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【奇譚】赤の連還 4 赤い浴衣

 赤の連還 4 赤い浴衣

 ………実際、オレのなかで、なにかが変調しはじめたのは、サハラから帰ってからのことだった。それがオマエのいうきっかけだったとすれば、実に幼稚でばかげたことといわざるをえない。
 まず、体がおかしくなった。
 疲れがとれない。いつもだるい。すぐ息切れがして、辛抱がなくなった。出勤が不規則になり、帰宅時間も定まらず、生活のリズムが狂いだした。
 はやい話、やる気がなくなったのだ。
 それに、自分の生き方が疑わしくなった。気が抜けて、生活に手ごたえがなくなった。

 社に忠実で多くを望まず、結婚さえ後回しにしてきたのも、もとはといえば仕事のためだ。砂漠に通信基地を建設するという、辺境の地で厳しいわりには単調で張り合いのない仕事に専念できたのも、この国の開発に少しは貢献できると思えばこそだった。「発展途上の若い国の力になりたい…」
たしかに聞こえはいい。だがそこには、片思いとはいわないまでも、幼稚な憧れ、いや、むしろ奢りみたいなものがあったのではないか。矛盾の根は、多分、この辺りにあったのだろう。
 定年まぢかい現場主任ではないが、それもこれもみな、しょせんは金儲けにすぎなかったのだ。
 いくら技術革新や経済繁栄を標榜しても、その恩恵をうけるのは地球のごく一部分、一皮むけば営利を追及するごく限られた人間たちの、あくなき事業欲の発露にすぎない。その先兵に、体よくオレは使われてきたのだ。
 いずれなんらかの形にしようと、この国の歴史や独立戦争について調べてきた。それらの記録と自分の体験を重ね合わせ、アルジェ通信としてまとめれば、出版に値する本でも一冊できるのではないか、そうおもっていたからだ。

「だが、それをして何になる…」

 たしかに、新刊本の陳列台に積まれることはあるだろう。だがそれも、せいぜい三ヶ月の命だろう。そのうち、塵をかぶった古本と一緒に、梱包縄で縛り上げられ、再生ゴミとして処分されてしまうのが、おちではないのか。
急になにもかもつまらなく、すべてがまやかしで、無意味に思えだした。
日本を遠くはなれ、十数年もひとりで仕事に打ち込んできたことが、いくら自分で選んだ道とはいえ、ばかげたことに思えだした。自信は失せ、考えがまとまらず、心に大きな空洞ができた。その中を白々しい風がヒューヒューと、無遠慮に吹きぬける。
 そこに、いつの間にかレイラが入り込み、ひっそりと住み着いていたのかもしれない…。
 オレがサハラから帰った翌日、初潮をみたレイラは、掟に従って初めてのラマダンに入った。

「ムリのないように、最初の年は三日間、つぎの年は五日、三年目は一週間、そんなふうに、断食の期間が一ヵ月にとどくまで、だんだん増やしていくよ」

と、レイラは得意気に説明した。

 昼食をとるオレのそばで、食べないレイラが給仕をする。顔を見ると、精彩がない。断食が苦痛な自分を恥じるのか、ソファーを汚した粗相を気にするためか、固い表情に羞恥心が見え隠れする。オレにしても、意外な自分の一面をかいま見た直後だけに、気まずいかぎりだ。

「辛くないか?」
「平気だよ」

すました顔でレイラは答える。

 二日目に目の周りに隈ができ、三日目にはめまいがして、椅子に倒れ込んだ。頬はこけ、血の気が失せて痛々しいほど青い。目だけは異常なほど澄み、輝きを増した。
 ラマダンの三日間、官庁がひける午後三時に、レイラはヨロヨロしながらカスバに帰っていった。
 毎晩、レイラのいない夕食をとりながらオレは、小女の不在を強く感じた。どこかに大きな穴が空いたような、拠り所のない気持ちをもてあました。
 四日目の朝、レイラの断食明けの日、オレはいつもより早く起き、小女が来るのを心待ちにまった。だが彼女は、いつまでたっても現れなかった。
 午前中、呼び出しのあった大使館に行き、痴情沙汰の顛末を報告、迷惑顔の書記官に何度も頭を下げ、事後報告の履行を約束し、昼ちかくレイラのことが心配で事務書に寄らずに直接、帰宅した。

