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・本性

帰宅の時間帯、混み合う電車内。
ドアの前に立つ20代前半と思われる女性、ドアガラスに自分の姿を映し見ている。

しきりに髪型を気にし、何度も手直ししている。
身に付けているアクセサリーの確認も怠らない。
時々上目遣いで口角あげて笑顔を作っている。

これから、想う人とデートなのだろうか。その姿がなんとも初々しく可愛らしい。

メイクに不足を感じたのか、バッグからポーチを取り出す。
ファンデーションを叩き込みチークも足している。
揺れる電車内、立ちながらのメイクが上手いものだと感心する。
リップを取り出したところで駅に到着、ドアが開く。

女性は周りを気にすることなく、その場に立ったまま手鏡を出しリップを塗り始める。
そんな中、乗る人がぶつかってしまい、女性が持つリップは大きく動いてしまう。

「このクソババア!ズレたじゃねぇかっ!テメェこの顔どうしてくれんだ!ごるぁぁぁっ」


先程まで初々しく可愛らしいと思っていた女性が怒声をあげた。

振り返った女性の顔は鬼の形相で、唇から鼻の穴迄赤い線が描かれている。
ぶつかってしまった人は納得いかない表情をしながらも「すみません」と言っているが、彼女の怒りは収まらない様子。



「人が乗り降りするその場所を退けば良かったことだよね。誰のせいでもないよ。気遣い出来なかった君が原因だよ」

「なんだと!テメ・・・」

怒鳴りながら声する方に顔の向きを変えた女性は言葉を失っていた。

ドアの外に佇む優しげな男性。

「君を驚かせようと思って待っていたけど・・・デートは取り止めだ。さようなら。」
その瞬間、電車のドアが閉まる。

女性は閉じられたドアの前でリップと手鏡を手にしたままフリーズ。

自業自得というものだろう。

声を掛ける義理はないし、見ないふりをするのが正解かもしれないと思い、女性を視線から外した。

次の駅で女性は下車した。
その後どうなったのだろうか。
知る由もない。

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