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刑法事例演習教材 第9回


第1  エレベーターホールに立ち入った行為
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(1) 本件集合住宅は「建造物」(130条)である。本件集合住宅は、管理人が常駐し、かつ、居住者以外の立ち入り禁止という立札を立てていることから、「人の看守する」(同)建造物にあたる。
(2) 「侵入」とは、管理権者の意思に反して立ち入ることをいい、立札より、居住者以外の立ち入りを管理者は禁止していると考えていることから、甲が本件集合住宅に立ち入った行為は本件集合住宅の管理権者の意思に反する立ち入りといえ、「侵入」と言える。
2 甲は上記事実を認識認容しているので故意(38条)は認められる。
3 以上より、建造物侵入罪が成立する。

第2  原動機付自転車(以下、「本件原付」とする)に火をつけた行為
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(1) 甲は、ティッシュペーパーを本件原付に置き、かつ、簡易ライターで点火した行為は「放火」(108条)にあたる。
(2) 本件集合住宅は「建造物」であり、「現に」Aを含む多数人が「住居に使用し」(同)ている。
(3) 「焼損」とは、火が媒介物を離れ、独立して燃焼が可能になった状態をいう。甲が点火した火は原付という媒介物を離れ、エレベーターホールの天井において独立して燃焼が可能となり、天井の一部を焼失させている。エレベーターホールは居室部分と物理的に一体で、仮にエレベーターホールに火が回れば、居室部分にまで火が及ぶ可能性がある。また、本件集合住宅に居住する住民は当然エレベーターホールを利用するので機能的一体性も認められる。これらを踏まえると、甲は「現に人が住居に使用」している「建造物」を「焼損」させた、と言える。
2 甲は上記事実を認識認容しているので故意は認められる。
3 以上より、甲に現住建造物放火罪が成立する。

第3  スポーツカーに火をつけた行為
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(1) 高級スポーツカー(以下、「本件車」とする)は108条及び109条各項の「規定する物以外の物」(110条1項)である。このスポーツカーは、D所有であるから他人所有である(同条2項参照)。
(2) 公共の危険とは、刑法108条及び109条1項の客体に対する延焼の危険に加え、不特定または多数人の生命、身体、財産に対する危険をいう。本件車が燃えた駐車場は集合住宅に隣接するものの、燃えた地点から集合住宅までは50メートルと離れており、公共の危険が生じたとは認められない。ただし、同駐車場においてE所有の車が15メートル離れたところに置かれている。これは、車は通常、ガソリンを蓄えていることからガソリンタンクに引火し、爆発等を起こせば15メートル先の車に引火する可能性があることを踏まえれば、公共の危険を生じさせたと言える。
2 公共の危険に対する認識について判例はこれを不要としている。たしかに本来違法でない自己所有物の処分や他人物の焼損が器物損壊より重く処罰されるのは、公共の危険が発生させたからであるため、危険の発生の認識を不要とするのは責任主義に反するとも考えられる。しかし、仮に要求されるならば、108条109条①の未必の故意が認められることも想定され、未遂となり、公共の危険を要求する罪との区別が困難になる。これを踏まえれば公共の危険の認識は要求されない。甲は他の事実につき、認識認容していることから故意が認められる。
3 よって、建造物等以外放火罪が成立する。

第4 罪責
甲には、①建造物侵入罪②現住建造物放火罪③建造物等以外放火罪が成立する。①と②及び①と③はそれぞれ牽連犯となって、かすがいによって科刑上一罪となる。

第5  番外編 [天井に木がなかったら]と[未遂にしたい]

放火罪は公共に対する危険を生じさせることを処罰根拠としている。そこで、火が燃え広がることがなくとも、放火によって有害ガス等を生じさせた場合、公共に対する危険を生じさせたと言えるので「焼損した」と言えないか。これについては、「焼損した」という文言上、有害ガス等が生じたのみをもって、これを満たすと考えるのは解釈上無理があり、また、放火すればほとんどの場合で煙や有害ガス等が生じるので公共に危険を生じさせるので未遂犯の成立の幅が狭まり、かつ既遂時期が相当程度早くなるので妥当でない。よって、…

⇨未遂にしたいなら、重要部分が焼かれた、的な説を使えばいい。これの反論は既遂が遅れる、火による危険が生じているのに既遂としないのは保護法益及び刑法の態度に合致しない。


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