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査定金

見事なまでの晴天。
仕事仲間であり友人でもある彼女は荼毘に付され、煙が青空に吸い込まれていく。


彼女はあっという間に逝ってしまった。
ヒモのような男にお金を貢ぎ、挙句の果てに40歳にして人生が終わってしまった。

この場にヒモ男の姿はない。
所詮金目当ての薄情な奴だったんだ。
こちらとしてはそういう人間性だと感じていたが、彼女は奴を疑う事はなかった。




流れる煙を眺めながらふと、1年前に彼女が話していたことを思い出す。

今、こうして彼女の火葬場にいるということは…
いや、そんなはずはない。

しかし


彼女が逝ってしまったということは…






ーーー 1年前 ーーー

彼女はいつも疲れた顔をしていた。
それでもセッセと働く彼女に
「働き過ぎなんじゃない?早朝に新聞配達、昼間は弁当屋、夜は水商売…そこまでして働かなくても。いつか倒れるよ?心配なんだけど」
度々そう声を掛けるが
「こう見えて頑丈なのよ〜
丈夫に産んでくれた親に感謝よね〜!
彼の為ならいくらでも頑張れちゃうし」

ヒモ男は起業する為に準備をしていると聞くが、その話を聞いてから時は既に6年を経過している。
本当に起業しようと考えているのか?
彼女は騙されているだけでは?
何度か彼女に確認したが
「一見チャラく見えるかもしれないけど、ああ見えて芯はしっかりしているのよ。それにあの人ったら、大変だからって家事は全部やってくれるの。とっても優しいのよ」
と言う。

いや……家事くらい当然だよね。
収入を得ていないのだから。
思考が麻痺していないか?

「余計なお世話かもしれないけど、彼氏君も働けば資金貯まるよね。あなた一人で稼ぐ必要ないんじゃないの?
いつまでトリプルワーク続けるの?本当に身体壊すよ?」

心配のあまり、強めに彼女に言う。

「実はね…近々まとまったお金の都合がつきそうなの。そしたら彼は本格的に起業できるから、その時私は仕事辞めるわ。彼がね、そうなったら結婚しようって!」

本当に結婚する意思があるなら、もっと早くに行動で示せよ!
まとまったお金?あの男のことだ、悪巧みで入手するのだろう。巻き込まれないと良いのだけど…

「そんなに心配しなくても大丈夫よ
…実はね、彼、人脈作りであちらこちらに出かけているんだけど。その中で親しくなった人からお金の入手方法を教えてもらってね……説明すると長くなるから…明日仕事終わったら話すわ。次の仕事に行かなくちゃならないから帰るわね。お先に!お疲れ様!」


え?
ヒモ男が人脈作りで出かけてる?
パチンコ屋に出入りしている姿を見かけるが、それが人脈作りか?
騙されてると思うのだけど……

伝える間もなく彼女は帰った。


ーーー 翌日18時過ぎ ーーー

静まり返った公園、それぞれ缶コーヒーを飲みながら話をすることに。

「夜の仕事は?時間大丈夫?休み?」
本来なら彼女は弁当屋の仕事を終え、急いで帰りシャワーを浴び、夜の仕事に備える時間なのだ。
「今日は店の部分改修工事で休みなのよ。だから大丈夫」

「そうなんだ。良かった…少しは身体休められるね。
いや…昨日の話、何?
かなり怪しいと思うんだけど…」

彼女の話はこうだ……

とある場所にお金の申請をすれば融資をしてくれる極秘結社が存在する。


人は誰もが生まれた瞬間から平等に5億円という値段が付けられている。

ただ、人生を歩むうちに人は誰でも良くない行いをしてしまう。悪意がなくても、大きくても小さくても良くない行いをしてしまうものだ。その行い1つ毎に罰金が科せられ、5億円から減額されていく。
減額にあたる項目や金額は多種多様で、
極秘結社内では緻密に分類化されており外部の人間には一切明かされないが、悪行高いほど減額される金額は大きいのである。


誰かが臨終を迎えると速やかに査定額が算出され、50〜100ページにも及ぶ明細表を国に提出すると査定金が極秘結社に支給される。
本来であれば本人のみに支払われるべきお金であるが、臨終を迎えたことにより受取人不在となる。
本人以外への支払いは家族であっても厳禁となっている。

それ故に極秘結社にはとんでもない金額のお金が存在している。
その為、極秘結社では会議に会議を重ね、国とも協議をした結果、申請した者には生きている間に査定金を渡すということに決定した。
申請を提出した時点までの査定額を計算し、残金を渡すというシステム。


ただし、

申請の取り消しはできない。
お金を受け取った時点で良くない行いをしてはならない。
50万円を超える罰金が発生した場合、査定金を受け取った本人の命はその瞬間に終わる。




いや、いや……
色々矛盾があるのだが?

良くない行いとやらをカウントするのは誰?

査定金なんてお金、どこから流出されているお金なんだ?

そもそも極秘結社と国の繋がりはなんなんだ!

そして50万円を超える罰金が発生したら、その人の命が終わるって…一体誰が終わらせるんだ?殺人事件案件ではないのか?

