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医療機関の経営改善事例研究01
1.医療機関の経営改善の必要性
医療費削減の外圧の中、医療機関の経営環境は厳しさを増しております。
私が携わっている医療法人の会計監査の現場においてもそのことはひしひしと感じます。
会計監査の現場以外でも、医師の友人と話をしていますと、ここ京都だけでなく例えば岡山でも、あるいは茨城でも医療機関の経営環境がとても厳しいという状況が聞こえてまいります。
2024年10月11日に四病院団体協議会から財務大臣宛に「病院への緊急財政支援についての要望 」がありました。これは医療機関の経営環境の悪化が日本全体の問題であることの現れと理解しております。
そしてこの要望を受けて2024年度補正予算において「医療施設等経営強化緊急支援事業実施要綱」が盛り込まれ、2025年2月12日にその実施要項が厚労省より発出されました。https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_51451.html
まさに緊急に支援策が実施され、医療機関に対する一定の財政的支援が用意されたところです。とはいえ、日本の医療費の財源は無尽蔵ではなく、その点では、医療機関の側でも経営管理・採算管理体制をより強化する取り組み、あるいは経営改善策の立案・実施、が今後求められるのではないか。そのように私は考えております。
2.厚生労働省「医療施設の経営改善に関する調査研究」報告書
ここで、厚生労働省の平成29年度医療施設経営安定化推進事業において作成された「医療施設の経営改善に関する調査研究」報告書(以下「報告書」と記載)が参考になると思われます(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000203846_3.pdf
)。この報告書において、200床未満の中小病院及び診療所における経営改善の好事例が紹介されています。事例としては少し古いかもしれませんが、目下、経営改善を喫緊の課題としておられる医療機関の皆様にとって、具体策の立案にあたり役立つ点もあるのではと考えております。本稿においてこの報告書から事例をご紹介いたします。
3.中央林間病院(神奈川県・109床) – 総合力強化による経営再生
概要: 神奈川県大和市の中央林間病院(一般病床109床)は、かつて経営悪化に陥りましたが、2012年頃から地域経済活性化支援機構(REVIC)の支援も受けて経営改革に着手しました。その後、急性期医療への特化や新サービス開発により収支が改善し、社会医療法人の認定も取得しています。
具体的な経営改善策:
収益向上策: 救急医療体制の強化による救急患者受入の拡大、および内視鏡センターの新設による消化器診療の充実を図りました。
コスト削減策: 複数施設で医療材料を共同利用・在庫共有する仕組みを構築しました。近隣の病院・診療所計5施設と連携し、使用頻度の低い手術用手袋や透析ダイアライザーを共同管理することで無駄な在庫コストを削減しました。
経営体制の改革: メディカルスタッフを診療部から独立させつつ、地域医療連携室が各部署を横断的に見渡せる管理体制に変更し、入退院を円滑に進めることができる体制を構築しました。
患者数増加策: 24時間対応の救急体制を整備し夜間受入を積極化するとともに、地域の医療機関との連携を強化しました。その結果、手術症例数や救急入院が増加し、地域からの患者紹介数も伸びました。
結果・成果: 経営改革の結果、わずか1年で収支が改善し黒字転換に成功しました。それ以降も安定経営を維持しています。診療報酬の算定率向上により医業収入が増加し、地域からの患者受入拡大で病床稼働率も向上しました。また、社会医療法人の認定取得により地域医療での信頼性が向上しています。
(以下、私が特に注目したポイントです)
注目ポイント1:理事長のリーダーシップが明確(報告書P20)
診療科目のポジショニング再検討に際し、理事長自身が消化器外科医であること、また消化器系専門の医師が多いことから、診療領域を消化器に絞ることも検討されました。しかし理事長は、長い目で見て高齢化により消化器疾患のみの患者が減少することを見込み、全人的に診療できる”小回りの利く医療”体制が望ましいと考え、これを明確に示し、実行に移しました。
(リーダーシップはその方向性のいい・わるいより、それを明確に宣言するかしないか、の方がはるかに重要です。)
注目ポイント2:救急受入れ状況を可視化するための工夫(報告書P21~)
救急車からの入院要請を受けた際の記録をきちんと様式化し、かつ受入不可となった場合の理由をチェックボックス方式で明確に記録し、実績情報を蓄積。あとで分析し救急受入実績を向上させるための方法立案に役立てました。この救急車要請記録の様式はこの報告書に掲記されています。
(ボトルネックを数値で可視化することは一般的な取り組みかもしれませんが、これを徹底しかつ改善(救急受入件数増加)にまで結び付けている点がとても素晴らしいと感じました。)
注目ポイント3:財務情報の共有方法(報告書P25)
簡易な財務情報を、KPI(会計数値以外の、経営状況を把握するための指標)とともに全医師と全部署長に共有。更に数字に対する関心を高めるためインセンティブ制度を導入(満床(1日でも)、入院180人、稼働率94%のいずれかの条件を満たせば全職員(非常勤も含む)が対象)。
(単に会計実績値だけ開示しても「だからどうした」とリアクションが薄く改善に結びつかないことが多い印象です。インセンティブ制度が特定部署ではなく全社を対象としている点が、改善へ向けた一体感の醸成に結びつき、改善計画の実効性を高めている印象です。)
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4.経営改善待ったなし
日本公認会計士協会から平成30年2月20日に出された「早期着手による事業再生の有用性について」(https://jicpa.or.jp/specialized_field/20180220ftd.html)に以下のような図が示されています。
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この図から読み取りたいのは、経営改善は②の段階まで状況悪化してから着手すると伝統的な事業再生(私的整理や法的整理という大手術)を伴い且つ回復水準も元通りとはいかない一方、①の段階で早期に着手できれば大手術によることなく且つ回復水準も元通りに近い、ということだと思います。まさに「早期発見・早期治療」でしょう。
ところが、多くの経営者は、①の段階では「まだいけるだろう」と楽観的に考えてしまい、危機感を持つことができない印象です。なので①の段階を何もできぬまま通り過ぎてしまいます。経営者が無視できない自覚症状が現れるのは②の段階で、実は既に時遅し、残された治療方法は痛みを伴う大手術だけです、ということが、残念ながらとても多いです。
経営改善策は、手を付けることができることから、とにかく始めることがとても重要だと思います。本稿がその一助になれば幸いです。ひきつづき、この報告書から事例をご紹介できればと考えております。
最後までお読みいただきありがとうございます。