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早よ帰りたいんかい

 昔ライブを手伝ってくれていた年下の女の子から、「相談したいことがある」と呼び出された。疎遠になりつつあったのに、大分と勇気を出して誘ってくれたのだと思い、もちろんと返信した。
 どんな相談かなと考える。「お笑いの現場で働きたいんですけどどうすればいいですか?」67%、「お笑い芸人になりたいんですよ」30%、「シンプルマルチ商法」3%の円グラフが時計回りにズイーンと作られる。
 私はマルチ商法を友達から受けたりしたことはないのだが、周りの友達からの経験談も聞いていたし、相方なんかは真っ直ぐ過去の友人から受けている。罪悪感を鞄の底に押し込みながら、念には念をと、3%のシールの上に30%に増量中シールを貼りつけてその時を待った。

 劇場近くの喫茶店に集まり、「単刀直入に言うと」と言われ、固唾を飲む。

 「最近、やりたいことがなくて、自分が何をしたいのかわかんないんですよ。」
 「いわしさんって、ネタ書いたり、本書いたり、YouTubeしたり次から次へとやってるじゃないですか?どうやってそんな色々やりたいことが浮かぶんですか?」

 もちろんこの時点で、この人をマルチ商法扱いしたことには罪悪感を抱くのだが、罪悪感を追い越すように、「この手の質問に答えてうまいこといったことない」と焦った。過去の経験が電源となり、頭の中に黄色信号が点灯。早く安全に走って横断歩道を渡ることで頭がいっぱいになる。

 私は確かにやりたいことがたくさんあって、幼少期から将来の夢もコロコロ変わっていた。最初は確か「科学者(何を研究するのかは未定)」その後は、「ピアノの先生」「料理人」「水族館の館長(なぜ経営をやりたがる)」そして、小学生、中学生の時に恩師に出会い、そこからはずっと「中学の体育の先生」で部活の顧問を持ちたかった。大学も教育学部の体育科を受けた。ところがどっこい、高校のときにお笑いに目覚め、あんなに熱く掲げていた夢は一瞬でセンターマイクに取られる。そして今になる。

 何もやりたいことがないと困ったことがない、お気楽野郎に見えると思う。でも世間を見れば私以上にやりたいことに一目散に進む方々はたくさんいる。私はミジンコレベルだと思う。後、やりたいことをやるために自分の現実に直面して、どうやって乗り越えようかはアホほど悩むので、こんな落ち込んで泣いて、生きづらい仕様になっている。

 私は「やりたいことがない」という相談には苦い思い出しかない。

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