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カナイと八色の宝石⑰

 紫の光は、アークを包み込んだ後、上へ上へと伸びていった。シュリの母親の身長と同じ高さにまで成長すると、煙のように消え去った。と同時に、アークの姿も無くなっていた。

 代わりに現れたのは、もう一人のシュリの母親だった。

『シュリのお母さんが、二人いるっ』

『触れたものの姿に変化できる。これが、紫の石の効果だよ』

 花飾りと共に結い上げられた銀色の髪に、シュリにそっくりな細面の顔。純白のブラウスに、つま先まで隠れる黒いスカート。本物のシュリの母親と、彼女に化けたアークは、どこをとっても瓜二つだった。

 本物のシュリの母親は、声も出せずに、その場に座り込んでしまう。そんな彼女を、化けたアークが呆れたように見下ろした。

『この世界の王の妻なら、創造主のことくらい勉強したらどうだい?』

 アークは本物のシュリの母親に背を向けたが、平衡感覚を失って、テーブルの上に手を付いた。顔をしかめると、履いていた靴を脱ぎ捨てる。

『まったく。歩きにくいったらないよ。こんな格好で、一日中部屋の中にいるから、宝石の力も忘れてしまうんだ』

 アークは、テーブルの上に置いてあった銀色のペーパーナイフを手に取ると、スカートに突き刺した。そのまま下へ引っ張ると、スカートが縦に破れていく。アークはスカートの裾を巻き上げて、腰の位置で縛った。

『これで、良し』

 足を広げて立ったアークは、満足そうに頷いた。白い素足があらわになっていて、本物のシュリの母親が両手で顔を覆う。カナイも、思わず目をそらした。日に焼けた生足なら、子供から大人まで、男女関係なく見慣れている。しかし、白い素足は、それらとは別の物に見えるのだ。

 そんなカナイの前に歩いてきたアークは、彼女に背を向けて、しゃがみ込む。

『何やってるんだ、お嬢さん。早く乗りなよ』

 カナイはちらりとだけ本物のシュリの母親の顔を見ると、アークの背に負ぶさった。誰かの背に負ぶさるのは久し振りで、カナイは身じろぎをする。

『大丈夫? やっぱり私、がんばって走るよ』

 対して、アークは笑うと、カナイを背負ったまま立ち上がった。

『お嬢さんは軽いから、大丈夫だよ。それじゃ、走るよ』

 カナイを背負った偽者のシュリの母親は、廊下に出ると走り出した。その後を、オークを乗せたチチが追う。

 赤いじゅうたんの上を走るオークを見て、城に使える侍女達が大口を開ける。侍従達は目をむいて、飛び上がって、廊下の壁に背を付けた。はかなげな女性が、スカートをめくり上げて、裸足で、みすぼらしい格好をした少女を背負って、全速力で廊下を駆けていくのだ。驚かない方が不思議だった。

 赤いじゅうたんを敷き詰めた廊下が終わると、上り階段が待っている。アークはカナイを背負い直すと、一段飛ばしで階段を上っていった。

『アーク兄貴、がんばれっ』

 オークの声援を受けて、アークは階段を上りきった。アークはカナイを背負ったまま、薄暗い廊下を進む。突き当たりの部屋の前で、ようやくアークは動きを止めた。カナイが細い背中から下りると、偽物のシュリの母親はその場に座り込んだ。

『ありがとう、アーク』

『どういたしまして。しかし、この人、見た目通りの体力だよ』

 ため息を吐いた偽物のシュリの母親は、再び紫の光に包まれた。光は徐々に小さくなっていって、オークと同じくらいの大きさになると、煙のように消えてしまう。偽物のシュリの母親の姿は消え、代わりにきれいな円を描く耳を持ったネズミの姿が現れた。紫の石の効果が消えたのだ。

 アークは首を振った後、伸びをした。

『きっと今頃、城中が大騒ぎになってるだろうな』

『だったら、追っ手が来る前に、白い石を使おうよ』

 オークがチチの背中から飛び降りて、カナイの前で跳ね回る。カナイは、オークを見下ろして、眉を寄せた。

『使おうよって。もしかして、一緒に来るつもり?』

『もちろんさ。こんなおもしろそうな事、みすみす見逃せないよ』

 両手を広げてカナイを見上げるオークに、アークも頷いて、カナイのつま先を叩いた。

『その通り。さあ、早く扉を開けて』

 カナイは、扉を押し開いた。床に描かれた魔法陣も、倒れた椅子の山も、壁一面の青い文字も、昨夜のまま残されている。二匹のネズミは、物置の中に入って魔法陣の上に立つと、カナイを振り返った。カナイの肩には、チチが降り立つ。

『行くよ』

 カナイは息を呑んで、物置の中へ足を踏み入れた。

 ところが、光が現れず、物置から移動することができない。カナイ達は、物置の中を見回した。

『あれ? 石が光らない。シュリが、いないからかな?』

『そんな馬鹿な。石は誰にでも平等なんだ。お嬢さんだって、いろいろ助けられてきただろう?』

『白い石だけは、特別なのか? 壁には、そんな説明書いていなかったけど』

 オークが確認しようと、青文字で埋まった壁を見た時だった。

「無駄だよ、カナイ。その石は、偽物なんだ」

 カナイ達が扉を振り返ると、物置の手前にシュリが立っていた。彼の胸元には、カナイが奪ったはずの白い石が揺れている。目を丸くするカナイの胸元にある白い石が紫色に光って、灰色のネズミへと姿を変えた。灰色のネズミは、アークとオークと同じように七色の宝石を首から下げている。

『あーっ、ウーク兄貴っ』

『いやー、昨日、この坊ちゃんに見つかっちまってな。力を貸す代わりに、たらふく食わせてもらったんだ。悪いな、兄弟』

 ウークはぱんぱんに膨れた腹をなでると、物置から走り去ってしまった。

『あいつっ。食べ物なんかに、釣られやがって』

 アークは、カナイにクッキーを貰ったことを忘れて、地団太を踏んで悔しがった。カナイはシュリの顔を見て、眉を寄せる。

「私が白い石を取りに行くって、分かってたの?」

「カナイがやる事なんて、お見通しだよ。何年一緒にいると思っているんだ」

 肩をすくめるシュリの手には、なぜか丸めた縄がある。カナイは瞬くと、首を傾げた。

「シュリ。それは、何?」

「何って、縄だよ。捕まえないといけないだろ?」

『捕まえないとって、僕達をかっ』

 シュリが縄を持ち上げると、ネズミ達は後ずさった。

『見損ナッタワヨ、シュリッ』

 カナイの肩の上で、チチが叫ぶ。カナイは、身を硬くした。



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