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金沢カレー


「金沢カレー」って、よく耳にするようになりましたが、
いざ「説明してください」と言われると困ってしまうことも多いです。

「実際、どういうものなの?定義もよくわからないし…」という人は少なくないはず。
実は石川県民でも、明確にはっきりと説明できる人って、案外少ないんじゃないかと思います。

「金沢カレー」という言葉が使われ始めたのは、早くとも2005年前後~と比較的新しいのです。

そこで……

今回は「金沢カレー」についてご紹介します。

そもそも「金沢カレー」って?

「金沢カレー」について、巷ではどのように言われているのでしょう?「厳密な定義はない」と言う人もありますが…Wikipediaでは、こんな説明になっています。

「金沢カレーとは、金沢市を中心とする石川県のカレーライス店で供される独自の特徴を持ったカレーライスを言う。」

Wikipedia

石川県自体がカレーを好む県らしく、カレーを提供する店舗が非常に多いのです。そんな石川県で昔から根強く人気があったのが、現在「金沢カレー」と呼ばれているスタイルのカレーでした。

NTTタウンページが2013年に発表した「カレーハウス」の登録ランキングにおいて、石川県は“人口10万人当たり”で登録件数最多とのこと。

それらのお店は、共通してある「独自の特徴」を持っています。

「金沢カレー」の特徴

金沢カレーの「独自の特徴」と言われているものが、具体的にどんなものなのか見ていきましょう。

  • ルーは濃厚で「ドロッ!」とした感じ。

  • カレールーの上には「カツ」が載っており、その上にソースがかかっている。

  • ステンレス製の舟型のお皿に盛りつけられている。

  • 先割れスプーンかフォークで食べる。

  • つけあわせにはキャベツの千切り。

  • カレーのルーは全体にかけ、ライスは全く見えないように盛り付けられている。

一般的に言われている特徴としては、このようなものです。お店によっては、全ての条件を満たしているわけではありません。

・慌ただしい営業に採用された、丈夫なステンレス皿

ステンレス製船皿については最も単純な理由で、割れにくく丈夫であることが大きな理由でした。金沢カレー業態は一般的な飲食店に比べても提供速度が早く、慌ただしいのです。

・フォークでの提供は、昔の固かった豚肉を刺すため

フォークでのご提供が多いのは、昔使用していた豚肉が欧州産の肉質の固いものであったことが影響しています。お召し上がりの際には先割れスプーンなどよりカツに刺しやすく食べやすいからです。

・キャベツ・ソースなどは、“豚カツ定食をそのまま載せた”ことから

また、カレーの上にカツをのせ、ソースを掛けてキャベツを添える…という点は、元々洋食店であった際に提供していた“豚カツ定食”と“カレー”を合わせて現在の“Lカツカレー”に行き着いているため、豚カツ定食で提供していた一式をそのままカレーの上にのせるスタイルとしています。

このスタイルに行き着くには前身が洋食店でないと成立しないため、最も分かりやすくオリジナル金沢カレーとしての証明になるストーリーかもしれません。

「金沢カレー」の代表的なお店

金沢市近郊のカレー専門店はいくつか存在し、それらは過去からの系譜で繋がりのある店や、繋がりの無い店が混在している状況です。地元の方でも、このあたりの複雑な事情をご存知の方は少ないと思います。

石川県発で「金沢カレー」を提供している代表的なお店を、挙げてみます。

ターバンカレー

元々は「洋食タナカ」として営業をしていた田中吉和が、常連客だった岡田隆氏と共に共同経営で金沢市に出店していたお店です。
後に共同経営をやめ、田中が分離・独立して「カレーのチャンピオン」に至ります。
共同経営の解消後から現在も「ターバンカレー」として金沢市繁華街で営業をされており、近辺のお客様に親しまれています。
店舗数で最大手のゴーゴーカレーさんは、こちらのお店から出られているようです。

キッチンユキ

老舗中の老舗のひとつ、カレー専門店ではなく、どこか昔懐かしい雰囲気を残した洋食店です。
カレーだけではなく「ベーキライス」など幅広く金沢洋食※5の提供もあり、根強いファンの多いお店です。
創業者の宮島幸雄氏は『ニューカナザワ』以前からも田中吉和と親交が深かったようで、田中とツーショットで撮られた写真なども遺されています。
ニューカナザワではサブチーフとして田中の下で働かれていましたが、同年代であったこともあり、実際には共に腕を磨く良き料理仲間であったことが伺われます。

カレーの市民アルバ

1971年に小松市で創業。首都圏など各地にも店舗が存在します。
創業から関わられ、アルバで工場を切り盛りされていた今度忠氏は、一時期「カレーのチャンピオン」でも工場長を務められており、私たちともある意味で関係の深いお店です。

インデアンカレー

ニューカナザワ時代に田中の下で働いていた今度氏は、東京~金沢間の旧国鉄食堂車で働かれていました。
今度氏と田中は特に仲が良く、ふたりは食堂車が金沢に着くたびに交流を持っていたらしいです。
今度氏はタナカでのカレー人気とその味に驚き、田中から直接そのレシピを受け取りました。
その後、今度氏はそのレシピに独自のアレンジを加え、ニューカナザワの和食部門で働いていた野村氏から請われるかたちで、店舗設立に尽力します。

カレーのチャンピオン

1961年に金沢市内で「洋食タナカ」として創業。
実は今の本店は金沢市ではなく、お隣の野々市市に存在します。
今に至る、金沢カレーのレシピとその特徴あるスタイルを創業者の田中吉和が作ったことから、金沢カレーの「元祖」と呼ばれることも多いです。
“チャンカレ”の略称で、地元のお客様を中心にご愛顧いただいています。




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