仁吾巴 妍 niaha ken
ひとは、記憶があって、はじめて、人として生きていけます。記憶は、そのひとの、存在の履歴であり、証です。もし、記憶がなくなったら、ひとは、どうなるのでしょうか?…そのことを、ずっと、考えています。
猫だってびっくりな稀論、猫だっておおよろこびの妙論を展開します。
第七感連環ミステリー・白をめぐる記憶の乱脈
第七感連環奇譚・赤をめぐる記憶の乱脈・トアレグの小女にのめり込んでいった愛の顛末
2024年度創作大賞応募作品
連還する記憶 ⑩ <常在菌が働きつづける条件> 前回の考察で、ヒトに寄宿する常在菌は、自身がそれを望むかぎりにおいて、自分の宿主たるヒト、すなわち生命体が壊れないように、壊れても元に戻れるように、互いに情報を交換し伝達しあって、あらゆる生体機能の尋常な働きを助けている旨、説明しました。 ここで重要なのは、常在菌がそれを望むかぎりにおいて、という留保条件が設けらていることです。なぜでしょうか? それは、つまり、逆も真なり、という論証が成立するか否かの試みです。 試みに
連還する記憶 ①ひとの記憶には、次の二つがあります。 生命記憶 生き物という有機体は、数十兆といわれる多くの細胞で、できています。そして、それぞれの細胞が、生類の誕生以来、蓄積継承してきた記憶があります。それを生命の記憶、生命記憶といいます。 生命記憶は、生きるための記憶です。生命体の寿命が尽きるまで、生きるためにのみ蓄積される記憶です。寿命が尽きると、生命記憶は、他の生命体に引き継がれ、生き物すべての共有財産となります。なぜなら、生き物はすべて生の共同体、すなわち生態系
連還する記憶 ➈ <種の怪> 生命誕生40億年、人類誕生700万年、以来、現在にいたるまで、どれだけの種が生成され絶滅してきたか、数多くの研究がなされています。とりわけ昨今、環境保護の観点から、絶滅危惧種のレッドリストを媒体に、ヒトによる環境破壊を主な原因とする言説が多く語られています。 絶滅に至らずとも、生成に不利な条件はいくつもあります。気候変動、捕食、生息環境の変容、地球温暖化、近親交配、外来種、等々、恣意的にCO2を戦犯扱いにする言説を除き、おおむね、ヒトがいく
白の連還 終章 白い夜明け いくつか、聞き逃してしまったことがある。 ハナシを中断したくないという気づかいから、訊き返すことは極力さけたのだが、おかげで、確かめたいことが、山ほど残ってしまった。 まず、青年とブロンドが、偶然に雪山の同じ場所で遭難し、ともにビバークした経緯は聞いた。が、そのあと、彼女がどうしたのか、を聞きわすれてしまった。すぐにスイスに帰国したのか、それとも札幌に移動したのか? いや、もともと、オリンピックが夢と消えた札幌がメインで、ついでに
赤の連還 15 赤い月 直接、連絡してきたのは、アリ・アフメドだった。 「決まったぞ」 開口一番、かれはいった。オレはてっきり、トビ職人の措置かとおもった。 「そうか、で、いつに決まった?」 「来年の三月だ」 「来年!? ずいぶん遅いじゃないか」 「いや、そんなもんだよ、軍といっても、所詮はお役所だからね」 「しかし、来年の三月なんて、独立記念日から八か月も後じゃないか、なんでそんなに時間をかけるのかね、それに軍は関係ないだろ、警察の管轄じゃないのか」 「なにいっ
あらすじ その年、正月寒波の到来で豪雪にみまわれた北アルプス後立山連峰白馬山系の一角にある避難小屋に、表層雪崩で複数の登山者がとじこめられた。中に彫銀の白蛇を心棒に巻きつけたピッケルを肌身離さず山行する浜坂の医師、現代社会の実相をファインダー越し抉りだしてみせようと意気込む報道カメラマンの卵、大好きな山の生活と実益を両立させようと山岳メディア業界に飛び込んだ女監督、赴任地アルジェリアから一時帰国中の若い商社マンの四人がまじっていた。長逗
白い犬 いい気になってつい最初に話さなければならない羽目に陥ってしまったわけですが、はたしてなにを話していいものやら実はよく分からなくて、戸惑っているのが正直なところです。 私は東京都内のある地区で小さな病院を営んでいる医者です。科目は産婦人科ですが、大なり小なり、治療は全分野に係わらざるをえません。いってみれば、地区住民の小さいときからのかかりつけの医者、といったところでしょうか。 ところで、毎日おおぜいいらっしゃる患者さんを通していえることは、
白い蛇 豪雪に翻弄された冬山シーズンもおわり、四月十日の山開きの祭事も無事終え、山岳スキー愛好家の来訪を待ち望む白馬山系の一角で、年末年始に多発した表層雪崩が原因とみられる遭難事故の現場が発見された。場所は、天狗原から蓮華温泉に下る沢筋の一角で、壊れた避難小屋の中から、年長者の男性一人、長髪の若い男性一人、大腿骨に添え木を施した若い男性一人、そして、五十代の女性一人の計四人の遺体が発見された、と地元紙が報じた。 同記事には、すでに着手ずみの身元調査に触
