予備試験 刑法 令和4年
はじめに
この答案は、私が令和5年予備試験に合格し、令和6年司法試験の合格待ちをしている状態で書いたものです。解説や出題趣旨等は見ていないのでご注意ください。
とても良問だと思っています(私の答案がそれを適切に書けているかは不明ですが…)。設問2を主張を列挙するシステムで書いたところは、何か工夫の必要がないと書ききれないと思ったからです。刑法の成立を否定する場合は、構成要件のどこが欠けるか、という視点を第一に考えるべきだと思っています。
答案
設問1
第1 ブドウを持ってくるように指示した行為
1 甲はYに対し、ブドウを万引きするよう指示している。仮にYがブドウを万引きしたとすれば、ブドウという「財物」(刑法235条、以下「刑法」は省略)を、占有者であるBの意思に反してYの占有下に移しているので「窃取」(同)したといえ、窃盗罪の実行行為を行ったと評価できる。そこで、このような窃盗罪が成立する行為を指示した甲がいかなる罪責を負うかが問題となる。
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(1) Yは6歳であるから刑事責任を負わず(41条)、かつ、一般的に是非弁別の機能が認められないので、法益侵害を観念して反対動機を形成することが困難である。また仮に、反対動機を形成できたとしても、Yのように親という自己の生活を包括的に支配している立場の者から強く行為を促されればこれに反対して、行為に及ばない、という判断をすることは困難と言える。実際に、Yは犯行を行うことを躊躇しているが、甲から強い口調で指示されたことによって畏怖し、この指示に従っている。このような状況に照らすと、Yは甲の道具として利用、支配されている、と言える。
(2) Yは果物コーナーの場所が分からず、何も領得していない。ここで間接正犯の実行行為としては、他人に指示する行為であるから、その着手の時期については指示したタイミングを指すとの見解がある。しかし、指示をしたとしても法益侵害の現実的危険性は何ら生じておらず、実際に生じるのは道具たる実行行為者が現実に実行に着手したタイミングである。したがって、間接正犯の実行の着手は実行行為者の実行の着手のタイミングである。よって、未遂にも当たらない。
3 以上より、Yに指示した行為について罪責は負わない。
第2 牛肉を取ってくるよう指示した行為
1 Xは13歳である。13歳という年齢はたしかに刑事責任は負わないものの、他人の物を領得する行為が法益侵害に当たることは十分理解できる年齢といえる。Xは実際に、甲の指示に対して、「万引きなんて嫌だよ」と犯罪に当たることを認識して反対しており、また、その後実際に犯行に及ぶ際も、自己の判断で指示された個数よりも多い牛肉を取るなど自己判断を行う余地を有している。このような状況において、Xが甲の道具として支配・利用されたとは評価できないので、甲は間接正犯には当たらない。
2
(1) 共同正犯の一部実行全部責任の根拠は、共謀のもと、互いの行為を利用して共犯者全員が犯罪結果全体に因果性を及ぼす点にある。同根拠に照らし、共謀共同正犯が成立するためには、意思連絡(共謀)、正犯意思、共謀に基づく実行が必要となる。正犯意思は、役割の重要性や寄与度によって判断される。
(2) 甲はxに対して牛肉を取ってくることを指示し、Xはこれを了承しているので共謀は認められる。
(3) Xの行為の発端は甲が指示したことにある。その指示の内容は目的物、スーパーの状況、領得のタイミングと具体的である。また、甲とXは親子という関係であるから、赤の他人に比べて、Xに対する甲の影響力は大きい。これらを踏まえると甲に正犯意思が認められる。
(4) 牛肉5パック及び写真集は「財物」(235条)にあたり、これらはC店に陳列されているのでC店の店長たるBの占有下にある。Xはこれらを精算することなく店外に持ち出すことによって自己の占有下においているので「窃取」したと言える。
(5) 写真集および牛肉3パック分については甲の指示はない。たしかに甲の指示は窃盗を行うことであり、写真集及び牛肉3パックは窃盗を指示されたC店にあったものであるから行為態様、被害者は共通する。しかし、甲の窃盗の目的は飲食物を取り、食事をすることにあるから、写真集についてはこの目的の範囲外である。したがって、牛肉3パックについてのみ共謀に基づく行為と言える。
3 甲は上記事実を認識認容しており、かつ、不法領得の意思も認められる。
4 よって、窃盗罪の共同正犯(60条)が成立する。
設問2
1 ①「窃盗」(238条)にあたらないこと、②窃盗の機会に当たらないこと、③暴行に当たらないこと、を主張する。
2
(1)「窃取」とは、相手方の占有する財物をその石に反して、自己または第三者の占有に移すことをいう。テレビの占有は甲に移っているか。目的物たるテレビは50センチメートル×40センチメートル×15センチメートルであるから、容易に持ち運ぶことができる物では無い。甲はこれをトートバックに入れて運ぶことを試みているが、10センチメートルほどはみ出ており、外部からテレビを持ち運んでいることが視認できる状態であるので占有が移ったとは言えない。そして、そのような状態であっても店外に持ち出すことができれば占有が移転したと評価できる余地はあるが、本問においては、甲は持ち出すこともできていない。したがって、「窃取」には当たらない。
(2)もっとも、トートバックに入れて持ち出そうとしていることから実行の着手は認められる。よって、窃盗未遂罪が成立する。
(3)「窃盗」(同)には、未遂犯も含まれる。そして、事後強盗罪の既遂、未遂は窃盗の未遂、既遂で判断される。したがって、少なくとも事後強盗既遂罪に当たらない。
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(1) 事後強盗罪は、強盗として処理されることから、「暴行・脅迫」(同)は窃盗の機会に行われなければならない。窃盗の機会とは、被害者から容易に発見され、財物を取り返され、あるいは逮捕され得る状況のことを言うため、原則、窃盗の現場及びその継続的延長と見られる場所でなければならない。
(2) 甲がFの胸部を押したのはスーパーの駐輪場であるから、窃盗の現場から近い場所である。ただし、甲は一度E店を出て3分間かけて、400メートル離れた公園にまで辿り着き、かつ、その場で10分間経過している。したがって、一度支配領域から離脱している以上、形式的に窃盗の現場と近接した場所で暴行等を行ったとしても「窃盗の機会」に行ったと評価できない。したがって、事後強盗罪に当たらない。
4 「暴行」(同)とは、相手方の犯行を抑圧するに足るものでなければならない。甲はFの胸部を押すことによって尻餅をつかせている。甲とFは共に女性であり、年齢も同じである。また、甲が何らかの武器を持っているという事実はなく、一度尻餅をついたとしても即座に立って対応することは十分可能である。これに照らすと、反抗を抑圧したとまでは言えないので、「暴行」に当たらない。