アナーキー
この世に未来があると僕は思わない。
この世に行き場があると僕は思わない。
この世に未練も夢もない。僕にもない。
でも強いて言えば無秩序になりたい。
それが僕の心からの想いであり願いだ。
朝。学校の卒業式。舞台で校長から卒業証書を貰う生徒。「ヴィシャス君」校長は生徒の名前を呼んだが返事がない。すると無言で壇上に上がってくる者がいた。ヴィシャスであった。そして校長の真ん前に立った。「これさえ貰えれば卒業式にもう用はありません。今までありがとうございました」先生や生徒は皆呆然とする。ヴィシャスはそう言い残し学校を去った。
ヴィシャスは自宅につき無言でドアを開け母のいる台所へ駆け寄った。「母さん」「ヴィシャス帰ってきたらただいまでしょ。何度言ったら分かるの」母親は眉を潜めシワがよった。「ただいま。そしてさようなら。約束だからね」ヴィシャスは舐めた口調で卒業証書を見せびらかし母に言った。母は怯え、尻餅をついた。それに気づいた弟が母に駆け寄る「かっ母さん」「兄ちゃん。極楽の世界なんてバカげた事。本気に信じてるの?」「ふん。人間に揉まれた社会で生きるよかあ楽しそうじゃねえか」ヴィシャスは弟を鼻であしらい、自分の部屋のある二回へ上がって行った。「きっとアイツだわ。アイツのせいでヴィシャスがおかしくなったのよ」母は涙を溢した。「母さん…」弟は初めて見た母の涙に悲しみが移った。
部屋の中でヴィシャスは旅立つ支度をするため荷物をカバンの中に入れた「皆んなには悪いけど、僕はもう決めたんだ。未来のないこの世で生きることに価値を見出せない」ヴィシャスは極楽試験と書かれたパスポートを見た。「待っててねライヤー君」そしてヴィシャスは過去の出来事を振り返る。
これは4年前の出来事。あの時の僕はひ弱でただ流れに身を任せるだけのロボットだった。僕(11歳)は母と弟、近所のおばさんにご馳走として炒飯を作った。「はい。お待ちどう様」「ヴィシャ君は偉いねえ。いつも明るく元気で礼儀正しくて。おまけに料理も作れちゃうなんて。よっ、天才」「いえいえ、そんな事ないですよ」おばさんはいつも優しく僕を褒めてくれた。「ウチの息子なんてヴィシャス君より10も年上なのに一向に反抗期が治らないのよ」「そうなんですか。それはお気の毒ですねえ」「でもウチの子は至って普通ですよ」母さんは照れながらそう答えた。「普通で良いじゃない。ウチのバカ息子とヴィシャス君を取り替えて欲しいくらいだわ」「まあ。奥さん。じゃあ一度交換してみます?」「冗談よ、冗談」「オホホホ」母さんとおばさんの高笑いは家中に響いた。僕はおばさんの言葉はあまり嬉しくなかった。普通の人生を褒める人間を僕は信用できないし大嫌いだからだ。「ライヤー君はそろそろ帰ってくるんじゃないですか?」「そうねえ」すると隣の家から何かが割れた音が雪崩のように聞こえた。僕らは隣の家に急いで駆けつけた。するとそこには、さっき話をしていた青年。ライヤー君が荒い気性で酒を飲み皿を割って笑っていた。「ラっ、ライヤー昼間から深酒は止めろってあれほど言ったでしょう」「うるせえ」ライヤー君は近くの皿をおばさんの顔面に投げつけた。そして酒を飲みおばさんの顔面に消毒液のようにぶっかけた。母はあまりの恐怖におののき、家を出た。「おいっ、近所で噂のヨシヨシこよしのヴィシャスってのはテメェか」「はっはい」ライヤー君とは家が隣だが、あまり話した事がないので、突然の言葉にびっくりした。「俺はよ。テメェみてえな良い子が大っ嫌いなんだ。分かるか⁉︎」ライヤー君の睨むような顔が僕を体全身を硬直させた。「分かるかと聞いてるんだ!」「いっ言え分かりません」「ふん。俺は今年で21だ。人生振り返ってみっと非常につまんねえ人生だった。何故だかわかるか?」「いえ」「テメェらみてえな良い子がこの世の正確となり秩序というものができた。俺はそのせいで生きづらくなった。分かるか‼︎」僕はライヤー君の言葉にカチンときた。そして勇気を振り絞った。「で…でもそれは僕だけの責任じゃないですよ。それに僕はこの世の誰もよりも秩序が大っ嫌いです」本音を本人にぶちまけた。すると…「ハハハ。面白え。噂じゃどうしようもねえ腰抜けかと思えりゃ、お前も俺と同じ同士なのかもなあ」ライヤー君の高笑いは、おばさん似で少し怖かった。「ようし今日からお前は俺の仲間だ。いいな」「はっ、はい」僕は勢いで承諾してしまった。でもこの人の言葉は常に本音で喋ってるような気がして信用できた。