どれもこれも信憑性に欠けている。
胡散臭さしかない。
それなのに彼女は極秘結社に行き、計算してもらった結果自分の査定金が9千万円になると聞き申請したという。


「え?9千万円?
4億1千万円分も減額されているの?
何かの間違いではないの?
あなたほど人に尽くす人がなんで?」

彼女は言う。
「私、結構色々やらかしてるのよね。数え切れないほど嘘ついたし親不孝ばかりだし、若気の至りで散々万引きしたし、喧嘩をして相手に怪我させたし。それに……今まで言わなかったけど、私2回妊娠して2回とも中絶したの。罪重いよね。他にも自覚ない所で悪い事しているんだろうな」


若い頃お転婆娘だったとしても、今はよく気が利き、人に気を遣い、よく働く優しい人なのだ。

「若い頃色々あったとしても、4億1千万円も減額だなんて…」

「でもね、マイナスの人もいるんだって。実は私の母がマイナスの人で。子どもである私の査定金から母のマイナス分差し引かれるんだって。笑っちゃったよ。それでも9千万円いただけるならありがたいけどね」

それって良いのか?悪いのか?
まるで負の遺産を相続するようなシステムが査定金とやらに組み込まれているなんて…。
そもそも極秘結社だの査定金受取だの、現実世界にあるのだろうか。
実際にあったとしても、貴重なお金をヒモ男の為に使うのは如何なものか。

「ねえ…起業のためにお金を必要としているのは彼氏君でしょ?なんで彼氏君本人が申請しないの?おかしくない?」

「彼も申請したんだけどマイナスだったのよ。彼も色々やらかしちゃったのね。どこか似たもの同士だから惹かれ合うのかも。
彼の夢は私の夢でもある。だから私のお金を使って欲しいの」

惚れた弱みというものか……。
ヒモ男にそこまで尽くす魅力は1mmも感じないのだが、そこまで誰かを思えるというのはある意味幸せなのかもしれない。


「あのさ…あの…ね…
もし…本当にお金を受け取ったとして…
大丈夫だと思うけど…

死なないでね
長生きしてよ!」

「当たり前じゃな〜い!
私、これからもっと幸せになるんだから〜」
満面の笑みで彼女はそう言った。




2ヶ月後
彼女は本当に9千万円を手にしたそうだ。その3ヶ月後にはトリプルワークを全て辞め、新天地で頑張るのだと引越して行った。

心配で時々メールを送るが、返ってくる返事はいつも「元気よ〜」か「大丈夫よ〜」だけだった。




久しぶりに彼女からメールが来た。

内容に愕然とした。

体調悪く受診したら余命数日と診断され入院していると…。
自分にもしものことがあれば、アパートの部屋の片付けを頼みたいと…。

翌日、取り急ぎ彼女が入院している病院に行った。数ヶ月ぶりに会う彼女は別人だった。
やせ細り苦悶の表情、まるで死神が取り憑いているような雰囲気を感じた。

「ごめんね…
頼める人があなたしかいなくて…
あとの事はお願いします…」

呼吸をするのも苦しげな中、彼女はそう言いメモと家の鍵を渡してきた。
「わかった」
と一言だけ話し、1時間ほど彼女の傍に座り、冷えた手足を擦り続けた。

彼女は
「少し眠りたいから…ありがとう…」と言った。
遠回しに帰ることを促されたような気がする。彼女に会うのはこれが最期かもしれない…そう感じたが病院を出ることにした。



翌日、彼女は眠るように逝ったそうだ。


査定金なんて手にしなければ、彼女は今も元気だったかもしれない。ヒモ男の為に忙しく働き、それでも幸せを感じながら暮らしていたのかもしれない。

こんなに急に亡くなるということは彼女が罰金に値する何かをしたのか?
ヒモ男の夢が自分の夢と言っていた健気な彼女が何をしたというのだ。
まさか、あの時本物の死神が憑いていて、彼女は連れて行かれたのか?

そう思ったら例えようのない悲しみが込み上げ、声を出して泣いていた。








なかなか悲しみが癒えず1週間が過ぎた。
彼女から頼まれていた部屋の片付けをしなければ…。

彼女が住んでいたアパートの部屋の前、大きく深呼吸して鍵を開けようとした所へ1人のご婦人が現れた。
「幸子さんのご友人の方ですね?私はここの家主です。幸子さんから話は聞いています。あなたが来られたということは、幸子さんはお亡くなりになったのですね。」
彼女は家主さんに自分の余命が長くないこと、片付けを私に託している事を話していたらしい。彼女らしい気遣い。
「片付けはお任せしますがお困り事がありましたら、向いの家にいますのでお声がけくださいね」
そう言って向かいの家に入っていった。


彼女の部屋に入る。
ヒモ男の物と思われる衣類が1着、ハンガーに掛けられていた。一緒に住んでいたはずなのにヒモ男の気配はない。
彼女はヒモ男について話さなかったが、きっと大金を手にし、他に女をつくり彼女から離れたのだろう。無性に腹立たしくなり、急いでハンガーから服を外し、ゴミ袋に投げ入れた。

彼女の部屋には無駄な物が置かれておらず、整理整頓されていた。
そのお陰で、片付けにさほど手間取ることはなかった。

あらかた片付き、カーペットを捲ると極秘結社との誓約書が出てきた。

秘密厳守

支払い金額  9千万円

受領後異議申立ては一切しない

違反発生した場合、罰則あり

という内容。


背筋が凍る。
罰則ということは、つまり、死を意味するのだろう。

他所の国では闇で臓器売買という恐ろしい話を風の噂で聞くが、この極秘結社とどちらが危険なのだろう。

それでも誰からともなく話を聞き、彼女のように利用する人がいるのだろう。

命をお金に替えるということだ。
嘆かわしい話である。




ところで・・・・・




我が身の査定金とやらは、一体幾らになるのだろうか……


                                     お わ り

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