 車を止めると、門前に人が立っていた。青い労務服に見覚えがある。市場でレイラが雇う、足の悪いホッシンだった。こちらを見るなり、醜悪なさまでかけよってくる。オレはレイラになにかあったと直観した。

「レイラが病気だ、熱が高くておきられない、それをいいにきた」

 直感は当たっていた。 
 使いをよこすレイラの気持をかわいいと思ったが、人の動揺をのぞき見するような少年の目つきが不快でたまらず、すぐに彼を追い返した。
 それから少年は、毎朝、レイラの病状報告にやってきた。オレの気がかりは、日に日に増していった。四日目の朝、とうとう我慢できなくなり、少年を車に乗せ、カスバの真下に向かった。

「万一の時、車があれば迅速に対応できる」

 殉教者広場の巨大なモスクの前に駐車し、少年の道案内でレイラの家に急いだ。
 カスバを下から上るのは、去年、初めて老婆を訪ねたときだった。以来、カスバは下りていくものとばかり思っていたオレには、それは大仕事だった。広場から優に百五十段はある階段をかけ上がり、数百メートルの迷路を汗だくで登りつめたところに、その家はあった。

「ひどい!」

 レイラを見るなり、思わず叫んでしまった。澱んだ湿気の中で、小女は高熱に全身をブルブル震わせていた。普段のツヤツヤした顔は土色に変わり、口から流れ出たヨダレが枕もとをベトベトに汚している。扁桃腺が腫れ、唾液を飲み下すことができず、舌で押し出しているのだ。

「このままだと、肺炎か窒息か…」

 額に手を当てると、火のように熱い。わるい予感が脳裏をよぎった。

「医者を呼んだけど、来てくれない」

 そばで少年が愚痴をこぼす。

「貧乏人は相手にされない、処方箋がないから、薬も買えない、盗んで飲ませたけど、効き目がない」
「うるさい!」

 オレは怒鳴りつけた。

「愚痴るヒマがあったら、汚れたた枕でも、きれいにしておけ!」

 そう命令してオレは、大急ぎで事務所にもどった。ユーセフ総合病院に連絡するためだった。
 海外事務所の重要な任務の一つに、種々の証明書発行申請書に添付する診断書の作成や赴任者の病気治療、安全確保など、生活支援に必要な便宜を図る仕事がある。
 社の事務所も、医療施設の少ない当地で、いざという時の応急体制を確保しておくために、総合病院の主な診療科の医師数人に相当額を払い、内々に私的な契約を結んでいた。
 オレはまず、小児科医に連絡してレイラの様態を話し、すぐ入院の手配をするよう依頼した。
医師は、しかし、満床なので、よほど緊急でないかぎり無理だと答えた。そして、

「なぜパリに出ないのです?」

と、訊き返してきた。オレは、

「病人はこの国の小女で、出国手続きはまず不可能なんです」

と答えた。すると、

「それなら、なおさら入院はムリですね」

と、彼は応じた。ベッドを空けるにはだれかを追い出さなければならず、それが同国人を入れるためだと分かれば、まわりの人間が黙っていない、というのだ。
レイラの土色の顔を思い起こし、オレは決然と宣言した。

「私のレイラは、その辺の小女とわけが違うんです、実は、わたしの養女で、かけがえのない娘なんです、縁組の手続きが終わりしだい、一日も早く日本につれて帰るつもりなんです、娘に万一のことがあったら、それ以上の不幸はないでしょう、なんとか助けてくれませんか…」

 内科医は一瞬、虚をつかれたように黙り込んでいたが、やがて、

「耳鼻咽喉科に聞いてみましょう」

といって、電話を保留に切り換えた。
 数分後、別の医師が電話口に出た。

「どういうお話でしょうか?」

 慇懃無礼にムカッとしたが、仕方がない。オレは、同じ内容を同じ順序で説明し、また同じ勢いと誠実さで頼み込んだ。
 医師は、同じように数秒間おし黙ったあと、

「産婦人科なら空きがあるかもしれません」

と、また電話を保留に切り替えた。
 オレはいらだった。
 こんなことはめったにある事ではない。なぜ快く引き受けてくれないのか。なんのために毎月高い謝礼を払っている。たらいまわしで適当に恰好をつけ、お茶を濁して済まそうなんて魂胆なら、とんでもない。

