ちょうど50年前のこと。
昨日はUコンを始めた当時の事を書きました。
当時、Uコン雑誌を出版していた電波実験社が、
Uコンクラブの飛行会の写真を募集していました。
モノクロページに掲載するので、モノクロ写真で投稿してくださいとの
但し書きがありました。
で、掲載されたのが、これ ↓
Uコン技術1974年8月号に掲載なので、ちょうど
なんと! 50年も前です。
場所は今の南行徳の駅前です。
まだ南行徳駅は無く、ご覧の通りの広場でした。
今は、南行徳駅前、そして、ここは木々が植樹されて公園になっています。
それにしても
掲載ページを見ると、おびただしい数のUコンクラブの写真写真写真・・・。
Uコンの飛行会が、どれだけ盛んに行われていたのかが判ります。
その3ヵ月後の1974年11月号に掲載されたのが、これ ↑
左上で、ファースト09という機体を操縦しているのが私。
飛行中に急にパワーが落ちだして、
やっと空中に浮いているという状況から、さらにエンジンパワーが無くなり
ゆっくりと着陸して行くところです。
フジ099S-II というエンジンを搭載していて、
このエンジンの寿命が来た瞬間でした。
いつも使ってたエンヤエンジンは耐久性が高くて、10数年使い続けても大丈夫と言われる中、
このフジ君は3ヶ月で寿命がつきたのでした。
早っ。。
ただ、私を含む皆は、まさか寿命とは思わなかったのでした。
さて・・・エンジンがかかりにくいぞ。
ん?
かからない・・・
とかやっているうちに
U谷君のお兄さんが『燃えてるぞ!!』と砂をかけて消化。
燃料がアルコールなので、燃えても透明な青白いの炎なので、見えないんですね。
陽炎が立って気が付いたというわけでした。
それも楽しい記憶で、何が起きても楽しいとしか思えませんでした。
ちなみに11月号の表紙の佐々木さんは、Uコン日本選手権大会の優勝者で、テレビ番組『本物は誰だ』に出演したりしていました。
後の、琵琶湖の鳥人間コンテストでも優勝したり、テレビでも大活躍していました。
この直後、第10回 RC/UC航空ページェント というイベントが、
1974年10月5~6日に東京北の丸公園・科学技術館で行われました。
そこで、佐々木さんにサインをいただきまして、今でも持っています。
私はレオナ45という機体が大好きで、
この機体の設計・製作者でもある山崎さんにもお会いできて
サインをいただき、今でも持っています。
当時、13歳。
よく中二病なんていうし、中二の時に好きだったもので
好みが決まるなんていう人がいますが、
まさにこの時期の事が後の人生にいろいろと関わっていきました。
書きたい事は、まだまだあるんですが、
また後日。
おやすみなさい。