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【連載小説】俺たちの朝陽[第15章]奇跡の決勝戦が始まる!
【ドラマが始まる】
いよいよ、その日が来た。
ただ、この試合に負けたとしても、まだ望みは残っている。『ブラックブラフズ』が『MIYAKO』に敗れれば、三者とも1勝1敗になり再試合になるのだ。しかし、そんなことは、考えないのが『27時』の良いところ。一気に勝負をつけるため、いざ決戦場へ。
前日の決め事通り、三橋の先発で行こうと哲彌は決めた。早い回で危なさそうだったら、オダチン、柄モンとを矢継ぎ早に投入すればいいと、腹を括った。
優勝が決まるかもしれないと聞き、マー姐ぇ、桃ちゃん、麻美、由美の姉妹も応援に駆けつけた。
哲彌はジャンケンで勝ち先攻を取った。大体野球は後半にもつれることが多い。高校野球でも9回裏に後攻のチームが大量得点で大逆転勝利するのを覚えている人もいると思う。なのにジャンケンで勝つと『27時』はいつも先攻を選んできた。
先に点を多く取って相手の意気を消沈させる方がいいのだと思い込んでいるフシがある。だから、洋助をはじめ面々は、競馬の馬券でも逃げ馬から買う。後続馬に差し切られることが何度も続いても、懲りないのだ。どこからか逃げたいのかもしれない。人間誰しも、人生何度か逃げ切りたいと思うことがあるはずだ。こんな置き忘れられたような町に集まってきた面々なら、なおさらなのだ。ゴルフプロを目指している永チンも初日から2位以下をブッチ切っての優勝を夢見ている。
その一回表の攻撃。
一番の守田は、結構冷静だった。相手投手のピッチング練習を見ていて、自信のある速球を中心に組み立ててくるだろうと考えていた。
その第1球は、予想通りの外角高めの速球だ。守田は、球筋を確かめるように見送った。
ストライクワン。
次も同じストレートで内角を攻めてきたが、僅かにはずれ、ボールワン。
3球目を待っていた守田は、そのスピードに合わせると、打球は一、二塁間をきれいに抜き去った。
ノーアウト一塁。
次の勘太は守田にバントのサインは出さない。こっちの先発ピッチャーは三橋なのだから、できるだけ点を多く挙げなければならない。相手にアウトひとつ与えることはない。
その1球目、守田が走った。それに合わせて勘太が狙いすましたかの様に、一、二塁間へ流し打ち。サインをふたりで示し合わせたとは思えない。お互い目も合わせていないのだから。大胆な、と哲彌は感心した。これぞ『27時』のアウン野球だ。
守田は悠々三塁へ。ノーアウト一塁、三塁 の絶好の先制機を迎え、次はナリだ。このところあまり良いところがないので、汚名挽回のチャンスだと張り切っていた。相手のボールを見極めようと1球目のストレート、2球目のカーブを見送り、ツーストライク、ノーボール。
2球目のカーブに、わざと反応を示さなかった。ストレートを待っていると思わせたのだ。
すると案の定、3球目はおあつらえ向きの肩口から入ってくる、所謂ションベンカーブだ。
それを待っていたんだよ、とばかりにやや大根切りに近いバットの振りで左中間に持っていった。二塁打だ。守田は勿論、勘太も二塁、三塁を回って生還。
思い通りの先制攻撃で2点先取だ。
コバも続き、センター前に鋭い打球を飛ばす。当たりが良すぎて、二塁ランナーのナリは、三塁でストップしたが一塁、三塁に。そしてまだ、ノーアウトだ。
次のアイアンマンは、気負い過ぎたのか、初球のボール球を内野に打ち上げてしまい、ワンアウト。
ここで哲彌は、先発に起用した伊勢のお父に期待した。
お父は、アイアンマンに劣らずのパワーヒッターで、何度もいいところで打っていて、打席数は少なく隠れてはいたが打点ではチーム屈指のバッターだった。
そのお父は、期待に違わずセンター超えの打球を放った。ナリはホームへ帰ったが、センターのフェンスに当たって跳ね返ったボールが、ちょうど守っていた外野手のところに来てしまい、コバは三塁へ進んだが、走力には難のあるお父は、一塁止まりになった。
それでも1点追加で、これで3対0。幸先良しだ。
また、地金、島田と連続フォアボールで押し出しの追加点。そして三橋のセカンドゴロでコバが帰り更に1点と、止まることを知らない怒涛の攻撃だ。
守田が三塁ゴロに討ち取られ、ようやく1回表が終了した。
5対0。
攻撃にかれこれ30分近くはかかっただろうか。これでは7回までできないだろう、哲彌は対策を考えねばならないと思った。逃げ切り勝ちという言葉が頭をよぎった。
