強すぎる数え歌、無遠慮な虹
幼い頃に祖母が、なにか時間付き期限をつけて急かすとき
例えば私が部屋を自分の玩具で乱雑に扱い、目も当てられない状態にした時などに、お片付けを子供に促すため、やさしく数え歌を歌ってくれていた、その歌には不思議な抑揚があり、テンポがあり、歌詞は方言だろうか、よくわからないが、なにか気持ちを整理させ乱雑なものを片付けたくなるものだった。
私は気に入って、その歌を教わりたく祖母にせがんだ。
だが祖母はその歌を正式には教えてくれなかった。
強すぎる数え歌だからだと、良いものも悪いものも片付けてしまう、そしてルールすらなくなる、沙汰の外にしてしまうとのことだ。
私にはわからなかった。
だが最後に祖母は
この数え歌で片付かなかったものは今、本当に必要なものなのだよと、これまた幼い私には飲み込めない話をした
私は壮年になり
仕事に疲弊し何気なしに
覚えてる範囲で数え歌を
寝床にて
丁寧にゆっくりと口にし
歌詞の意味を
幼い頃ににはわからなかった言葉を
なんどか反芻してみた
すこしの望郷と疲労により涙が出たが
そのまま意識を
まどろみに任せて眠りについた
次の日、空には見事な虹がかかっていた
曇天に小雨、晴れ間から日光と虹がでる
当たり前の条件があった
しかし、その虹は一ヶ月消えることが
なかった。
メディアなどでは当初奇跡と言われ騒がれていたが、最終的には無遠慮な虹と揶揄され
消えるべきものは消えるべきなのだと評されてしまっていた。
そして航空機が上空で虹に衝突し、あわや大惨事に、となりかけたことをキッカケに世界は少しずつ傾きはじめてると私は感じていた。
私の数え歌が作用したのかの確認は不可能なのだが、その虹はいまだにそこにかかっている。
文字数オーバー申し訳ない
たはらにかさんの
#毎週ショートショートnote
お題
強すぎる数え歌
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