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『珍しい日記』 田中珍彦 木楽舎 2017年 978-4863241145
著者が描く道標を読者である私に教えてくれて、人生の後半でも、こんなに激動の日々があるんだと思うと、私もこれからの人生がまだまだ長いのかなあと感じる。楽しみでもある。
「何かの時、未だに不意に走りだしそうになる。」(p232)
「最初に立てた35歳の道標は、机の向こう側に座ることだった。こちら側から「仕事を下さい」と言うのではなく、向こう側から「仕事をあげるよ」という立場になることだ。意味は簡単、その方が角上だと思ったからだ。」(p235)
「1年の中で、夏が1番好きだ、大好きだ。季節には臭いがある。初めて夏の臭いを意識したのは国立に住んでいた。38歳の時だった。」(p237)
1989年9月3日、東急文化村グランドオープンの仕掛け役だった著者の日記。今は建て替えのため姿がなくなっちゃった渋谷の文化村。美術史クラスタならBunkamuraと書いた方がピンとくるかな。渋谷駅から遠いのにいつも磁石のように引き寄せられる。わたしの青春の場所だった。数えきれないほど足を運んだなぁ。
「「全ては音楽に集中するために」というワーグナーの考えは余人では理解できなかったかもしれないが、もしかするとルートヴィッヒ2世だけはわかっていたかもしれない。そのためにリヒャルト・ワーグナーは多くの試行錯誤を重ねながらこの劇場を造り上げたのではないだろうか。この劇場にはオーケストラも合唱団もバレェ団も所属していない。顔はどこまで行っても、リヒャルト・ワーグナー、そしてルートヴィッヒ2世なのかもしれない。」(p46-47)
「Bunkamura」としたのは会長の英断だと思っている。実際社名や商品の名前を冠したホールが他には幾つもあるが、敢えてこだわらず単に施設全体をまとめて呼ぶ愛称にしたことで社会に浸透しやすかったのではないか。また、漢字の「文化」を使わず、ローマ字にして意味を消したことが、今日までこの呼称が褪せることなく続いてきた要因だと思う。」(p134)
「1982年、大阪に朝日シンフォニーホールが日本で初めてのクラシック専用コンサートホールとして誕生して以来、86年サントリーホールがオープン、89年に開業予定の文化村の後も、新宿・初台に建てられる新国立劇場やコンサートホール、更には池袋で構想されている東京都のコンサートホールなど、突如として多くの専用施設出現の話題がマスコミを賑わすなか、僕が知る限りでは初めて、世の中はクラシック音楽の話題で湧いていた。」(p146)
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