敬老の日に何にもしてもらえないと怒る母
今日は敬老の日
母が生きてれば、この数日前から、娘たちに打診して、敬老の日に間違いなく電話しておばあちゃんに感謝するように、と言い含めておいたはずだ
娘達が小学生の頃までは、学校が工作の時間かなんかに、敬老の日にちなんで、おじいちゃん、おばあちゃんに感謝の言葉を書いたハガキを送りましょう❗️
とやってくれたので、親はなんにもすることがなく油断していた
二人の娘が中高生になってから、それがなくなったので、
「他の家では、敬老の日に食事会に呼ばれたりするのに、うちはなんのお祝いもないやんか!」とたまたま電話した私に怒りだす母だった
敬老の日は孫が祝うものだから私が感謝するのもおかしいでしょ、と妙な言い訳をして、母を呆れさせて、半分喧嘩して、
無理やり祝って欲しくないわ、と言いながら母が電話をガチャっと切るというオチで終わるのが数年続いた
とうとう、遊びに忙しい娘たちにお願いして、「合間にでも、おばあちゃんに電話して、ありがとう、って言っといてよ」
の小細工が近年の恒例行事だった
それでも、母は「〇〇ちゃんから電話もらったわ」と嬉しそうでその素直さに味をしめてた
娘たちは、毎回、敬老の日も、自分のおばあちゃんの誕生日も、記憶に残らないようで、
毎年「忘れてた!ありがとう」の連続
若いというのはそんなものだけど、 薄情なもんだと思った
でも、娘の対応どうこうより
まず私自身が敬老の日を盛大に祝ったことは一回もなかった
正直、誕生日に少し高めの和食のお店に連れて行っても全然喜ばない母
超ドケチだったからだろうけど、何をしたら喜んだのか?と当時は困惑してた
「お母さんは気持ちが大事、お金を使ってもらうことより気持ちを伝えてくれることが嬉しい」
と何回も言ってたが、気持ちってピンとこなかったし、
母を愛する気持ちを伝えることを全く持ってないがしろにしてた
やれ運動しろ、医者に行け、水を飲め、とするべきことを言うだけのうるさい私から、お母さん大好き、は感じなかっただろう
倒れた母を初めて見舞いに行った時、
お母さんごめん、とすぐに謝った
「そんなこといいよ」という期待した答えは返ってこなかった
命の危機なんだから当然だ
でも、「あんたはいつも頑張ってたから」
となじみのセリフを言われた
頑張ってたって母の本当にしたいことを助けてない独りよがりの努力
こう言う自己満足の親孝行なんか何の役にも立たなかった だから母を助けることができなかった
この独りよがりから私は脱却しないといけない 本当にその人のしたいことを支えてあげること
世間に戻って行った時(今求職中なので)誰かのしたいことを感じ取って助ける必要がある
そうして初めて母の死から何か学んだことになるはず
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