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死は常に近くにいる
こんばんは。しろいおもちです。
3/20…ついにあの日が来ましたね。
100日後に死ぬワニの命日が。
色々な人がワニの死を惜しんだり、考察したり、公式で色々なことが決まっていく様に驚いたりしているのをTwitterでみてて、この作品の注目度の高さをヒシヒシと感じました。そんでもって、この作品を通してより多くの人に今一度「死」というものを考えてもらえたらいいなって蚊帳の外から思いました。
日本のお国柄なのかもしれないけど、死を隠したがる・遠ざけたがる傾向があると思う。本来もっと軽い気持ちで話題に出したりするべきだと思うのよね。それこそ少し前にポスターの件で炎上してしまったけど、人生会議って大事だよ…
「どこで死にたいか、病気になった時どうしたいか。そんな話ばっかりしなくてもいい。何が好きか、何を大切にしているのか。決めなくてもいいから、いっぱい話をしよう。病気は、本人からも"自分らしさ"を奪う」
「いっぱい話をしよう。こんなとき、私は、あの人はどんな選択をするだろう。その過程の先にはきっとみんなでうなづける未来がある。『人生会議』しよう」
ちょっとした好きなものの話をする。ワニくんがネズミくんとかモグラくんとしてた、他愛のない会話がまさにそうだよね。
家族とじゃなくてもいいから、なんか自分が好きなものとか価値観とかもっと色々話すといいと思うんだ。それこそこんな風にnoteにグダグダかいたり。
あと100日後に死ぬワニという作品は、既に亡くなった近しい方の日記を後から見返してる感覚に近いと思いました。100日後を迎えた上で、過去を見返してる感覚が、もち自身が死んだ彼氏のmixi日記読み返してたあの頃の感覚に近いなぁってふと気付いた。あの時ああすればよかったとか、あのあれはあれだったのかなー?とか思ったり思わなかったり。でもいくら嘆いても過去には戻れないしやり直せないのよね。
きくち先生ご自身が、ご友人を交通事故で亡くされた体験があるそうなので、そのあたりも反映されているんだろうなぁ。看護師のかげさんがグリーフケアなのでは?と呟いていてとても納得。
ついでに和菓子工場的な話をしてしまうと、ワニくんは交通事故という形で突然肩ポンされた訳だけど、病気の方は何日か後にポンしに行くね。あやっぱやめた!半分くらいポしとく!みたいな感じなわけですよ。そんでもって最後の方は病状だけでなく家族関係とか、お金とか、なんか色々難しい話とかいっぱいでてくるんですね。ホントのホントに、その人の人生の集大成だなって横から見てて思います。
それと病気で入院して身体も思うように動かなくって思考的に負に傾いてくると、色々な後悔の念が浮かんできてしまう方が多いわけで。みなさん「もっとああすればよかった」「こうすればよかった」って思いがある程度浮かんでくるんですよね…。
ワニくんはみんなに背中押されつつ、スマブラ(風のゲーム)の大会出たり、思いを寄せていた先輩といい感じになれたりしてたけど、あれで行動にうつさなくて何も変わらなかったら、読後感はもっと違ってそうだなぁとまた蚊帳の外から思ってみたり。
ここ最近もちは、いつ肩ポンされてもいいように、悩んだ時は保留にしないように心がけてます。
サイゼに行って、もう少し肉的なものを食べたいけどどうしよう…って悩んだときは、辛味チキンを食べます。おいしい!!!後悔はないけど、日に日に膨れ上がるハラの肉をつまんで絶望します!!!!!!!
おわり!
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