柳原はしご

一人飲みの日々に酔った頭で考えたことを、忘れないように書き留めています。 時々写真も。

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最近の記事

「Bray me」のこと

これは何なのだろうかと思った。 カッコ良すぎじゃないか。 バンド名は「Bray me」。 もしかして今の日本にはこういうバンドがゴロゴロ存在しているのだろうか。 もしそうなら日本の音楽シーンは相当見込みありだ。 仕事をしていた頃はあまりの過酷さにうんざりして、毎日乃木坂46を聴きながら酒を飲んでいた。 無職になった今、Bray meのストレートな曲が心に突き刺さって酒が進む。 優劣の問題ではなく、どちらも私に必要なものに違いない。 乃木坂46は身体を通り抜ける風のようだ

    • 信念を持った外見は本質なのだという話

      私の母はアクセサリー類が大嫌いだった。 結婚指輪さえしたことがなかったし、何かの折に酔った勢いで父が指輪を買ってきて、たまたま夜遅く起きていた子供たちの前でその指輪を母に差し出したとき、こんなもの買ってこられても、、、と相当迷惑そうだった。 母がその指輪をしている姿を、少なくとも私が実家にいる間は見たことはなかったし、まあ夫婦仲は良かったんだけど、たぶん父は相当落胆していたと思う。 そんな母に育てられてきて、ジェンダーフリー的には言い方がまずいかもしれないが私は男だし、アク

      • 【超短編小説】「最終兵器」

        「愛と憎悪をミックスした生命の素を持ってきた」 「これが最終兵器か」 「できればこれは使ってほしくない。どう使っても絶望という汚染物が発生してしまう」 「その汚染物はどう処理すればいいんだ?」 「処理はできない。そもそもその汚染物からこの宇宙が発生しているから」 「捨てるなら別な泡宇宙に行くしかないということか」 「残念だが、どの泡宇宙もその発生源は絶望からなんだ」 「まさか、高度な次元の存在がその汚染物を捨てたためにできたのがこの一連の泡宇宙ってことか」 「そういうことにな

        • 死んでも絶対に使わない言葉

          ディスられるだろうけど酔った勢いで書く。 私はどんな場所(noteを含む)でも以下の3つの言葉は絶対に使わない。 その1 「生きざま」 他人の人生を賞賛する文脈で使う人がいるがありえない。 もちろん自分の人生について言及する際もありえない。 「ざま」という言葉は「死にざま」のように「死」とセットになった言葉だと理解している。 その2 「元・・・」「前・・・」 現在も公職にある人の前職、経歴を第三者が伝える場合ならともかく、本人が個人的な文章で自分のことを伝える際に使うこと

          生きている文章と死んでいる文章

          整い過ぎた正しい文章は呼吸が止まっているようで、あまり読みたいと思わない。 重要なのは文法などではなく、その文章がきちんと呼吸しているかどうかだと思っている。 私がnoteに書くことは基本的に酔った頭で考えたどうでもいいことで、だからあまり具体的なことは書かないのだけれど、それでも文章を綺麗にまとめようとすると自分でもわかるくらいその文章が死んでしまう。 エネルギーが抜けてどうでもいい文章がそこに残される。 だから表現に多少の違和感があっても、極力そのままアップしようと努力

          生きている文章と死んでいる文章

          恋は落ちるものだけれど

          突然恋に落ちてしまった。 年齢差は40歳。 自分の感性を喜んでいいのか、嘆くべきなのか、よくわからない。 少なくとも一般的な意味でのハッピーエンドは無いだろうから、今から涙を拭くハンカチを用意しておこう(もちろん自分用に)。

          恋は落ちるものだけれど

          確かに出会えた

          「たぶん出会える、でもそれがどこで誰となのかはわからない」 それじゃあ出会えた人がその人だとどうやって確かめるんだ? 「その人だとわかる印がついているから大丈夫だ」 そんなオカルトみたいな、、、 確かに印がついていた。 だけどその人は40歳も年下だった。 この人なのか? もしそうなら出会えたこと自体は幸せだけど、現実的には不幸じゃないのか? 今から恋愛関係になることは難しいだろう。 友達関係は可能かもしれないが、どうやってそういう関係を築いていけばいいのかわからない。 誠実

          確かに出会えた

          鈍った身体感覚と想像力

          久しぶりに訪れた街でお目当ての酒場を探しながら少し歩を緩めたとき、ドンッと後ろから何かがぶつかった。 なんだこの野郎!と振り返ると白杖をついた女性がいた。 その人は申し訳ありませんと言い、私はハッとした後、とんでもありませんと答えた。 その日、2軒目に行った酒場でバイトの女子大生にお父さんの歳いくつなの?と聞くと、私お父さんいないんです、という答えだった。 同じ日に自分の鈍さががこうも露呈するとは。 家の外では自分の周り半径数メートルまで感覚を広げておくべきだし、私とは違