「あらいざらい当局にぶちまけて、即座に支払いを打ち切ってやる…」 

 ジリジリと復讐心を燃やしながら、オレは辛抱強く、返事をまった。
 五分ほどで、産婦人科医が電話口に出た。
 せきこんで返事を催促するオレを、彼は慇懃に制した。

「事情はよく理解しました、まず、われわれ同胞の子孫へのご親切に、深く感謝します、ただ、やはり病院はどこも満床で、おっしゃる入院は、とても無理なのですが、かといって、大切なお嬢さんを、放っておくわけにはいかないでしょうから、そうですね、午後一番で、当方の小児科の医師を往診にいかせるようにしましょう、そうすれば、どうにか、というより、十分に対応できるのではないかと、おもいますが、で、どこに行けば、よいのでしょうか?」

 なるほど、往診というテがあったのか…オレは即座に自宅の住所を伝えた。養父と公言した以上、肝心の養女をカスバに住まわせておくわけにはいかなかったからだ。

「とにかく、これで当座の目処はついた」

 オレは一目散でカスバに帰ると、ゆめうつつのレイラの耳もとで事のいきさつを説明し、ありったけの毛布で小女をくるみ、自宅に運んだ。
 産婦人科医の約束どおり、往診医は午後三時すぎにやってきた。パリで医学を学んだという四十代前半の小児科医で、カスバの下、殉教者広場の一角で開業しているという。ユーセフ総合病院の産婦人科医は親類の一人で、母方の伯父にあたると説明した。

「で、病気は、なんでしょう?」
「肺炎です」

 往診医は、寝室に面したゲストルームに寝かせたレイラを診るなり、そう診断した。

「いま、ちょうど子どもの病気が多発する時期です」

 いいながら、手早い動作で、点滴と注射の用意をする。

「それもこれも、みな、ラマダンのせいですよ、日ごろ、もともと栄状態がわるいのに、ムリな断食をするから、病気になるのです、傍で見ていると、ラマダンは、一見、平気なようですが、実はみな、全力疾走したあとの、極度の疲労に耐えてるようなものなんですよね、これほど健康にわるいものは、ありません、だからこそ」
「だからこそ?」

 医師は強調した。

「だからこそ、それに耐えて、神と近しくなり、貧乏な民と飢えの苦しみを分かち合うことが、イスラム教徒のイスラム教徒たる所以なんです、現に自分も、これまで、一度だって、ラマダンを欠かしたことはありませんよ」

 声帯の太そうな低音でしゃべりながら、医者は、点滴の針をすばやく刺し、テープで固定し、筋肉注射を打った。その都度、レイラの痩せた腕がピクリと痙攣し、力なくシーツに投げ出される。その一部始終を見ながらオレは、科学者である医者とイスラム教徒である信者が、彼の中でどう住み分けられているのか、ひそかに自問していた。
 それから二日間、若い男が点滴の交換と注射のため、六時間ごとにやってきた。

「医学生?」
「見習いです…」

 うす汚れてはいるが、一応、白衣は着ている。だが手を洗おうとしない。

「消毒液は?」

 見習いは肩をすくめ、バツがわるそうに、洗面所に手を洗いにいった。
 三日目の夜、やっとレイラの熱は下がりだし、扁桃腺の腫れも引きはじめた。夜の八時ごろ、往診医がやってきた。

「明日から点滴は一本、注射は終わり、少しずつ、うんと食べて、体力をつけていこう」

 そういって医師は、レイラを励まし、三日分の錠剤をおいて、帰っていった。
 三日間、オレはほとんど寝ずの看病だった。氷枕をとり替え、額のタオルをしぼり、よだれを拭いてやった。レイラはこんこんと眠り続けた。
 四日目の昼、たっぷりクミンを入れた野菜スープをつくり、汁だけ飲ませた。頬に血の気がもどったレイラは、体中の毒素が抜けたように、すっきりした顔になっていた。生きる力が回復し、覚醒した目に無垢な光が輝いている。重ねた枕に上体をまかせ、オレのさしだす一さじ一さじを満足げにすすり、合間にこちらを見ては、ニコリ、と笑う。

