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『名もなき77億のあた詩たちへ』

④ 詩人のおっさんの《パウンドケイク》

 《林檎とクリームチーズのパウンドケエク》の土台になるスポンジは、素朴さを絵に描いたようなそれで、一つまみのお塩、それがポイント。温まった空気が、はわ~~、ふわぁ~~、と、食欲をそそる薫りをば撒き散らしながら揺れています。
お砂糖と小麦粉が焼ける薫りは、知覚器にも心理にも刺激域伝道回路に直結するのだけれど、チーズが焼ける薫りは殊更伝導性が強くなるるりますよね。まがいも無き文学的FACT。ホモサピエンスを煽り続けるこの薫りたちにあたしは愛しさを通り越して憎悪すら感じ、そして自身に不憫をこすり当てて語りつくされて賞味期限切れの自己憐びーんの痛々しさ……。
 そんな模倣戯言は脇に吹き飛ばして、オーブンの中へ。
コロン、とした三センチ角のクリームチーズが、窮屈そうにパウンドケーキの中で、まずトロォ~リんと溶けてゆき。それから暫くすると、チリチリと焦げ目を軽くつけながら焼けて。この薫りにお醤油をかけちゃえばそれだけで、ご飯が三杯いけそうな感じ……。って、さすがにそれは盛りましたが、……。まぁ、その盛りは置いておくとしてもですよ、クリームチーズと同じ大きさにカットされたメープルシロップ漬けの林檎も、チーズに負けずに、甘酸っぱい芳醇な薫りをじわぁ~じゅんわ~~と、徐々に発して参りました。
その林檎は、詩人のおっさんの身纏っているお洋服の柄からもぎ取られた果実なのですが、なかなかどうしての出来の良い模写的なお林檎で。林檎本来の汁気とメープルシロップをパウンドに染み込ませながら、そこから「獏」と「明確」が一つに結ばれて、ケーキが焼かれているオーブンの置かれている、しゃぼん玉の中に閉じ込められていた狭い詩のキッチンは、パチン、とそのしゃぼん玉を破ってしまい、カラフルなお花畑にチェンジしたのです。……しゃぼんのはじけた外部刺激興奮のimageだけは陽画としてまぶたの裏側にcopyされ、そして! Abstractionな赤いスイートピー、詩弁的な青い薔薇、他にもタクト/拍子を刻む黄色のダンデライオン、即興詩的ピンクのチェリーブラッサムの舞う花びらに緑のクローバー……
はぁう! お花、お花、またお花。乱れ咲くお花の真理の先には純白のすずらんがAirに無数に浮いているのです。すずらん。すずらん。すずらん……。
 あたしはすずらんの白さに懐かしく惹かれながらも、自分がケーキと共に焼けてしまわないように幾重にも気をつけ、お花畑の真理の物質的世界外の世界になっている摂氏240度のオーブンの中に最も明瞭な意識だけを緊張して潜り込ませて《紅玉林檎とクリームチーズのパウンドケエク》が焼ける様子を楽しみはじめておりました……。無論、詩人のケーキ屋のおっさんのメロディアスな詩歌の快活さに悔しがりながら。
皮肉なことに、女の子というふ肉体の叙事詩に苦しんだ末のとほほなあたしな現在なのですが、そいでもやはし乙女(ぴきん☆)という刷り込みもございますから、ケーキが焼き上がる様子を観察しているとテンションメータ、ぐぐぐぐ! と上がり始め、
「ちぽーんぬ!」
と、ソフィズム(/小理屈)に抗って、ヤングの「夜」のうめき声的な何かをちょこっとあげたりして、林檎やチーズと一緒にパウンドケーキの生地にうねうねと甘えて練り込まれて、一層の事、人間や肉体や男装なんか全部焼き払ってしまいたい。にゃぁ……。そうしたら、まるであたしの日記みたいな小文学の序文のようなチンケな序文、老衰、無力、冒涜などなどから逃れてゆくことができるんでしょうね。/きっと、あざらし言葉で喩えたならばその不実の賛美はとろけるほどに【幸せ】なはず。
……でもでもね、危ないからやめておかなきゃというのが山手線のこの線路の真如。本当にあたしが溶けこまれて焼かれて、焼あたし肉入りのケーキが出来上がったら、avant―gardeではあるし、多分人肉入りケーキ産みの親としてケーキ史に新たな青史を刻めるだろうけども、現実にはグロすぎるるし、死因としてちょっとばかっこ悪すぎるん。熟れそこなって女優の知性のスカートすら履くことができなかったとほほなポエジーに疎遠な二十九年の凡庸介殻人生だったのですから、せめて、せめて、死に様ぐらいは粋に飾りたひじゃないですかあ? まぁ、光り輝く/比類ない/オリジナル死/詩、あたしなんかにはまったくもって無理そうではありまするるが……。
おあう、そんな形容詞の崇拝のような宿題はもちこすことにして、あれです、そんなことよか、あたしがケーキになって焼かれたらば、ぐるりんぐるりりんのこの山手線も死の電車になってまうじゃあないですか。第一あたし自身あたしが焼かれちゃったらばこのケーキを食べられないですよね。っていふか、こんなにも魅惑的なケーキの薫り、こんな駄詩じゃまったく伝わらないだろうなぁって、「ケッ」とか凡庸な自身の駄詩に舌打ちしたりしながら、まぁ、しかしですね、そうして臭覚を鋭敏にして、想像力を逞しくもりもり鍛えたところで、そもそも匂いを名も無きあたし達なんかが堪能できるはずがなくってでしょう? あたしなんかが紡ぐ駄詩や小文学で匂いとか味がリアルに伝わるわけないし。虚無の坂/見えない歯車で砕かれた曖昧な匂いでごめんなさい。
 って、そんなたわけたmyself会議はもううんざりですので、ケーキはもう焼けたというスケジューリングにします。はい、ですから焼けました、詩人のおっさんの《林檎とクリームチーズのパウンドケイク》。このあと、あたしが男装して乗っている山手線で売られる林檎のケーキみっつ、できあがり!
 この幻想とミューズの交際のようなめっぽうlovelyなケーキを前にして、わたしは、は、た、みゃ、は、た?? と思い悩みます。
 このケーキをば、お腹が満足するほどに食べてしまったら、それはもうきっと食べたべしているるん時のみ【幸へ~☆】、あとで増えるであろう感覚器以外の体肉の目方を思い浮かべてどんよりどよどよ/悪の沼地の死にぞこないめ!/この黙示録の中の獣! と、なることは目に見えているわけでございますね。だからあたしは、幼い頃、この生きる世界には既に存在していなかった生んでくださった本当の母におねだりして買ってもらった、苺ホワイトチョコレート色の偽ロココ調の洋服ダンス方面に、「キッ」って鋭めの男気みなぎる目線をくれ、その眼差しの奥の洋服ダンスの方角へと歩もうと心に決めました。