白い男 きのうのハナシをきいていて、おもったんですけど、女監督さんとボクと、なんとなく、どこかでつながってるっていうか、因縁があるっていうか、不思議なんですよね、ハナシの中身が。とくに、ダッカ・ハイジャック事件のあたりから、どこかでリンクしているみたいな気がして、ならないんですよ。 どんな風に、て、きかれても、あまり、とっかかりがない、というか、みなさんとは、関係ないコトなんで、説明にこまっちゃうんですけれど。でも、どうしますかね、ウン、そうっすね、こ
白い氷 まず、どうなんでしょう、ハナシをしなければいけない本人が、いきなり質問することからはじめたりしたら、みなさんにムッとされてしまって、あとが続かなくなってしまうかもしれませんけれど、でも、正直、わたしには、機会さえあれば、いつか、だれかに、話そうと思っていた隠し事が一つあって、それが、いまだにチャンスがなくて、だれにも打ち明けることができなくて、今の今までやり過ごしてきてしまいました。そのせいか、いつも喉のおくに、なにかグリグリしたものが詰まっていて
白い女 よわったなぁ、オレ、ハナシがへたなんだよな、生まれつき。だからこうやって写真屋、やってんだよ、しかたなく。ハナシがうまけりゃ、もっとましな仕事やってたよ、いまごろはさぁ。 いったい、ぜんたい、だれがこんなこと、思いついたんだ。いい迷惑だぜ、はっきりいって。もっとも、反対しなかったオレにも、えらそうにいえた義理はないんだけどね。 さて、グチってたってはじまらないや。なにを話せばいいのか決めなきゃね。とりあえず、自分のハナシでもしてみるか。
あらすじ その年、正月寒波の到来で豪雪にみまわれた北アルプス後立山連峰白馬山系の一角にある避難小屋に、表層雪崩で複数の登山者がとじこめられた。中に彫銀の白蛇を心棒に巻きつけたピッケルを肌身離さず山行する浜坂の医師、現代社会の実相をファインダー越し抉りだしてみせようと意気込む報道カメラマンの卵、大好きな山の生活と実益を両立させようと山岳メディア業界に飛び込んだ女監督、赴任地アルジェリアから一時帰国中の若い商社マンの四人がまじっていた。長逗留を見込んだ医師の提案で
赤の連還 14 赤い嫉妬 マグレブに限らず、アフリカ人の行動原理には、まず家族、という考えがある。生きる根幹には家族愛がある、ということだ。 よく、時間にルーズだと、かれらを批判する声をきく。十分やニ十分の遅れは、遅刻のうちに入らない。二、三時間遅れても、ニコニコしながらやってくる。そして、平然として、こういうのだ。 「子供が熱を出して医者に連れて行ってた、だから、時間に間に合わなかった、わたしのせいじゃない」 ここで、たいていの場合、ムカッとくるのだが、そのうち
赤の連還 13 赤いターバン いまからおもえば、連隊長宅で、夫君の革命的な戦死を礼賛したオレのことを、団長は、かなり覚めた目で、ながめていた。あれは、いつだったか、宿舎の食堂で、欧州文化のルーツが話題にのぼったとき、知ったかぶりで自説を披露するオレを見ていた、あのときと同じ、冷ややかな目付きだった。 おもうに、マドリガーレの洗礼を受けて以来、心の奥に隠されていた、城東区の精気あふれる市井の記憶が、無意識の堰を突破して、外に噴き出したのだろう。その有様を目のあたりにした直
白の連還 第6話 白い記憶 JR芦屋駅を濱川におりてしばらく南下したところに、近隣では由緒あるとみなが知る古刹があった。父が逝ったとき、菩提寺は嵐山にあったが、葬儀一式の調達と参列客の足のことを考え、この寺に告別式執り行いの受けいれをたのんで承諾してもらった。また菩提の塔頭からは、臨済の導師と雲水を招いて経を読んでもらうことにした。 はたして、葬送の儀式は滞りなく終わったが、数日後、この古刹の住職から連絡があった。寺男が、鐘楼の脇に見慣れない頭陀袋が一つおいてあるのを見
赤の連還 12 赤い殺意 そうなんだ、アルジェ到着の日、あの、シディ・フレッジの海をながめながら、アイツは、団長は、ずっと沖の、向こうの、エーゲ海の島々で、たったいま、アキレウスとか、ギリシャ連合軍とか、ヘレナとか、トロイアとか、ホメロスの謳いあげる数々の戦を率いる勇者どもが、血しぶきで朱に染まった総身を投げ出し、戦ってるんだとおもうと、ワクワク、ゾクゾクする、たまらない、などと、嬉々とした様子で、はなしたのだ。 変わったヤツだ…オレは、少々、苛立った。目の前にあるの