「無邪気な笑みだ…」

 小女はいま、朽ち、はがれ落ちる病んだ角質とともに、警戒と猜疑の衣も、脱ぎ捨てようとしているのだろうか…新たな誕生の奇跡でも見るように、オレは、癒えたレイラの一部始終を、しばらくながめた。

 試しに作った粥を食べるごとに、レイラは元気になっていった。五日目に点滴をはずし、六日目から薬もやめた。

 自宅にレイラを運んでから一週間がたった。
 夕方、全快を宣言する小児科医にレイラが、沐浴をしたい、といった。往診医は、家の中なら大丈夫、銭湯はだめ、と、鼻の前に人指し指を立て、左右に振り振り答えた。

 オレは、屋上に水槽をとり付けておいてよかった、と思った。
 急速な都市化と人口の急増に上水設備がおいつかず、断水は日常茶飯事だった。三年前に赴任したとき、アパートに水槽はなく、上水道と蛇口が直結していた。断水になれば一滴の水も出ない。方々のツテを頼り、ヤミで千リットルのタンクを法外な値段で手に入れ、屋上に設置したのは、赴任後一年たってからだった。おかげで余程のことがないかぎり、水の心配はなくなった。

 熱くもなくぬるくもなく、適温にと気を配った湯にレイラが入っている間、小女に着せるものを探した。もとより女気のない生活に彼女に合う衣類などあるはずがない。下着類はあす市場で買うとして、とりあえず寝巻きになにを着せればいいか、あれこれ考えた。
 ふと、思いついた物があった。
 数年まえの秋、一次帰国で京都を旅した。ぶらりと出かけた嵯峨野路で、偶然、小さな旅荘を見つけた。そのときにもらった赤い浴衣を、思い出したのだ。
 湯上がりのほてった体に羽織ったとき、どこにでもある、ありふれた木綿の浴衣と思った。だが、よく見ると、袖や身頃、裾のあちこちに、小さなかわいらしいダルマ模様が赤く染めつけてある。めずらしい。ちょうど、実用的で気のきいた土産物を探していたオレは、ぜひ分けてほしいと、宿の女将に頼んだ。一時、艶のある思案顔が暖簾の陰で見え隠れしたが、

「また嵯峨野路におこしになりはるんやったら、どうぞ、差し上げます」

と、粋な返事が返ってきた。
 洋服ダンスの奥を探すと、宿を出るとき受けとった包みが一つ、そのままの姿でみつかった。手にとると、檜の廊下に三つ指ついた女将の白粉のにおいがよみがえる。包紙には、紅葉の嵐山と桂川、そこに長々とかかる渡月橋が、水彩風に描いてあった。開けると、見覚えのある赤いダルマ模様の浴衣が一つ、軽いノリづけも新たに折り畳んであった。レイラにはいくらなんでも長すぎるが、仕方がない。一晩くらい我慢できないことはないだろう。
 寝室の窓を開けて病臭ただよう空気をいれかえ、めぼしい箇所に雑巾をかけてから、シーツと枕カバーをとりかえた。そしてベッドカバーを整え、天井灯をつけ、通気をみこして窓を半開きにしようとしたとき、浴室で妙な音がした。重いものが落ちたような、鈍い音だった。まさかと思い、オレは浴室に走った。

