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カナイと八色の宝石㉑

「うわー、最悪だっ。ん? いででででっ。爪っ。爪が刺さってるっ」

 いち早く暗闇に慣れたチチが、足でアークを掴んで飛び立ったらしい。チチの羽音と、チチの鋭い爪が背中に刺さって悲鳴を上げるアークの声が、カナイ達の耳に届いた。次いで、団長の笑い声が耳に届く。

「うわはははは、動ける。動けるぞ。今度こそ、池に突き落としてやる」

「痛っ。団長、俺はエレですっ」

 闇雲に伸ばされた団長の腕が、エレに当たったようだ。カナイの目はようやく窓の外にある星を捉えられるようになったが、まだ遺跡の中の様子を見渡すことができない。

『チョット、アーク。早ク宝石ヲ使イナサイヨッ』

『そうは言われても、どれが橙色の石か分からないんだよ』

 チチとアークが言い合っているのが、廊下の右側から聞こえる。カナイは右側に移動しようとして、何かにつまづいて転んだ。倒れる寸前にルルの短い悲鳴が聞こえたので、たぶんルルにつまづいたのだろう。

 カナイは痛みをこらえて起き上がろうとしたが、ある事に気が付いて、もう一度床に寝転んだ。耳を床に付けると、かすかに振動しているのが分かる。振動は、少しずつ大きくなっていった。

「誰か、来る」

 カナイが呟いた瞬間に、廊下がほんのりと明るくなった。と同時に、一本のナイフが、カナイの頭のはるか上を通過していく。遠くの方で、金属が転がる高い音が響いた。

「カストル兄さんっ」

 シスカの声に、カナイは上体を起こした。しりもちをついた団長の向こう側に、仮面の男が立っている。彼は右手にナイフを、左手にランタンを持っていた。
 仮面の男が一歩、団長に近づく。団長は、頭を抱えた。

「ひいい、子供達は解放するから、許してくれ」

 全身を小刻みに震わせている団長に、仮面の男が首を横に振った。

「それは、できない相談だね。王子様。こいつを縛り上げ……ああ、まずいっ」

 声は仮面の男だが、話し方はオークだ。仮面の男の偽物は、自分の両手を見下ろした。見る間に、全身が紫色の光に包まれていく。

 仮面の男の偽者の手から、ランタンが落ちた。ランタンは床に着く前に、姿を消した。しかし、辺りは明るいままだった。とっさに、アークが橙色の石を使ったのだ。

 紫色の光は小さくなって、灰色のネズミが姿を現した。

「わははは、小汚いネズミがこしゃくなまねを。おまえなんか、踏み潰してやるわ」

 ネズミの姿に戻ったオークの頭上に、団長の足が迫る。

 カナイは慌てて立ち上がると、壁に掛かった弓を手に取って、団長を目掛けて矢を射った。矢は、団長の顔の右側を通過する。驚いた団長は、再び床にしりもちをついた。カナイは足元に転がった矢を拾い上げると、もう一度団長に狙いを定める。

「よくも、みんなを酷い目にあわせたな」

 二度目の矢は、団長の肩をかすった。団長は顔を真っ青にして、震え上がる。カナイは矢を拾い上げると、更に団長に狙いを定めた。

「今度は、はずさない」

「そこまでだっ」

 遺跡の入り口の方から走ってきた仮面の男が、カナイ達に向かってナイフを投げた。カナイの集中力を切るためだけに投げられたナイフは、カナイが立つ位置より後方の壁に当たって、高い音を立てながら床に転がった。

「弓を下ろしなさい。少年は、その男を縛り上げろ」

 カナイは素直に腕を下ろすと、弓と矢を床に落とした。シュリは戸惑いながらも、団長を縄で三重巻きにして縛り上げる。

 カナイは廊下に落ちたナイフを拾いにいくと、テンデとシスカの手足を縛っていた縄を切った。手にしたナイフに、自分の顔を写す。よく磨かれたナイフは、カナイの顔をきれいに写した。カナイは、思わず眉を寄せた。

「このナイフ、切れ味が鋭いね。よく、こんなのを投げて受け止めて、よく怪我しないね」

「そんなことないわ。カストル兄さんの手は、切り傷でいっぱいなのよ。きゃっ」

 シスカは頭を軽く小突かれて、短い悲鳴を上げた。彼女の後ろには、仮面の男が立っている。

「危ないまねはするな、と言っただろう」

「ごめんなさい、カストル兄さん。頭では分かっていたのだけれど、つい体が動いてしまったの」

 舌を出すシスカに、カストルはため息を吐いた。

「まあ、無事だったら良い。とりあえず、ここから出よう」

 カストルの声に、アークとオークがカストルの足元に近付く。二匹のネズミはカストルのつま先に紫色の石を押し付けると、仮面の男に変身した。

「気絶してる二人を担ぐのに、人手がいるだろう?」

「僕達に任せてよ。あ、王子も手伝ってよ」

 二人の仮面の男がチンとエレを担ぎ上げようとするのを、シュリとテンデが助けに入る。本物のカストルは、団長の縄をしっかりと手にした。

「俺から逃げることはできない。おとなしく歩きなさい」

「は、はひぃ」

 団長は情けない声で返事をして、歩きだした。そのすぐ後を、カストルが付き従う。チンとエレを担いだ二人の仮面の男と、シュリとテンデも後に続く。

「ねえ、カナイ。今まで、どこで何をしていたの? 歩きながら、教えてちょうだいよ」

 シスカはカナイの隣りに並ぶと、目を輝かせた。そんな彼女の顔を、カナイはくりっとした目で見上げる。

「良いけど。シスカとカストル兄さんのことも教えてよ」

「もちろんよ。でも、ちょっと長くなるかもしれないわ」

「それは、こっちもだよ」

 カナイとシスカは笑いあうと、シュリ達の後に付いて歩き出した。



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