そこで一回の裏、三橋が相手の一番、二番を連続してフォアボールを与えたところで、早くもオダチンにスイッチ。用意ができていなかったオダチンが慌てて、キャッチボールを始めたが、審判に促されマウンドへ。規定の7球を投げ終え、三番バッターに向かった。
その第1球を捉えられ、レフト前に痛打された。俊足の二塁ランナーが三塁を回り一挙生還。
これで、5対1。
だが、オダチンが後続を断ち切り、一回は終了。
1点取られたことで、面々はさらに気合が入った。
二回に勘太、ナリが連続安打、、コバがフォアボールで出塁し、満塁に。アイアンマンが内野フライを打ち上げ、ワンアウト。次の伊勢のお父が走者一掃のレフトオーバーの二塁打を打ち、走者一掃で3点を追加。
「さすが、打点王」と、信介。
その後は、惜しい当たりもあったが、抑えられてしまった。
8対1、7点のリードだ。これまでの試合で一番の大量リード。しかし、三回以降は、気が緩んだのか、交代した相手投手ふたりに追加点を挙げることができなかった。
その後は『27時』もオダチンが、二回、三回はヒットを打たれながらも0点に抑え、四回から柄モンに交代し0点に抑え込んだ。絶好の継投策に思えた。
そして、五回裏、この回で最終回という審判の宣告がされた。相手の攻撃は、下位打線の七番からだ。ここさえ押さえれば優勝だ。
そこで哲彌は元祖全員野球を標榜する『27時』としては、ベンチ内にいるみんなをグラウンドに上げようと思った。7点の差があるから、大丈夫だろう。
そこで、一番の守田に代わって、センターに寿司屋の信介、二番の勘太に代わってユニフォームのデザイン担当の綾ベーがショート、三番のナリに代えてファーストにはカストロ帽にジーパンがトレードマークだった亀ちゃん、四番のコバに代えて電信柱の上で寝てしまった電線マンのナベちゃんがキャッチャー、五番のアイアインマンのところに、1年目に大活躍したボーカリストを目指す三輪田がライト、六番の伊勢のお父の代わりには、ハイヒール森岡がサード、七番の前監督地金に代えてセカンドにジャンケンの申し子の幸ちゃん、八番の島田には、金は出さず口だけは出すオーナーの洋助がレフトと布陣を一新した。九番は、そのままオダチンに代わって胴上げ投手を狙う柄モン。
リリーフした柄モンは、バックの守備力に不安を感じたが、
「よし、俺が下位打線を抑えればいいんだ」と、胴上げ投手の栄誉は、もらったと力んでいた。
「大丈夫かな」
自分が決めた布陣なのに、哲彌は嫌な予感がしていた。
その不安が当たるから、野球は恐ろしい。
相手の七番に柄モンがフォアボールを与えてしまい、八番の当たり損ねのサードゴロを、森岡が取った時にはもう遅かった。
これで一塁、二塁。
哲彌は胸騒ぎを覚えていたが、まだ余裕がある、何せ7点差があるのだと、自分に言い聞かせていた。
ラストバッターの九番は、止めたバットにボールが当たり、フラフラっとセカンドの幸ちゃんの前に。幸ちゃん、慌ててボールを拾ったが、一塁には間に合わなかった。ノーアウト満塁だ。
次の一番の左バッターには、いい当たりのライトオーバーの二塁打を打たれてしまい、一塁ランナーまでホームに帰られてしまった。
3点が取られ、8対4。尻に火がつき始めた。
その時、打球を追いかけた三輪田が、フェンスに激突し、ひっくり返ったしまった。慌ててセンターの信介、セカンドの幸ちゃんが駆け寄ったが、三輪田は立ち上がれない。どうやら足を挫いたらしい。信介、幸ちゃんに抱えられ、ベンチへと下がってきた。もう、守備に戻れそうもない。
監督の哲彌は、交代選手を探したが、残っているのは、哲彌と記録係の能一だけだ。迷いに迷ったが、能一を送り込んだ。能一は、一度も試合に出ることはなく、いつも時間のある時は、スコアブックと格闘してくれていたので、優勝決定の瞬間に立ち合わせてやろうと、哲彌は思ったのだ。
しかし、ベンチ内の誰しもが不安を隠せなかった。
「大丈夫か、奴はまともにキャッチボールもできないんだぞ」と、ライトを守っていたアイアンマンが、声を出した。それにつられベンチ内の誰もが、悪い予感に襲われた。
「いや、ライトに打たせなければ大丈夫」と、オダチンが呟いたが、逆にその言葉によって、さらに不安が増していった。
ライトの交代に、柄モンは動揺したのか、二番にはデッドボールを与えてしまい、またも一塁、二塁に。
そして、哲彌が警戒していた三番の強打者には、センター前に弾き返され、二塁ランナーがホームを踏み、1点が追加された。これで、3点差に。
7点差ではしゃいでいた応援の女性陣も静まり返っている。まだノーアウトなのだ。もう、大量リードを奪っていた勢いがなくなっていた。こうなると追われるものは辛い。優勝がかかっているという思いが、さすがの『27時』の面々の中にも、3点の差はないも同然のような雰囲気になっていった。