「レイラ! レイラ!」

 ドアごしに呼んだが、返事がない。

「大丈夫か、レイラ! 開けてくれ!」

 やはり返事がない。まずい、とおもった。
 カギを破って中に入ると、はたしてレイラが、浴槽のエプロンから半身をのりだし、うつ伏せになって倒れていた。沐浴するほど、まだ体力は回復していなかったのだ。オレはすぐさま浴槽から小女を抱き上げ、ドアに吊るしたガウンをもぎとってそれにくるむと、急いでベッドまで運んだ。
 とにかく、拭いてやらなければならない。
 ガウンの上から、濡れた体をこすった。腹部はへこみ、脇腹は痛々しいほど骨ばっている。たが、胸部は、オレの手がそこを通るとき、たしかな弾力ではずんだ。腰部や大腿部には意外なほど肉が巻き、それが膝から足首へと、なだらかな曲線で収束している。アキレス腱のくぼみを拭きながらオレは、そっと熱い息をのんだ。
 湿気をとり、汗も乾かしたあと、浴衣に着替えさせなければならなかった。
 小女は意識がないまま、じっと待っている。オレは、水気を吸って分厚くなったガウンの前を、そっと両側に開いた。
 体温に煽られて、クミンの香がたちのぼった。目を閉じ、鼻孔を開き、しばらくレイラのにおいを追うことに興じた。
 目を開けると、そこに小女の裸体があった。部屋は清潔で気持ちよく、窓から薄暮の爽やかな空気が運ばれてくる。真新しく病臭の消えたシーツの上で、小女は気を失ったまま横たわっていた…オレはグラリと、その上に傾いた。
 股間に、ほそいスジが入っていた。
 腿の間に小ぶりの果肉がある。表膚に鼻を近づけると、ジャスミンが香り、クミンがにおった。オレは、もっと生のにおいを探した。
 吐息で股間が湿り、濡れはじめた。
 クチビルを当てると、甘い塩の味がした。汗をかいているのだ。
 スジにそって舌を滑らせた。果肉は固く閉じて、離れようとしない。たがいによりそい、異物の進入を拒んでいる。
 なんどか舌で試みた。すると、少し開きかけた。神経を舌の先に集中させて、オレは続けた。
 やがて筋肉がゆるみ、肉に弾力がもどりはじめた。股間が柔軟に開き、そして閉じる。準備が整ったようだ。オレはその中に、少しずつ、舌を挿入していった。
 オレは探した。だが、行き当たらなかった。初潮をみたとはいえ、小女はまだ子どもなのだ。かなりオクに隠されているにちがいない。好奇心にふるえ、辛抱づよく探した。
 だが、なにもなかった。二つのふくらみの下は平らで、舌はすぐ奥の粘膜に触れた。淡い酸の味がし、体がピクリと痙攣する。好奇心は頂点に達した。
 たまらずに股間を両手で開いた。その途端、オレは息をのんだ。淡い朱色の、雛の口のような膣が露出している。ただそれだけだ。陰葉はあと形もなく切りとられ、ずさんに切り裂かれた傷痕がケロイド状にひきつり、痛々しく変色していた。

「むごい…」

 胸がふさいだ。性の最も敏感な部分を切除する…生きるものみな、母から生まれるというのに、その喜びを、はなからもぎとってしまうとは…。
 レイラに意識がもどった。半身を起こして両腕で胸を抱く。

「とても、サムイ…」

 事実、髪もまだ乾かしていないのだ。
 浴衣を着せ、タオルで頭をこすり、ドライヤーを吹きかけた。モーターの音がオレの行為をかき消すように、部屋中に響く。小女の栗色の長い髪が熱風にあおられ、サワサワと宙に舞った。
 髪が乾くと、レイラはいった。

「とても暖かくて、気持ちがいいよ」

 それから口に輪ゴムをくわえ、髪の束を後手にしごいた。浴衣の袖が肩に落ち、二の腕が露出した。
 髪を結う小女は、なにも気づいていないようだった。オレは切ない気持ちで、その不幸な生を想った。
 祖母をなくし、悲嘆に暮れながらも、気丈に働く少女…健気だった。その勇気に拍手を送り、奮闘する小さな生を、愛しく思った。レイラは、いま、共同体というからくりの中で、荒々しい巨獣にいたぶられる無力な生贄のようにみえる。虐待され蹂躪されながら、そのことにすら気づいていない。どうにも痛ましい。
 翌日、往診医を呼んだ。事情を話すと、貧血と診断した。静脈注射を一本うち、

「レバーをたくさん食べて、三日間は外出なし」

と忠告、処方箋をおいて帰っていった。
 ひどい貧血にもかかわらず、レイラの体力は徐々に回復していった。外出禁止の三日間、よせというのにモップで床を拭き、昼、夜と、しなくてもいい炊事まで始めた。

 四日目の朝、禁止令がとけた日、レイラは行き先も告げずに家を出たきり、夕方まで帰ってこなかった。
 帰宅した小女は、疲れ切っていた。

「どこに行ってた?」
「家に帰ってたよ」

 がっかりした様子だ。

「なにをしに?」
「ヒトが住んでたから、出ていってくれって、頼んでたよ」
「ヒトが?…」

 オレは驚いた。冗談みたいな話が、実際におこったのだ。

「先に住んでいたのはオマエじゃないか、向こうが出ていくのが当然だろう」
「ダメだって」
「ダメ?」
「…」
「なぜだ?」
「わからないよ、でも、バアちゃんだって、おなじやり方で、あの家を手に入れたんだもの」
「市役所の登録は?」
「しらないよ」

