空を見上げて
ある日の夜、携帯に見知らぬ番号から着信あり。分からない番号には出ない主義。
こんな時間になんだ?
着信履歴番号を調べると、とある警察署の番号だった。
え……?
警察?
留守番メッセージは無い。
間違いか?
そのまま放置していた。
翌早朝、目覚めると再び同じ番号からの着信があった様子。メッセージは残されていない。
何なのだろう……
寝惚けながらも番号を眺めていると、玄関のインターフォンが鳴る。
え……
朝の6時ちょい過ぎだというのに誰?
恐る恐るインターフォン越しに「はい」と対応する。
「○○警察です。
○○さんはいらっしゃいますか?」
はい、私ですが…
「ご主人のことでお話があります。
朝早くから申し訳ありませんが、玄関外までお願いします」
ご主人のことで……
何かやらかしたのか
こんな早朝から警察が来るということは、余程のことか
こういう様々な出来事が嫌で夫から逃げた。警察には事情を話していたけれど、結局何かあるとこちらに来るんだな。
恐る恐る外に出ると刑事さんが2人。
「込み入った話なので、車に乗っていただけますか?」
は、はい……
まさか…誰かを殺めてしまったのだろうか……
背筋が凍るとはこの事か…
車内に案内されシートに座ると、刑事さんの1人が大きく一呼吸した。
「○○さんはご主人で間違いありませんか?」
は、はい…そうです…
「実は○月○日、○○さんがご遺体で発見されました。」
再び刑事さんの大きな一呼吸を耳にしながら、何を言われているのか理解出来ずにいた。
「ご主人は女性関係での問題や借金等はありましたか?」
あの…すみません……
家を出てから3年になるので…全く分かりません。家を出る前に夫のことで警察にも相談していましたし…
「そうですか…そうですよね…
調べている中で奥さんの事も判り連絡させていただいたのですが…」
あの…これは…一体どういう状況なのでしょうか?すみません、寝起きという事もあり全く理解できないのですが…
「実は…とあるコインパーキングの車内で発見されたのですが、身分を示す物がなく、亡くなられてから日数が経過している事もあり少し時間が掛かりまして…調べた結果ご主人であることが判明しました。車内には練炭や遺書と思われる物も発見されていまして、自ら命を絶たれたようです」
・・・・・・・
「今、ご遺体は警察にて安置しています。奥様としては複雑な気持ちだと思いますが、婚姻関係なのでご遺体の引取りをお願いしたいのです。
ですが奥様の気持ちとして、どうしても引き取りたくないという場合は放棄するという手段もあります。ただ放棄する場合はご主人の財産全ても放棄ということになります。
突然のことなので今すぐの返答は難しいと思います。お子さんともよく相談していただいて、1週間以内に警察署に連絡ください」
遺体確認について尋ねると、死後2ヶ月経過しており、腐敗が著しく見た目の判別は厳しい。現在は特殊な薬剤を入れ密封している。見ることは勧められないとの事だった。
衝撃過ぎる内容に思考が追いつかず、とても暑い日だったのに全身が凍り付くような感覚に身震いしながら車を降り、刑事さんを見送った。
父親のことを子どもに話さなくてはならない。
しかし何と話せば良いのだ。
父親が自死をしたと知れば、大きなショックを受けるのは間違いない。子にとっては血を分けた父親なのだから。子の人生に父親の自死というものが一生付き纏うのか……
3日間悩みに悩んだ。
自死に追い込んだ原因は自分なのだ。
自分の所為だ。自分が背負うべき罪と罰。そう考えていた。
子どもに父親が自死という重りを背負わせたくない。
意を決し子どもに自死という事だけは隠し、父親の死を告げた。腐敗著しく、死因は分からない状態で発見されたと…。そして父親の遺体をどうするかを確認した。
子どもは号泣した。
どうしようもない父親だったけど、好きだった。
父親の遺体を知らぬふりなんて嫌だ。
その言葉で自分の放棄したい気持ちをゴリ押しする事は出来なかった。しかし遺骨は火葬後葬儀社に託し、無縁仏という対応をとることには合意してくれた。いつか子どもがお参りに行けるという条件で。
葬儀が終わってもまだまだやるべき事が想像を絶するほど沢山あり過ぎた。
仕事をしていたこともあり、為すべきことが進まない。
それでも少しづつ、少しづつ片付けているうちに借金がある事や税金類等も滞っていたり…その他住宅問題やらあれやこれやそれや……
何から手をつければ良いか
何をどうすれば良いのか
そんな中、夫を放置して死なせた鬼嫁など熾烈な言葉を言われたり。
怖くなってしまい、足を運ぶことができなくなった。
やむなく、行政書士さんに依頼することになった。
借金問題等は弁護士さんに依頼することになった。
生活に余裕はなかったが、自分だけではどうにもならない事案が多すぎた。
行政書士さん、弁護士さんに依頼していても、諸々終わるまで1年要した。
自分1人だったら未だに終わっていなかっただろう。
当時住んでいたマンションは安価で売却され、支払うべき場所に支払われた。
生命保険にも加入していなかったので自分たちに残るものはなかった。
今までの苦労があるのだから、せめて遺族年金申請してみては?金額は少ないかもしれないけど、貰うもの貰わないと割に合わないよ!と友人に言われ申請してみたが、6ヶ月以上別居している場合は対象外との事で申請は却下された。
これは自分に科せられた罰なのだろう。
自分が逃げ出していなければ、きっと今も夫は生きていただろう。
しかし逃げていなければ、自分の今はどうなっていただろうか……
子どもと自分を守る為に夫を犠牲にした。やはり自分は鬼嫁なのかもしれない。
あれから4年が経つ。
当時より情緒は落ち着いてきているが、未だに嫌な記憶が自分の心の中を蝕む。
自問自答し心が病みそうな時、いつも歯を食いしばり顔を上げていた。
視界に入るのは空だった。
空はいつも広く、ちっぽけな自分を包み込んでくれるのだった。
賛否両論、意見はあると思う。
何が正解かなんて未だに解らない。
同情し慰めて欲しいわけでもない。
ただただ自分の気持ちを整理し、ホンの少しでも苦しみが解放出来るように当時の事をnoteに記してみました。
最後まで読んでいただき
ありがとうございます。