          鈍った身体感覚と想像力

          『百年の孤独』に感じた普遍性

          いずれ読もうと思ってた本が文庫本になったんだし、まあ読むよね。 冒頭の家系図を見たとき少し不安を感じた。 同じ名前の人物達が入り組んでいて、こうやって紹介されているということは、家系図に書かれている人物がすべて登場するのだろう。 マジかよ、、、(汗) とは思ったけど読んだ。 読み終わった後、しばらくは小説を含む他の本を読む気になれなくて、ざっくりとではあるが再読してしまった。 作者もすごいけど、翻訳した訳者もすごいね。両者ともどういう頭の構造してるのだろうかと思った。

          『百年の孤独』に感じた普遍性

          太りたいのに太れないという悩み

          もう10年近く前、昼食後眠くて仕事にならなくて、年齢のせいかと思っていろいろ調べたら炭水化物の摂取を控えると眠くならないという事がわかった。 実際やってみると眠くならずに仕事がはかどる。 いわゆる糖質制限なのだが、体調も良くてずっと続けていたら思わぬ副作用が現れた。 体重が減るのだ。 どれくらい減るかというと、最初の1か月で確か5kg以上減った。 そもそもダイエットが目的ではなかったし、急激な体重減少は見た目も変わって周囲に不安を与える。 会う人ごとに病気なのかと質問されて

          太りたいのに太れないという悩み

          家庭料理のグルーヴ感はまさにライブ

          料理に正解はない、よね? 最近は包丁とまな板を使うのが面倒なので、カットされた生の野菜を買ってきて毎日似たようなものを作っている。 野菜に肉と豆腐を加え、醤油、味醂などで煮て完成。 これで日本酒を2合飲む。 締めはきしめんを入れて、これで焼酎を半合飲む。 栄養的には問題ないはずだし、酒量も許容範囲じゃないかなあ。 それで全般的に思うこと。 家庭料理だから、重視するのは安定した品質よりも、その日の気持ちといかにシンクロするかだと思っている。 パンキッシュだったりブルージーだっ

          家庭料理のグルーヴ感はまさにライブ

          今日を生きるということ

          現時点の悩みは昼食を納豆ご飯にするかカレーラーメンにするかということで、私にとってそれは大きな悩みだ。 何かを選択することはとてもエネルギーを使う。 ここ数日、何も目指さないで過ごしてきた。 何かを目指してそれを達成することは幸せなことだが、何も目指さないことも幸せな生き方だ。 一生を通して一つの生き方を続ける必要はないし、所詮すべては地続きだし。 何年か後に今日を振り返ったときどう感じるのかわからないが、私は今まさに今しかできないことをやっているのだから、幸せな日々だっ

          今日を生きるということ

          バタイユ読書の後遺症

          特別なコインが1枚だけある。 死ぬ間際に投げ上げて、表か裏かを賭けるために持っている。 死ぬ間際のその行為に何の意味があるのかと問われる。 私はこう答える。 ではあなたは何か意味があって今ここに生きているのですか? 生きていることに意味などない。 正確に言えば、意味があっても人間には永遠にわからない。 人間が生きているまさにその階層では、自分が生きている意味を認識することは不可能なのだ。 もう一段上の階層に上がれば別なのかもしれないが、人間にはそれはできない。 だから死ぬ

          バタイユ読書の後遺症

          我が心のバタイユ

          今日は生活の表面をなぞるのではなく、精神活動についてメモしておこう。 4年前、コロナ禍で外出もままならなかったとき、部屋を整理しながら本棚1つ分の蔵書を捨てた。 そのとき37年前に買った未読の本が出てきた。 「聖なる神」(バタイユ著) 20代の頃、バタイユ的な思想に傾倒していたのだが、それは仕事と両立できるようなものではなかったので、封印してきた。 4年前に未読の著書を見つけたときも、捨てはしなかったが読みもしなかった。 無職になったことだし、そろそろ読む頃合いかと思って

          我が心のバタイユ

          気分は巡礼(久々の外飲み)

          「家に帰るまでが遠足です」実際に言われたことがあったのかどうか定かでないが、よくできた言葉だと思う。 もうだいぶ前、何軒も飲み歩いた後どうやって帰宅したのか覚えていなくて、翌朝スーツを着た状態で玄関先で目覚めたことが何度もあった。 その時はなんで布団で寝ないんだと自分に言い聞かせるのだが、結局同じことを繰り返してしまう、しかも連日。 もし私が教師なら、自分自身にこう言っただろう。 「布団に入るまでが飲み会です」 いや、教師でなくても言うべきだし、生徒でなくてもそれを守るべ

          気分は巡礼(久々の外飲み)

          「常温」って具体的に何度のこと?

          東京のこの暑さ自体はもう諦めているのでどうでもいいのだが、食品の保存方法は健康維持に関わるので正しい知識を持ちたいと思っている。 手元の食品や調味料のラベルを見ると多くは「常温で保存」と書いてある。 今の季節、エアコンを切って外出したら室温は40℃を超えるわけで、これは「常温」のレベルなのだろうか? 個人では判断不能だし、もはや日本は亜熱帯になったのだから、食品表示についてはそれを前提にすべてを再度検証してほしいと思っている。 具体的には、常温保存推奨のすべての食品パッ

          「常温」って具体的に何度のこと?