レオナルド・タツヲ・フヂタ

うまく…踊れない…

レオナルド・タツヲ・フヂタ

うまく…踊れない…

最近の記事

TOKYO BIZARRE CASE(第二十五話)最終話

Ψ  空の青さにたじろいだ。顔の上に掌で、ひさしを作った。  天蓋然と頭上を覆う森の木々は、隈取り濃い影を地面に落として、森と砂浜との間に、彼岸と此岸の境界めいた線をくっきりと焼きつけている。我知らず、和泉は足を踏み出すのをためらった。  雲ひとつない蒼穹はどこまでも高く、高すぎてかえって奥行きを失っている。じっと見ていると眩暈をもよおしそうな、のっぺりとした青。中ほどには太陽が白熱している。その陽射しをまともに反射して、足元の砂浜もまた白く輝いている。  沖の岩礁まで続く内

    • TOKYO BIZARRE CASE(第二十四話)

      α  八咫坊たちからわずか数十メートルの近傍、時刻にすると死闘が始まる少し前のことである。  〈それ〉は唐突にやってきた。  ざわざわと膚が粟立つような不穏な気配が、猛り狂った激浪めいて一気に押し寄せ、少年を呑み込んだのだった。それまでとは比べ物にならないレベルの、吐き気をもよおす悍ましい瘴気に一瞬、意識が押し流されそうになる。奔流のような衝撃を寸でのところでなんとか堪える。  少年のいる給水塔からわずかでも踏み誤れば、三十階下の道路まで真っ逆さまに吸い込まれてしまう。間違い

      • TOKYO BIZARRE CASE(第二十三話)

        Δ (いったいなにがどうなってるんだ!?)  颯太は、前方の光景に呆然となった。  バラバに呼び出されて、りんかい線の東京テレポート駅を降りてみればそこは、思い描いていたような大人向けの遊び場とは程遠いありさまだった。  辺りは生臭く黄色味がかったような靄で満ちている。それどころか、街のそこここ、歩道やビルの壁や街灯にドロドロとした黒い物体が貼りつき、わだかまり、蠢いている。地獄のような光景だった。  さらにーー。  首都高速湾岸線を含む何本もの道路を跨いだ大型歩道橋、そのお

        • TOKYO BIZARRE CASE(第二十二話)

          †  大量の海水を飛沫に変え、ゴーレムが上陸する。水際の遊歩道にその巨大な脚が踏み下ろされると、金属製の手すりがグシャグシャに潰れ、舗道のコンクリートに亀裂が走った。その轟音が静寂を切り裂いてあたりに響くが、耳にする者は今夜はいない。  もう一歩。  さらにもう一歩。  ゴーレムが前進するたびに地響きがして、四本の腕で靄がかき回された。ビルと遜色ない巨きさの体躯から、ヘドロやゴミが零れ落ち、たちまち水の広場公園は惨澹たるありさまになった。  バラバは我知らず顔をしかめた。濃い

        TOKYO BIZARRE CASE(第二十五話)最終話

          TOKYO BIZARRE CASE(第二十一話)

          †  黒々とした東京湾の水をかきわけ、巨大な影が夢の島からお台場へと接近しつつあった。  歪なヒト型の巨人は、バラバによって駆動させられているゴーレムだ。ヘブライ語で「胎児」を意味するこの怪物を、バラバは夢の島のスクラップを材料にして造り上げた。金属と埃と土、それにプラスチックを少々。  ゴーレムの左肩に乗るバラバの傍らには、真っ直ぐな瞳のマリア。口元はいつになく厳しく引き締まり、蒼ざめた頬は冷たい海風のせいばかりではあるまい。 (ーー死なせたくない。)  バラバは痛切に思う

          TOKYO BIZARRE CASE(第二十一話)

          TOKYO BIZARRE CASE(第二十話)

          卍  忍び込むのはたやすかった。  深更、世田谷区の住宅街にひっそりと紛れるようにある寺の境内に、八咫坊は屈み込んでいる。  二メートルほどのコンクリート塀を乗り越え降り立った場所は、ちょうど大きな楠の下だった。家々の明りと街灯で夜空は存外に明るかったが、木の下闇は、八咫坊の巨体を隠すのにも充分な暗がりを孕んでいた。  塀の上には侵入者用のセンサが備え付けられているが、この場所だけは、張り出した楠の枝葉を伝って壁の内側へ侵入することが出来るのだ。  息を殺す八咫坊の先に、二つ

          TOKYO BIZARRE CASE(第十九話)

          Ψ  加藤和泉と友成水城が岡崎宏の自宅を訪れたのは、その週の日曜日の午後だった。  美貴に頼んで、指導教授を通じてアポイントメントを取って貰ったのだ。突然の申し出にもかかわらず、岡崎は快諾してくれたということだった。  小田急線沿いにある岡崎宅へ向かうために、新宿駅のホームで待ち合わせた。  水城はいつもの白衣じみた姿ではなく、爽やかなアイボリーのパンツスーツだった。髪も奇麗に後ろでまとめてある。隙のない姿に、和泉はあらためて感心する。  少し待って、各駅停車に乗り込んだ。対

          TOKYO BIZARRE CASE(第十八話)

          α  そのニュースは、翌朝の報道番組でも大きく取り上げられた。深夜、都内数ヶ所で原因不明の爆発事故ーーあるいは事件ーーが起こった。  最初の爆発は午前二時十三分。荒川区の民家で起きた。ドーンという凄まじい衝撃音と共に、民家の庭にあった巨大な板壁に亀裂が走った。  そのわずか数分後、今度は北区の工場で同様の爆発。最後が約三十分後の午前二時五十分で、場所は港区のとあるビルの壁が無残にも破壊された。  幸いにも死傷者は出ていない。これら離れて起きた三つの爆発は、夜が開ける頃には一連