次の四番打者は、気負ったようなスイングで、1、2球を振り回したが、柄モンの気力が辛うじて上回り、右、左にファールを打ち上げた。その打球は、鋭く左右のフェンスを軽々と超えて民家の密集する方へと飛んでいった。
コバに代わったキャッチャーのナベちゃんは、ここはカーブで仕留めようと考え、サインを出すが、柄モンは何故か首を振る。
「え、またストレートでか。今度こそ外野の上を越されるぞ」
しかし、柄モンはまた首を振る。
「え、えっ。コバからはストレートとカーブのサインしか受け継いでいないぞ」
だが、それはそれ、相手を惑わす作戦かとナベちゃんは、すぐに悟った。これぞ『27時』のアウン野球だ。バッターは、少し迷ったような素振りでタイムを取り、打席を外した。
これならイケる、カーブで3球勝負だ。
そして次のボールは、外角へ流れるような放物線を描いて、四番のバットを空を切らせた。
しかし、ようやくワンアウト。
四番に全力で向かった柄モンは、精魂尽き果てたのか、次打者の五番バッターには、またデッドボールを与えてしまった。これで満塁、ホームランなら3点差をひっくり返されてサヨナラ負けだ。
タイムを取り、マウンドには、綾ベー、幸ちゃん、亀ちゃん、ナベちゃんの内野陣が集まった。
「大丈夫、大丈夫、俺たちが守ってやる」と、口々に励ますが、どう見ても危なっかしい守備陣を考えると柄モンは、
「俺が抑えなきゃ、ならない」と、気を引き締めた。
次のバッターで、相手打線は一巡する。
その六番は、しぶとくレフトの前に落とした。またひとりがホームを踏んで、2点差に。二塁ランナーは三塁止まりだ。
次の七番は、前打席にフォアボールを与えてしまい、相手の猛反撃のきっかけを作ってしまった奴だ。なんとしても抑えなければと、柄モンが渾身の力を込めて三振に討ち取った。
これでツーアウト。しかしまだ満塁だ。
次打者の八番の前打席は詰まらせてボテボテの三塁ゴロだったが、運悪くその打球は三塁とホームとの間で止まってしまったのだ。
だが、速球にタイミングが合わず、ストレートで押せば、何とかなると哲彌は思っていた。
柄モンとナベちゃんも同じ考えだったらしく、1、2球とも内外角に気持ちよく決めて、ツーストライク。
「あと1球、あと1っ球」と、女性応援団が息を吹き返した。
しかし、好事魔多し。
3球目を投げ終わったところ、柄モンは右手に異様な痛みを感じた。八番バッターが、速球を意識してバットを短く持ち、コンパクトにそして鋭く振り抜いた、その打球が彼の投げ終わった右手の指の部分を直撃したのだ。その場にうずくまり声をあげた。
「ギャ!」
声にならぬ声に、ベンチのみんなは息を呑んだ。
血が滲んでいるように見えた。
柄モンは動けない。投手プレートの手前付近に落ちたボールを、急いで綾ベーが取りに行ったが、三塁ランナーが既にホームイン。投手直撃の内野安打。1点差、しかも、まだ満塁だ。
ようやくタイムがかかったが、、柄モンは、もう投げられないだろう。
哲彌は、ベンチ内で最後に残っているのは、
「俺しかいない」と、腹を決めた。
突然の事態に、投手交代の規定の投球回数7球に加え3球が足され、哲彌にピッチング練習が許された。
「大丈夫、ゆっくり行こう」と、ナベちゃんが声をかける。
ベンチの中を見ると、麻美が柄モンの指を水で洗った後に、タオルで拭っていた。
三輪田は、自分のように二枚爪にならなけりゃと心配していた。
それでも試合は続く。
この九番バッターさえ抑え込めば、3年目にして初優勝だ。
哲彌は気合を込めて、第1球を投げ込んだ。力が入りすぎたのか高めに外れ、ワンボール。
続けて2球目も、今度は速球がワンバウンドになり、ツーボール。3球目は、バットの根っこに当たり一塁線の外側へ向かったが、あと少しのところで一塁の亀ちゃんの横を抜けるところで、危なかった。
助かったが、数十センチの差で勝敗が決まってしまうのが、野球の怖さでもあり、面白さでもある。
コイツは、当たり損ねでも塁に出てしまうラッキーボーイなのかも知れない。気をつけねばと、リードする立場のナベちゃんは思った。
これで、ワンストライク、ツーボール。俗にいうバッター有利なカウントだ。
4球目は、外角へ逃げるようなカーブを空振りしてくれ、2アンド2の平行カウントになった。哲彌は、続けてカーブを投げようかと思ったが、さっきの軌道を見極められていたらと考え、ストレートで勝負しようと決めた。
しかし、際どいコースを見送られ、スリーボール。
なんと1点差でツーアウト満塁、ツーストライク、スリーボール!