それから僕はライヤー君とつるむようになった。確かこの時ぐらいからだと思う。僕と母さんの仲が悪くなり出したのは。それからある日、僕はいつも通りライヤー君のそばにくっつくように着いて行った。場所は工場が多い大型トラックがよく行き来する交通道路。「ライヤー君。今日は何をするんですか?」「まあ見とけ」ライヤー君はニヤリと笑った。すると大型トラックが走る直前、ライヤー君は道路に飛び出した。「危ない⁉︎」するとライヤー君の腕は伸縮し大型トラックの何倍も大きくなり鋼のような硬さで腕を振り上げ一瞬にして大型トラックの勢いを殺した。「はっ⁉︎」僕は初めての光景に開いた口が塞がらなかった。「これが無秩序だ。覚えておけ」この時のライヤー君は僕が夢を見ていた人間の姿にそっくりであった「欲しいか。こんな力」「はい」するとライヤー君はポケットからパスポートのようなものを僕に渡した。「詳細はその中に全て記載されている。覚悟があるなら来い。俺は先に行ってる。じゃあな」それからライヤー君は僕の目の前から消えた。
ヴィシャスはライヤーとの思い出に浸りながら持っているパスポートの詳細を再確認した。「15歳以上を対象とした極楽試験。試験に合格する者全てこの世からの離脱。加えて新しい天地での暮らしが許される」「極楽浄土。もうすぐ僕はこの世界を出るんだ」ヴィシャスの目は輝き、心はウキウキでいっぱいだった。
そんな浮ついた気持ちで下に降りると空気は一変。まるでミイラのように枯れ果てた母とそれにひっつくようにいる弟がヴィシャスを通せんぼするように立っていた「ホントに行くの?」「うん」「最後ぐらいお母さんを喜ばしてよ」ヴィシャスは何かに取り憑かれたように無言で台所へ向かい、過去作った事のある炒飯を作りテーブルの上にそっと置いたのち、家を出て行こうとした。「食べよう。みんなで」母は優しい声でヴィシャスに最後の食事の誘いをした。しかし、ヴィシャスはここで食事を取れば、きっと説得され家畜の域に戻されると思った「うるせえババア。俺のこと分かりもしねえで駄々捏ねんじゃねえ。俺は今日生まれ変わるんだ。生まれ変わって最高のアナーキーになるんだ」ヴィシャスは今まで出した事ないほどの大きな怒号を荒げ、それは外にまで響き渡った。「そう。じゃあ勝手にすればいいわ」「じゃあな」ヴィシャスは弟にそう言い残し家を飛び出した。弟はヴィシャスの走る背中から水滴が溢れているのが分かった。「バカ」「仕方ないよ母さん。兄ちゃんもきっと我慢してたんだ。好きなようにさせてあげよう」弟はヴィシャスの背中から何かを悟ったように母を慰めた。
自宅から30分程度の距離。海上ではフェリーが泊まり極楽浄土を得るための試験を受ける人々でいっぱいだった。筋肉隆々の者や怪しげな雰囲気の者まで様々な人間であたりは静まり返っていた。そんな中、小柄な一人の少年が周りを見渡すなり怯えていた。「全国から自身の保身や自由を求めて身を投げ出してきた奴らだ。流石に怖え。噂では親まで泣かした奴もいるって聞くぞ。俺みたいなひ弱はすぐにいじめられそうだ。あっ、あの子僕と同じぐらいの子だ。あの子となら話せるかも。おお〜い。君も受験者なの?」少年は安心してか、声を上げベンチに座る少年に話しかけた。少年は振り向くと、なんと顔が牡丹餅のように浮腫んだヴィシャスであった。「ひえぇー化け物ー」「ちょっと僕は化け物じゃないよ」「顔が異常だよ。化け物だ化け物」これから試験を受けるという緊張感の無い二人を横目に受験者達はそれぞれのトレーニングに身を投じた。こうしてヴィシャの目指す極楽浄土への旅が始まった。これからどんな試験がヴィシャスを待ち受けているのか。しかしヴィシャスは諦めないであろう。親友ライヤーに会うために。