山手線の車両内をたったの四歩だけヴェルモット色の比喩の国の方へ歩いたらば、ば、優先席近くにきゃっわゅーい高さ一メートルぐらいのあたしの宝物、通称姫ダンスがちゃんと形として在りました。
あ、やっぱりあるじゃなぁーい(ほっ)。
あたしの人生に必要なものは、ぜぇーんぶ、この《姫ダンス》の中に容れてきたのです。このタンスは、崖っぷちぽ二十九年の磨り減るばかしであった、じれったいどうしようもないとほほ仮死メルヘンメンヘル(/減る)人生唯一の戦利品ですね。

「こんなさぁ、使い勝手が悪いもんなんで買うの? だから奈々香はC級なわけよ。しかも若さとかの売りももうないわけよ。もっとちゃんと使えるもん買おうよ、使えるもん。シンプルで使い勝手がいいもの目指そうよ。見栄えがするけど手間がかからないもん。そういうさ、シンプル? シンプルで使えるオンナノコが一番よ、今の時代、シンプルが」
 と少し前まで女優として所属していたタレント事務所の間座社長(/彼は詩人たりえず/ふにゃふにゃの現実を生きるクドラ(九頭蛇)で高慢心の呻きが動脈だった……しかもその九のお頭様ーお頭さまーの表面・うすら禿)の台詞がちょっと耳を掠めました。
あたしは、そのインチキでグロテスクで豆粒みたいな業界・権力関係からもう降り申しましたので、関係ないですー! ざまぁみて! うすら禿! といふfeelingで、ルサンチマーンがっつんたっぷんたっぷりりんな生業でうすら禿社長の不道徳でインチキな言葉はガン無視し、《姫ダンス》二段目の引き出しをば、この男装に恥じぬように、宝ジェンヌ、しかも男役トップスターのような少々オーバーな仕草でエレガントに開けてやりました。
開け放った引き出しの二段目にびっちりしまってあるのは、お肌が荒れた時に使うステロイド入りの塗り薬、太らないための黒ウーロン茶、足を細くするマッサージ器、他にもお肌によいらしいビタミンだの、マグネシウムだの、ローヤルゼリーだの、カルニチンだの、ローズヒップだのの錠剤類の幾千もの山と、あとはとにかく太らないでお腹を膨らませるもの、低糖コーンフレークやら大豆シリアルの箱類の山というか海というか宇宙。
そのtheこじらせやりすぎヘルシーの群れから、必然のようにヘルシーカロリーハーフグラノーラの箱がひょこり、とキキララのララの妖精さんの悔恨と共に自主的に他の物を押しのけて存在感を出して参り……。

(まだまだ続くよ…)
(山手線一周しますが、高輪ゲートウエー駅問題発生中)

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