいました」
私は思わず「えっ」と声を出した。
怒りではなく「何があったのだろう?」という心配だった。
そのままメッセージを読み進めた。
「実はこの出品自体、取り下げようかずっと悩んでいました。
この耳飾りは、主人が若い時に贈ってくれた物なんです。
主人からの、初めての贈り物でした…」
「結婚後もずっと大切にしていましたが、
私は病気を患っておりまして、あまり長くありません。
誰かに使っていただければと、今回手放すことを決めました」
「でも、やっぱり手放すのがつらくなってしまいました。
まだ持っていたいと思ってしまいました。
今回はキャンセルさせていただけませんか。
折角気に入ってくださったのに、本当にごめんなさい」
私は正直、残念というよりも安堵のほうが強かった。
そんなに思い出の詰まった大切な贈り物を
この夫人以上に大切にできる人なんて、きっといないだろう。
私はこう返事した。
「気にしないでください。キャンセルで大丈夫です。
ご主人との思い出が詰まった、大切なものなんですね。
きっとあなた以上に、その耳飾りを大切にできる人はいないと思います。
どうか手放さず、大切にしてください」
私は取引をキャンセルし、そっとスマホを置いた。
気持ちは晴れやかだった。
このクマの耳飾りは、今までずっとこの人と共にいた。
きっとこれからも、この人と添い遂げるだろう。
本当に大切なものは、手から離れようとする時に
初めて気が付くのかもしれない。