          TOKYO BIZARRE CASE(第十七話)

          Ψ 「お姉ちゃんてさあ、どうして刑事になったの?」  胸焼けするほどたっぷりとチーズの乗ったピザをぱくつきながら美貴がいう。何気ない妹のひと言に、和泉は虚を突かれた。  都内の大学に通う美貴は、普段は千葉の実家にいるため顔を合わせる機会が少ないのだが、時折、思い出したように和泉のアパートに泊まりに来る。膠着状態に陥った連続傷害事件の捜査の、一日だけの中休みだった。  和泉は官舎でなく、大田区鵜の木の1Kに住んでいた。女性の一人住まいにしてはいささか素っ気無い。テレビやソファ、

          TOKYO BIZARRE CASE(第十六話)

          卍  新宿歌舞伎町、午前三時。  日本有数の不夜城も人通りが少なくなり始めた中に、八咫坊の姿があった。  居酒屋や風俗店の入った雑居ビルがひしめく一画に立ち、八咫坊は正面のホテルを見つめていた。  ホテルは、道路から玄関に向かって細長いアプローチが伸びていた。そのアプローチの片側に白いコンクリート製の花壇があって、申し訳程度に草花が植えられている。  八咫坊のすぐそばをカップルが通り過ぎ、アプローチに消えていった。この時間では断わられるだろうが聞くだけは聞いてみよう、という感

          TOKYO BIZARRE CASE(第十五話)

          α (十二時まであと五分、十二時まであと五分)  ベッドに寝転んでいた岡島可奈は、スマホから目を上げると、わざわざ壁掛け時計を確認した。  時計は小学生のときにディズニーランドで買ったお気に入りだ。文字盤のプーさんが、「はやくはやく」と優しく急かした。気持ちを落ち着かせるようにスマホに戻る。  沙希から聞いたのは、子どもじみたおまじないの噂だった。満月の夜、意中の人を思い浮かべながら、呪文を唱える。たったそれだけで、想いがかなうというのだ。  なんて子どもっぽい! でも、由紀

          TOKYO BIZARRE CASE(第十五話)

          TOKYO BIZARRE CASE(第十四話)

          Δ  あれ? これって、ふられたのか?  急に立ち上がって、去ってしまった彼女を、颯太は呆然と見送った。  なんかマズイこと言っちゃったのかな???  頭の中で、これまでの会話をプレイバックしかけて、そんな場合じゃないことに気づいた。  ここまできて諦めるわけにはいかない。  慌てて立ち上がって、入口に向かいかけた颯太は、急に襟首をひっつかまれた。 「げふっ!?」  見事に決まった襟締めのまま、強制的にイスに戻された。 「げほっ、げふっ、いったい? んん!?」  猫の子みたい

          TOKYO BIZARRE CASE(第十三話)

          α  急行電車が減速し、小田急線新宿駅のホームに滑り込んだ。いっせいに乗客が吐き出される。  人の流れに乗りながら、制服姿の璃子はスマホに目をやっている。万莉からの通知だった。足元も見ずに階段を昇る。  鼻を鳴らした。舌っ足らずな万莉の口調そのままの内容。待ち合わせの時間に「ちょこっと」遅れると書いてある。  ということは、三十分は待たされると考えていい。やれやれ。  新大久保の韓流アイドルショップに行くのに、用事があるから新宿で待ち合わせしようと言い出したのは、万莉の方なの

          TOKYO BIZARRE CASE(第十三話)

          TOKYO BIZARRE CASE(第十二話)

          卍  車は第一京浜を大森方面に向かっていた。追跡をはじめて六日目。ついに八咫坊は光点を捉えた。  矢印と光点が近づくにつれ、モニターの地図の縮尺は連動して変化していった。  時刻は深夜に近い。車どおりは少なく、八咫坊はRⅤを快調に駆った。モニターを確認する。光点はすぐある区画にとどまったままだ。倉庫が立ち並ぶ、ひと気のない区画のはずだった。  いつの間にか、また雨が降り出していた。音もなく降りてきて、気づくとぐっしょりと身体を濡らしてしまう雨だ。  八咫坊はバックミラーを覗き

          TOKYO BIZARRE CASE(第十一話)

          Ω  シャッター/フラッシュ。  慌ただしく担架が、救急車に吸い込まれていく。ファインダーはそれを追っていた。  事件は繁華街で起こった。  ちゃちな喧嘩は、すぐにエスカレートして、片方の少年がもう片方の少年を小さなナイフで刺した。  若水徹は、偶然通りかかったのを幸いに、その一部始終をカメラに収めたのだった。  アスファルトには、生々しい血だまりがまだある。最後にそれを撮ると、徹はその場を後にした。  報道カメラマンを目指す徹ーー今は写真の専門学校に通っているーーからすれば

          TOKYO BIZARRE CASE(第十話)

          α 「もう、よい。さがりなさい」  白い法衣をまとった信徒が、一礼をして、部屋を辞した。御厨天鳳が威厳を保てたのも、そこまでだった。  扉が閉まったと同時に、ソファに座り込んだ。  掻き集めたお布施で購われた北欧製のソファは、いつもならウットリするほど優しく身体を抱きとめてくれるはずなのに、今日はなんだか酷くよそよそしく感じられた。無理もないかもしれない。ここのところ眠れない日々が続いていたのだ。心身ともに草臥れ切っていた。  脅迫が始まったのは、先週の土曜日だった。いつもの