 そこまでいってレイラはうなだれた。
 疲れがとれるから風呂に入れとうながし、事務所の創設にかかわった弁護士に電話をかけた。こんなことがあっていいはずがない。
 しかし弁護士からは、

「法的に追い出すのはむつかしいね」

という答えが返ってきた。
 独立戦争の最終局面で熾烈な都市ゲリラ戦の舞台になったカスバは、爆弾テロ合戦の末、はなはだしく破壊され、いまだに修復のメドも立っていない。オスマントルコ時代に建てられた家屋は、おおむね老朽化し、いつ壊れても不思議ではない状態だが、依然、多くの人が住んでいる。にもかかわらず、居住区として修復するのか、革命記念施設として整備し直すのか、当局はまだ対応できる態勢にない。だから、その一角に人が住もうがいなくなろうが、行政上、さしあたりなんの問題にもなりえない、というのだ。

「では、どうすればいい?」
「金を払って出ていってもらう、これが一番の得策だろうね」
「金をはらう?」

 腑に落ちない気持ちで質問を返そうとしたとき、ドンというにぶい音がした。また小女が倒れたのだ。

 案の定、レイラは、このまえと同じ浴槽のエプロンに、同じように前倒しの格好で倒れていた。体を拭こうとして立ち上がったが、そのまま気を失ったのだ。貧血はまだ治っていなかった。
 これで二度目だった。オレは慌てなかった。ガウンを床に敷き、泡の中から小女をすくい上げ、それにくるんでベッドに運んだ。
 体をこすってやりながら、オレは自分にいいきかせた。

「愚行はくりかえすまい…」

 だが、着替えさせようとガウンの前を開けたとき、胸を躍らせている自分がそこにいた。
 湯上がりの熱った体から、果肉のにおいがたちのぼる。ムダな抵抗だった。体がひとりでに傾き、オレはそのままゆっくりと、小女の上に身をかがめていった…。

 …どれほど時間が経ったろうか。

 陰葉のない果肉を唾液で濡らしながら、傷あとにそって舌を滑らせていた時、かすかな声がきこえた。正気とも寝言ともつかない口調で、それはいう。

「いけないよ、ラマダン中はいけないよ…」

 尻がすぼみ、腿が締まった。締まる股間を開いてオレは詰問した。

「なぜだめなのだ?」
「ラマンダン中は、ハダを触れ合ってはいけない決まりだよ」

 小女はうめきながら訴える。

「触れ合っているわけではない、傷を癒しているだけだ」

 オレは小女をなだめ、舌をいそがせた。そして粘膜を分け、そっと中に差し入れた。

「ヒッ」

 小女は叫び、身をこわばらせて息をつめた…。
 …またどれほど時間が経ったろうか。

「サムイよ、イタイよ」

 小女の声にやっと我に返ったオレは、自分のしていることの全体を、その時、初めて知った。
 二人はベッドに座って全裸で向き合い、抱き合っていた。小女はオレの首に腕をまわし、自分の股にオレの腰を挟んでしがみついていた。オレは、その固い尻を両手に抱え、挿入した局部を突き立てて、喘ぎの極みにいた。異物を中にくわえ込んだ小女は、

「サムイよ、イタイよ」

と何度もうめき、はげしい腰の衝撃にたえていた。

 その時、不幸で痛ましく、邪悪な運命に翻弄される、愛しい小さな存在を、もっと痛めつけ、踏みつけにしたい欲求にかられた。苦しまぎれに吐き出す小女の息が、ハーハーと、熱くせわしいリズムで耳に吹きかかる。うなじの痣に歯を立て、抑えきれない嗜虐への昂ぶりの中でオレは、とるに足りない生命を手中にした歓喜で総毛立ち、蹂躪される無垢で健気な小女への愛しさに狂いながら、長々と、熱い飛沫をほとばしらせていた…。
 

赤の連還 4 赤い浴衣 完 5 赤い砂 につづく


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