三振でゲームセットか、はたまた逆転サヨナラ負けで終わるのか。いずれにせよ次の1球で決まるのだ。
「漫画のような場面だぜ」と、ベンチ内の全員が興奮したが、哲彌は、そんなことを思い浮かべる余裕もなく、ただボールを握りしめるばかりだった。
次の1球は、大袈裟に言えば『27時』の運命を決めるものになるのだろう。一位にならなくても、それはそれで『27時』らしいとは思うのだが、いざとなると欲が出てしまうものだ。
監督を任されているこのチームでの、最後の投球をしなくてはならないとは思ってもみなかったが、これも勝負の厳しさ、面白さなのだろう。
元々、あがり症なうえ、気が強い方ではなく、人生の中で損をしてきたことは、自分でも十分に自覚していた。しかし、これは超えなくてはならないのだろう。一瞬のうちにそんなことが頭の中を駆け巡った。
しかし、時は待ってくれない。
審判のコールがグラウンドに響き渡った。
たとえフォアボールを与え押し出しで同点になっても、まだまだ勝負は解らないと思い、エイヤッと、ど真ん中に投げ込んだ。
それを待ってたかのように、九番バッターがバットに出した。
「マズい!」
運悪くボールに当たってしまったのだ。
しかも、フラフラっとライト方向に! あの能一が守っているライトにだ。
みんなが最悪の場面を想像した。選りに選って、キャッチボールの球さえ、満足に捕れない奴のところにいくとは。
能一は、いったん後ろに行こうとしてから慌てて前に進み、それからつんのめったような姿勢で、グローブを持った左手の肘を胸につけ、その手が外に向いたまま、今にもポテンとグラウンドに落ちそうな打球をめがけてやってくる。
その能一の姿を見て、誰しもが目を覆いそうになった。
その時だった。
ボールが能一のグローブに吸い込まれていったのだ。勿論、能一に取ろうといった強い意思があったわけではない。
勝手にボールが、住処を見つけたヨチヨチ歩きの雛鳥が、スッポリと巣に入っていくかのように、能一のグローブに飛び込んでいった。
誰もが呆気にとられて、一瞬、歓声をあげることさえ忘れていた。哲彌は、目を背けたい気持ちを必死に抑えていたので、ハッキリとその光景を焼き付けていた。
誰よりビックリしたのは、当の能一だった。ボールが入った手の感触はあるものの、それがどういうものかは、感覚が追いつかないようだった。
やっと自分に起こったことが判ったらしく、照れ笑いをしながら、マウンドを目がけて今度はゆっくりと足取りもしっかりと進んできた。
能一は、ベンチから飛び出してきた面々に手荒い祝福のパンチを浴びながら、最後には、お父に足を二本とも払う、相撲でいう二丁投げをくらって地面に叩きつけられていた。
勝った、勝った!
哲彌は、大喜びのマー姐ぇ、桃ちゃん、麻美、由美に代わる代わるに抱きつかれながらも、優勝だという実感が湧かなかった。
洋助は、能一のグローブからこぼれ落ちていたボールを感慨深そうに眺めていた。
それにしても、8対7とは。
洋助は、誰かが野球の一番面白い点数は8対7だと言っていたことを思い出していた。
審判の合図により、ゲームセットが告げられた。
マウンド上に『27時』の全員が輪を作り、洋助を始め面々が次々に胴上げされ、最後に哲彌が宙に放り投げられ、勢い余って地面に仰向けに落とされ、強かに背中をうちつけていた。
その時、哲彌の目に映ったのは、嬉しそうに覗き込む面々の顔と、その上から優しく降りそそぐ朝陽だった。
〈新宿区早朝野球第3回大会優勝〉〈あとがきへ つづく〉